
科学も生き生きと楽しめる。
科学のジャンルからアイディアの風が吹寄せ、教科書の堅苦しい理論知識の上着を脱ぎ捨て、屈折原理を利用したピンホールカメラ、天文学の知識豊かな天体儀、電子回路原理を応用した電子積み木など、魅力的な商品が生まれている。
科学は理工系学生の専属ではなくなり、実験は学校の中だけとは限らなくなった。ネットで巻起ったサイエンスブームが学科の境界を消し去り、科学とアイディアを結びつけた新しい試みにより、科学が生活に入ってきた。
「地球儀はどうして浮くの?」「コップはどうして一杯にならないの?」と、お客は目の前の商品に不思議がる。店の一方では笑い声が響き、子供たちが蹲って、目の前の砂時計が美しい花に変化するのに驚嘆していた。
「賽先生の科学工場」に入ると、創設者の林厚進の横顔をモデルとしたロゴが店の前に掛けられ下に「Science is fun」と書かれ、ブランドの精神を表現している。玉馬門創意設計公司のディレクターでもある林厚進は、人に難解な印象を与える科学だが、創意を組み込むデザインがあれば、より面白く美しくなるという。多くの創意の原点は、実は科学なのだと彼は言うのである。

暮らしの中のいたるところに科学の原理が生きている。立方体の玩具、脳の形のコースター、3D効果のトランプなど、クリエイティブな商品が並ぶ。
林厚進は父が高校の物理の先生だったので、科学は身近だった。記憶に残る家の中には、いつも『万のなぜ』や『リトル・ニュートン』などの科学本があった。子供時代に遊んだ外燃機関のスターリングエンジンを今も覚えている彼は、子供の頃に科学と出会った感動を、多くの人は大人になっても覚えているはずと信じている。
林厚進はインテリアデザインを本業としていたが、2008年にはデザインのほかに「賽先生の科学玩具」ショッピングサイトを開設し、デザイナーの観点から科学理論に沿ったアイディアを掘り起こし、大人にも子供時代の手作り科学の楽しさを思い出してほしいと考えた。
国際的には、こういったサイトは少なくない。日本の「大人の科学」マガジンや、アメリカのサイト「Think Geek」などは、大人向けの手作り科学玩具やアイディア豊かなデザインで、大人の市場に参入している。しかし、台湾では科学デザインは新興ジャンルであるため、賽先生の科学玩具ショッピングサイトは、当初は商品を探し出すだけで大変だったという。
人手不足もあり、林厚進と奥さんの銭筠筠は、本業のデザインの合間にネットで情報を集め、外国のギフト・デザイン見本市やマジックショーまで見て回り、ふさわしい商品を探した。
世界中を回った彼は、航空や自然生物から数学計算までの各ジャンルの400種の商品を集めてから、ようやくオンライン・ショップを始めることができた。中でも珍しい科学玩具は、残像原理を利用したレトロなゾートロープ、気圧原理を利用したペンスタンドなどで、いずれも物理理論を応用している。

暮らしの中のいたるところに科学の原理が生きている。立方体の玩具、脳の形のコースター、3D効果のトランプなど、クリエイティブな商品が並ぶ。
林厚進は、新しいサイトはネットユーザーの好奇心を誘うと考えたが、開設して半年の閲覧件数はほとんど伸びなかった。それがある日、友達に商品を紹介して遊んでもらうと、大好評を博した。それでようやく、科学の楽しみは実験から感じる未知の探検だったのだと気付いた。
一般の人が科学玩具を体験できるよう、2012年に賽先生の科学玩具ネットはバーチャルからリアルに足を踏み入れ、台北と新竹に3店舗を構えた。店内はメタリックな設えで、エジソンの実験室を思わせるデザインである。
店内には、軽く触れるだけで蝶が乱舞する胡蝶の瓶や、銅色の精密な日時計、花のような磁性砂の砂時計など、新奇な商品が並び、お客の足を引き留める。開店から2年余りで、顧客層は当初設定した研究者やデザイナーから一般消費者に広がっていった。賽先生の科学工場は、台湾では少ない科学をテーマとしたブランドとなった。
林厚進によると、科学知識は教室や学術の殿堂に囲い込まれているが、創意あふれたデザインがあれば、科学は誰もが参加できるアイディアたっぷりの謎解きゲームになる。

