もう一つの心の窓
簡湘綺は先天性の全盲で、幼い時は見えないことがどんなことなのか気がつかないでいた。ところが小学校に上がると、教室の一番前に座り、先生が黒板に字を書きみんなに読ませた。彼女には黒板に字を書く音は聞こえたが「一体みんな何をしているのかと思いました。見えなかったので」と話す彼女は、ずっと闇の世界にいたので闇が当たり前だったのである。その時になって初めて、自分が他の人と異なり、見えないのだと、世界の外に隔てられていることに気づいた。
8歳のとき、ピアノを習い始めた。自由に動き回ることができないので、調律師が調律に来ると、いつも側で聞いているしかなかった。そんな時、ピアノの中に小さな手を入れ、その震えを感じとっていた。
「調律というのはうるさいものですが、行くところもないので聞いているしかなかったのです」と笑うが、普通の子供より敏感に調律師一人一人の能力を聞き分け、ピアノの構造を理解した。鋭敏な聴覚と繊細な触覚が、その心の窓となった。
ピアノを学びながら、子供時代と青春期を過し、文化大学音楽学科に入った。しかし、ピアノに接するたびに不満が募っていった。調律師の調律する音がそれぞれ異なるので、聴覚に混乱をきたしたのである。そこでいつか、自分のピアノは自分で調律しようと心に決めた。
2004年、台北市視覚障害者家族協会が視覚障害向けのピアノ調律コースを設置した。簡湘綺はこれで食べていけると思ったわけではないが、自分のピアノが美しい音を出せればと、南投から台北に出て一人生活しながら、調律を学び始めた。
台湾ではバリアフリー環境は十分ではなく、目の不自由な彼女は、協会のマネージャーの付き添いを必要とする。