自信の勢い
中国大陸が門戸を開放した時、香港と台湾のモデルの競争力はほぼ同じレベルであったが、香港のモデルは大陸に長期的に滞在したがらず、ショーの時にやってくるだけだった。これに対して台湾のモデルは生活の苦労を厭わず、環境への適応力もあり、北京や上海に長期滞在し、大陸のモデルのレベルアップに大きく貢献しながら、しかも自身の大陸における知名度を確立していった。江桂花さんはニューシルクロード・プロダクションが最初に契約した台湾の有名モデル陳思璇を絶賛する。彼女はパフォーマンスや自分への要求、モデル事務所への態度など、北京のモデルによい手本となったと言う。
陳思璇はアメリカのカメロン・ディアスに似た現代的な猫顔のモデルで、身長はわずかに176センチに過ぎないが、わずか1年程で大陸のトップモデルと目されるようになった。
「ステージに上がったら勢いが必要ですが、勢いは自信から来ます」と陳思璇は語る。彼女にとって、その自信は長年積み重ねてきたプロとしての成果で、身長は彼女よりずっと高い北京のモデルに伍しても輝いていられる理由である。
陳思璇は笑いながら、台湾のモデルはどこへ行ってもプロ意識を誉められると言う。「台湾で売れるには、ゴキブリみたいな適応力が必要です」と言う通り、台湾でのモデル訓練では演技やファッション情報、化粧などの課程があり、時間厳守の上に、靴下やストッキング、手袋などの小物は自分で用意しなければならない。おかげで台湾のモデルは、自分で何でもできるようになる。台湾のファッション業界の面白い現象と言うと、ショーの現場でモデルが到着すると、両手にはメーキャップボックスから、もっと手があればと思うような靴の箱の山を抱えていることである。
北京に来て、大陸のモデルが受けている優遇に彼女は慣れることができないと言う。
「ステージに上がる段になって、誰かが甘ったれた声で監督に、Tバックの下着がないの、どうしよう、なんて言っているのです。スタッフは当り前のように走り回りますが、台湾ではこんなモデルはすぐ追い出されます」と言う。大陸でモデルが尊重されるのはいいのだが、物事には両面があると陳思璇は思う。試練の少ない環境では、モデルはなかなか成熟しない。それにモデル事務所の制度が未発達で、モデルはスポンサーや事務所との関係維持に時間を使うし、使ってもらえる理由も、プロとしてレベルではなく人間関係によることが多い。台湾のモデルは事務所にマネジメントを任せ、ファッション情報の収集や演技に集中するため、大陸のモデルに強いインパクトを与えた。
プロのレベルに加えて、台湾のモデルが大陸で成功した理由のもう一つが、開放された社会で培われた雰囲気であろう。去年のコンペティションで優勝した黄志瑋がその例である。
台湾の若者たち
去年の秋、海南島三亜市で開催されたニューシルクロード中国モデルコンペティションで、まだ短大在学中、モデルになって1年足らずの黄志瑋は、身長こそ191センチと高いものの痩せぎすだったが、ステージに上がると独特の雰囲気を漂わせて、ライバルを圧倒してしまった。
「大陸側の参加者に比べると、黄志瑋はより快活でしかも落ち着いていて、メディアとの接触でも余裕をもって応対し、モデルらしい雰囲気がありました」と江桂花さんは分析する。
「おそらく台湾社会が開放的なためでしょう。若い人には自信があり、ファッション情報も自分で応用して自分のスタイルを掴んでいます」と黄志瑋も解説する。学校ではバスケットボールのスタープレーヤーで、拍手喝采には慣れている。しかもゲームで負けず嫌いの性格を培い、生まれて初めて台湾を出たというのに、水を得た魚のように生き生きとし、楽しめて賞まで貰えたというのである。
ファッション産業とエンターテイメント産業は似ている。どちらも人の産業で、感性とセンスが問われる。プロのモデルと技術関係の人材を擁する台湾のモデル事務所は、言語や文化の共通性もあって大陸においては欧米や日本より優位に立っており、モデルの将来計画も異なっている。
未来は一つに限らない
大陸のモデル事務所のすべては国営だが、台湾の事務所として市場開拓に乗り出した伊林プロダクションは、現状に対応して柔軟戦略に出て、モデルのマネジメントではなくショーのプロデュースを主とすることにした。
「大陸ではステージ、ライト、音響などのハード設備は世界レベルの水準なのですが、技術スタッフがこのハードを使いこなせないのです。台湾のプロのスタッフが、そのための大きなサポートとなります」と林尚樺さんは話す。台湾のモデルが市場開拓段階で知名度を確立してくれたので、モデル事務所の業務も予想以上に順調に進んでいる。去年の末、伊林プロダクションではトップモデルを擁し、訓練技術を備えている事務所として、上海の東亜モデル事務所の経営権を譲り受け、5年以内に大陸最大のモデル事務所に発展していくと期待されている。
広大な市場が後ろ盾になって、モデル業も将来性が大いに見込まれる。そしてこのような環境から、芸能界へのデビューだけが、台湾モデルのモデル後に選択できる唯一の路ではなくなった。陳思璇はファッションショー専門の舞台監督になりたいと思っている。
「現在、大陸でモデルとして活躍していけば、まずはこの土地の環境を理解することになります。将来、ファッションショーの舞台監督になれたら、市場のニーズをより理解できるでしょう」と陳思璇は語る。こういった業界にありながら、彼女は単に自分が美しい外見の持ち主というだけではなく、機敏な頭脳と専門的知識が最大の武器だということを証明して見せた。それがこの時代を生きるトップモデルの誇りなのだろう。