唐野楽団:国語‧台湾語‧客家語
今回、私たちは結成20年になるインディーズバンド「唐野楽団」を高雄に訪ね、そのあたりをうかがうことにした。
2004年に結成された唐野楽団の前身は「水能量楽団」と言い、メンバーはベースの葉開揚(葉開、金欧噴)、ドラムの唐銘良、ベースの陳毓麒の3人だ。3人は中年の頃にバンドを結成して今は60代だが、体型も維持し、ロックンローラーらしい出で立ちである。
外省と閩南の血を引く葉開揚は、海軍を退役した後、音楽好きが高じて高雄で初めてのパフォーマンス会場と楽器販売を兼ねた店「ATT秘密基地」を開いた。当時ここは、音楽関係者が南部を訪れた時には必ず立ち寄る場所だった。唐銘良は新竹の客家集落の出身で、かつて第18回金曲賞最優秀客家語歌手賞を受賞したことがある。唐銘良と閩南人の陳毓麒は2人とも康康とバンドを結成していた一流のミュージシャンである。このように、国語、台湾語、客家語というまったく異なる背景で育った3人が、音楽の場で出会い、すぐに意気投合してバンドを結成することとなった。バンド名の「唐」は華語歌手という背景を象徴し、「野」はロックンロールの精神を象徴しているという。
歴史あるバンドの中で、唐野と同じように多様なエスニックの背景を持つグループとして知られているのは、閩南系の陳昇と客家人の黄連煜、そしてパイワン族の阿Vanが結成した「新宝島康楽隊」だろう。唐銘良によると、新宝島康楽隊は、台湾語や客家語など異なる言語を巧みに使って歌っており、唐野もその影響を受けたと言う。
どの言語を使うかは、曲のテーマによって決まる。庶民の暮らしや純真な心を描いた「盪鞦韆」は閩南語で歌い、客家の山歌をアレンジした「細阿妹」や、客家の不屈の精神を伝える「我不服輸」などは客家語で歌う。また、華語の歌の中に英語を取り入れることはよくあるが、唐野は少し母語を挟み込むことがある。彼らにとって言語はベースであるとともに味付けでもあり、曲に変化を持たせるものだ。
だが、過去と違うのは現代のポップスは融合や混合、そして変化のスピードがより速く、順列と組合せの素材がより多様化していることだ。例えば、阿爆と鄭宜農がパイワン語と閩南語で歌う「或許就変成書裡的風景The Scenery」などが挙げられる。また、アルバム『愛情一陣風』で2022年の金曲賞最優秀アルバムプロデューサーに選ばれた李権哲も見逃せない。まだ20代の彼は、アルバム全体に1990~2000年のポップスの要素を散りばめた。アルバムのタイトルは、台湾語歌手‧陳百潭のヒット作「愛情一陣風」への敬意をこめてつけられ、また曲風には当時流行した西洋のポップスを取り入れている。さらに、わざわざMIDIでアレンジし、当時の力強い歌い方を取り入れるなど、アルバム全体が過去に敬意を表する作りとなっている。
融合、混合が進む現代ポップス
もう一つ、混合や融合が際立つのは、今年の金曲賞で最優秀新人賞に輝いた「珂拉琪」だろう。このグループ名は、異なる素材を組み合わせて糊付けしたアート作品「コラージュ」のフランス語の発音から取った。多様なもの、異質なものを融合させ、貼り合わせるという意味がそのまま表現されている。珂拉琪のメインボーカル夏子‧拉里又斯(Natsuko Lariyod)は客家人とアミ族のハーフで、ギターの王家権は閩南系の出身だ。珂拉琪のファーストアルバム『MEmento‧MORI』はラテン語で「死ぬまで君を忘れない」という意味である。このアルバムで思いがけないのは、最もメジャーな華語を敢えて使わず、台湾語、日本語、アミ語、英語などさまざまな言語を用いている点で、曲風は原住民音楽や日本の音階、ヘヴィメタルのシャウトなどを取り入れている。「一度にこれほど多くの要素を取り入れ、しかも美しいメロディにまとめ上げているものはなかなかありません」と陳冠亨は評価する。
現在の台湾の流行音楽産業は「最悪の時代であり、最良の時代でもある」と形容できるかもしれない。かつてローカルのレコード会社が多数芽を出し、ピーク時には多国籍企業によって統合されて大きく育ち、いまは再びゼロに帰した。そしてインディーズの世代となり、音楽のスタイルは全面的に解放された。つまり、評価基準は一つではないということだ。華麗な技巧や複雑なモチーフで見失いそうになるが、現代のミュージシャンはさまざまなリソースを用い、胸に秘めたものを創り出している。「この時代の聴衆は幸せです」と李律峰と陳冠亨は口をそろえる。