昔は「豚肉を食べたことがない人でも、豚が歩く姿を見たことはある」と言われた。農業が中心だった時代、台湾では養豚は多くの家の副業だった。農業のかたわら豚を数頭飼い、その排泄物を肥料にした。子供の学費や、娘の嫁入り道具が必要になった時には、豚を売って現金にした。豚は農家の貴重な財産だったのである。物資の乏しかった時代には豚肉も高級品で、おめでたい時にしか口にできなかったが、豚を飼った経験のある人は非常に多い。

農業委員会の陳吉仲主任委員によると、豚の重大な伝染病に対する台湾の防疫の成果は世界で認められている。国産豚肉の質の高さも評価され、養豚農家の競争力を高めている。（林旻萱撮影）

養豚の記憶

行政院農業委員会の陳吉仲‧主任委員は伝統的な農家の出身だ。「幼い頃は家の手伝いで豚舎を洗ったり、豚の出産を手伝ったりしました」と養豚の記憶を語る。

台湾の豚肉輸出が盛んになると、陳吉仲の家でも養豚が副業から家業の中心へと変わった。1995年、父親は農協から融資を受けて豚舎を建設し、100～200頭の雌豚を飼い始めた。当時の養豚場としては小規模な方だったという。だが1997年、飛沫感染する口蹄疫が発生し、感染は全台湾に広がってしまった。

それは多くの人にとって忘れられない一年となった。農業委員会の資料によると、それまで世界第二の豚肉輸出国だった台湾では、1996年の豚肉の生産高は900億元近く、年間の輸出額は500億元に達していた。だが、口蹄疫が発生すると、国内の豚肉価格は1斤40数元から10数元まで下がり、2万5000軒もあった養豚農家は減っていき、現在は6000軒余りとなっている。

陳吉仲主任委員の父親も、養豚をやめた1万9000軒の中の1軒で、それから十数年をかけて融資を返済したという。「私の家だけではありません。1万軒が養豚をやめざるを得ず、どこも同じような状況に陥ったのです」と言う。口蹄疫は多くの家庭を破産に追い込み、陳吉仲の経験は時代の縮図だった。

以前の養豚場は異臭と汚水の問題があり、近隣から好まれない存在だった。（外交部資料）

転んだところから立ち上がる

台湾の養豚産業は、悲痛な経験の中から伝染病予防の概念を持ち始めた。養豚場に出入りする人や車や物資を管理し、ワクチン接種率は9割を超え、口蹄疫はしだいに台湾から姿を消していった。そして政府の農政部門による長期間のモニタリングの下、ワクチン接種を少しずつ減らし、全面的に非接種とした後も発症は見られず、2020年、台湾は国際獣疫事務局 (世界動物衛生組織)からワクチン非接種清浄地域に認定された。

この口蹄疫の経験があったからか、2018年に台湾の養豚産業は口蹄疫ワクチンの接種を減らし始めることができただけでなく、さらにアフリカ豚熱の防疫にも成功した。

国産豚肉のブランド「活菌猪」で知られる嘉一香食品の董事長‧陳国訓は、同社の防疫経験をこう語る。以前は、取引先との商談は養豚場で行なっていたが、今は外の喫茶店などで会うようにし、部外者を決して現場に入れないようにしているという。従業員が養豚場に入る際にも、入浴‧消毒をするだけでなく、隔離室に2日寝泊まりし、それから爪や頭髪、鼻腔などからサンプルを取ってアフリカ豚熱の陰性が確認されなければ入れないようにしているのである。

アフリカ豚熱は感染力が非常に強い。豚の致死率は100％に達し、治療薬やワクチンもなく、ウイルスの生存期間も長い。豚舎では1ヶ月、冷蔵肉でも100日生き続ける。獣医出身で台湾糖業畜殖事業部副執行長の温元文は、このウイルスはまるで忍者のようだと形容する。どこかに潜んでいて、少しでも気を抜くと養豚場に入り込むのである。周辺諸国を見ても、アフリカ豚熱が発生していないのは台湾と日本だけだ。台湾が感染を抑えられているのは、政府と民間が協力して努力してきたおかげである。政府の各部門は厳戒態勢で臨んでいる。入国管理や税関が国境を厳しく管理し、交通部は陸海空の輸送を管理し、移民署は移住者への指導を強化している。さらに環境保護署では残飯を高温消毒しており、すべての養豚業者が全力で協力することで、ようやく感染を抑えているのである。

現在では、台湾の豚の伝染病予防はさらに進歩しており、2025年には豚熱の清浄地域となることを目指している。台湾では2006年以降、豚熱は発生しておらず、多方面から厳しくモニタリングを続けている。こうして今年から豚熱ワクチンの接種を段階的に停止できるようになり、一年間発生しなければ、国際獣疫事務局に清浄地域の認定を申請できる。これが認められれば、台湾はアジアで唯一、豚の三大伝染病の清浄国となり、生鮮豚肉を日本へも輸出できるようになる。台湾で重大な伝染病を抑えることができれば、台湾の豚肉の品質や安全性が海外でも認められるようになり、農家のコストを下げ、競争力を高めることができると陳吉仲は語る。

