浸水13回
佳徳糕餅を一代で築いた陳堂彭は、苗栗苑裡の出身だ。小学校卒業後、菓子屋に弟子入り、18歳で台北に出て26歳で独立、佳徳を始める。
当初の佳徳は南京東路五段にあり、窪地で大雨が降ると浸水した。妻の林月英によれば、大小合わせて13回浸水を経験したという。最大の被害が出たのは2001年の台風16号、おりしも中秋節の10日前で月餅の書き入れ時、店内に大量に積まれていた材料もすべて水につかってしまった。損失は1000万元以上、そこから苦労して再建し、1年後にやっと通常営業に戻れた。
失意の陳堂彭を支えたのは、常連客たちからの「いつ店を再開するの?」という声だった。
最上を生み出すために
当初は小さなパン屋で、売上げの足しにと、タバコや粉ミルクも売っていたが、10年余りで経営は軌道に乗った。それでも陳堂彭は、将来性を考え続け、パイナップルケーキに行きつく。完璧主義の彼は幾度も改良を繰り返したので、昔ながらのパン屋が姿を消していく時代にも、佳徳の経営は盤石だった。そんな地元の人気店だった佳徳を一気に有名にしたのが2006年の第1回台北パイナップルケーキフェア、陳堂彭のパイナップルケーキがプレーン味の部で1位に輝いたのだ。2008年にも独創的なクランベリー味が「台北十大ギフト」に選ばれ、評判は一気に広まった。
品質へのこだわり
これほど有名になっても支店は出さない。「1軒が人事的にも物流的にも簡単です。今日作ったのを売りつくしてストレスもたまりません」と陳堂彭は笑う。佳徳が売るのはすべて当日製造、閉店時にはすべてを売り切る。客に気持ち良く買い物してもらうため、入店客数も制限している。
創業40年、陳堂彭も還暦を超え、息子や娘に店を任せる準備を徐々に始めている。若い者には「もう少しの忍耐ともう少しの犠牲、それが美しい夢につながる」と励ましている。
「もう少しの忍耐と
もう少しの犠牲、それが
美しい夢につながります」
――陳堂彭