暮らしの中のいたるところに科学の原理が生きている。立方体の玩具、脳の形のコースター、3D効果のトランプなど、クリエイティブな商品が並ぶ。
同じく科学と一般生活との融合を目指すのが、2010年に設立された新興のネット科学メディア「泛科学」である。
「台湾の主要メディアには、一般向けに科学ニュースを紹介するものがないので、泛科学の設立によって、難しそうな科学を誰もが分かる情報に変え、台湾における科学ニュースのギャップを埋めたいと思ったのです」と、泛科学ネット創始者の一人、鄭国威は話す。
1981年生れで、台北大学応用外国語学科、中正大学の電気通信大学院を修了した鄭国威は、台湾は専門の科学ニュースを欠いていて、ネットには誤った情報が満ちていると指摘する。
例えば、ネットには餓死したホッキョクグマの画像がポストされ続けていて、多くのネットユーザーは痩せこけたホッキョクグマを見て、これこそ地球温暖化の犠牲者だと誤解している。しかし、その後、ホッキョクグマが死んだのは自然の老化であると証明されている。
泛科学の設立主旨は遠大だが、このサイトの誕生は実は一つの失敗の産物なのである。2010年に、鄭国威は行政院科学技術顧問チームの生物医療計画プロジェクトに参加した。しかし経験不足と、コミュニケーション不足のために計画は失敗に終わり、その時に実施中だったサイトが泛科学の前身となった。
このサイトが人気を呼んでおり、一般の人々も科学情報を求めていると評価した鄭国威と、創設者の一人の台湾デジタル文化協会の徐挺耀はサイトを残すこととし、これを台湾初の一般向け科学情報サイトに作り替えた。

泛科学編集長の鄭国威(右1)と創設者の徐挺耀(右3)は台湾初の科学を楽しむサイトを立ち上げた。
鄭国威は文章の読みやすさをチェックし、専門用語を避け、一般の興味を引く題材を選ぶ。編集者はわずか5人だが、書き手は50名近くを擁し、定期的に文章を発表している。その中には有名な科学ブログのブロガーや台湾大学などの若手研究者も少なくない。これまでに発表した文章は、すでに4000本余りを数える。
泛科学ネットはトピックと時事に科学知識を加えた文章で、科学の知識をより身近にし、読者の日常生活に近い素材を選んで紹介する。
2012年には、ラクトパミンなど飼料添加物をシリーズで報道し、一日で3~4万の閲覧を記録した。人気テレビドラマ「半沢直樹」が台湾を席巻すると、今度は認知心理学の視点から「半沢直樹と仇討心理学」を、またハリウッド映画「ゼロ・グラビティ」がオスカーで異彩を放つと、サイトでは「宇宙遭難ではどうすべきか」をポストして、ユーザーに好評を博した。

タッチセンサーで蝶が瓶の中を飛ぶ姿に、多くの消費者が足を止める。
評価が高まってくるにつれて、オンラインの泛科学は、次はオフラインで「マイクロアイディア衝突機」シリーズのイベントを開催した。台湾大学や中央研究院等の研究生や若い学者を招いて、生活の中の科学常識を探るイベントで、これまでに500回以上開催してきた。
「科学は研究者の手中にある難解な知識ではなく、また学校や科学館などの研究教育機関に限られるものでもありません。学術の高度研究に縛られていた研究者も、泛科学を通して一般向けに対話ができます」と鄭国威は言う。
去年ヒットしたハリウッド映画の「アイアンマン」に触発され、泛科学では科学知識をプリントした商品を開発してきた。化学元素周期表を描いた透明な装飾品や、古生物化石をプリントした個性的なTシャツなどである。泛科学の次の段階として、鄭国威はクリエィティブ産業としての科学を目標として進んでいきたいという。さらに多くの台湾の科学者を招き、一般の人にとって科学がより身近で、親しめるものとなることを期待しているのである。
デザイナーのアイディアとネットのエネルギーが結びついて、一般の人と科学知識の距離を近づける。科学など分からないと言わず、ネットを開いて科学玩具を手元においてみよう。そこから、未知を訪ねる実験の楽しみが始まる。

暮らしの中のいたるところに科学の原理が生きている。立方体の玩具、脳の形のコースター、3D効果のトランプなど、クリエイティブな商品が並ぶ。