東海豊の新型養豚場では陰圧ウォーターカーテン方式を採用し、屋内の温度管理、自動給餌システムなどがあり、密閉陰圧によって伝染病の伝播を防いでいる。これによって養豚のイメージは変わり、産業グレードアップの手本となっている。

持続可能な養豚

台湾は伝染病予防に成功しているだけでなく、養豚も進歩を続けている。気候変動によって食糧安全保障が課題となる中、台湾は養豚にもサステナビリティの概念を導入し始めた。

屏東県にある東海豊農業循環パーク（以下、東海豊）は、台糖東海豊畜殖場を改造したエリアだ。長年にわたり、養豚場は臭気と汚水が問題とされてきた。しかし東海豊を訪れると、1万頭の豚が近くにいるのに異臭を感じることはない。周囲は緑に囲まれ、むしろ快適でさえある。

陰圧ウォーターカーテン式の豚舎では、室内温度がコントロールされ、自動給餌システムや糞尿処理システムがあり、また密閉陰圧によって伝染病を防いでいる。ガラスで隔てられた見学コースからは間近に内部が観察でき、子豚たちが近寄ってくる。副場長の蔡燕如によると、豚は人懐こくて好奇心が旺盛なので、中に入ると靴を嚙んできたり、服を引っ張ったりするという。

アニマルウェルフェアの角度から、東海豊の豚舎の床は間隔2センチ以下のコンクリートの棒状になっていて、足が隙間にはさまらずにしっかり立て、ゆっくり休めるようになっている。高床式の設計で、排泄物は自動的に剝ぎ落されて回収され、裏にある嫌気性消化槽に送られ、メタン発酵させてバイオガス発電に用いられ、残り滓は堆肥になる。残った液体は流水標準まで処理し、農業灌漑や園内用水に用いられる。こうしたサステナブルでグリーンな養豚モデルにより、東海豊は世界の養豚場で初めて「BSI循環経済」認証を取得し、世界各地から多くの専門家が見学に訪れるようになった。「これこそ台湾の養豚産業の競争力です。生産効率が高いだけでなく、廃棄物もきちんと処理されていてこそサステナブルな経営と言えます」と温元文は自信をもって語る。

台湾の豚肉処理‧加工は時代とともに進歩し、国際標準に達している。写真は嘉一香の食肉処理作業の様子。

台湾チームで世界へ

サステナビリティの概念の導入は、養豚産業のレベルアップにつながる。だが台湾の豚肉を輸出するにはチームワークも必要だ。産業の川上である養豚産業だけでなく、川下の食肉処理も進歩していかなければならない。ここ数年は、台湾でもHACCP認証を取得する食肉処理場が増えており、国際標準に達している。台湾農畜産工業（台畜）の屏東農業生物科技パークに設けられた新たな工場は、設計段階から日本のハイスペックの標準を導入して建てられ、生鮮肉と加工肉の生産ラインを完全に分けて汚染を防止している。人と物の流れだけでなく、空気の流れも隔離している。台畜の副総経理兼財務長である李昆儒によると、従業員の休憩エリアや食堂も互いに独立しており、生鮮肉担当と加工肉担当の従業員は、出社から退社まで互いに接触することはないという。

最新の設備と技術を導入したこの工場は、昨年、日本の農林水産省の審査に合格して「加熱畜肉（偶蹄）処理施設」の認証を取得し、これによって豚肉加工品の日本への輸出資格を得た。李昆儒は、豚肉製品の輸出において、台湾は価格競争をするのではなく、日本の隣りという地の利を生かしてスピーディに顧客の要求に応え、高級化や台湾風味などの加工によって品質を差別化していくべきだと考えはる。「特に台湾風味の豚足や東坡肉、滷肉飯などは他の地域では作れませんから」と言う。

台湾は伝染病撲滅という優位性を持ち、次々と国際認証を取得していることから、日本の商社やホテルなどから積極的なオファーが来ている。また、台畜には台湾の老舗レストランからも輸出に関する相談が来ている。さらに台湾に進出している日本のレストランチェーンが橋渡しとなる可能性もある。政府農業委員会は台湾ブランドを率いて国際的な食品見本市に出展し、外国人に台湾の美食を味わってもらっている。これらはすべて台湾の豚肉輸出の基礎となる。豚肉産業の台湾チームは、海外に積極的に台湾の美食を売り込んでおり、間もなく外国で台湾の豚肉が食べられる日が来ることだろう。

東海豊農業循環パークは世界で初めて「BSI循環経済」認証を取得した養豚場であり、海外から多くの人が見学に訪れる。（台湾糖業提供）

豚の排泄物は処理を経てメタン発酵バイオガス発電に用い、残った滓と液体も循環利用する。

台湾は日本で豚肉料理のキッチンカーイベントを行ない、台湾の豚肉のおいしさを伝えた。（農業委員会提供）

台湾の食文化に豚肉は欠かせない。養豚産業は力を合わせ、世界に国産の豚肉を売り込もうとしている。