十年をかけた成果、仏祖伝
「台湾南部では漫画家は儲かりません」という許貿淞だが、血の中を流れる絵画の遺伝子が彼を突き動かす。「人には写実派と言われますが、実は母に厳しく訓練されたからなのです」と言う。その父は地元で知られた肖像師(写真が普及していない時代、専門の肖像画職人がいた)であった。幼い頃から技術や手法を身につけ、特に母からはリアルに現実を映すように厳しく求められたのである。
肖像画は少しの間違いも許されないので、その訓練が許貿淞の細緻な観察力を養った。その特質は、漫画で描く地方誌『淡水の前世と今生』、世紀の大作『仏祖伝』にも見て取れる。「十年前、娘が悲しそうに私たちのための作品がないのねと言ったのです」その一言が許貿淞の内心に響き、その後十年をかけてカラーの創作に打ち込むことになる。
「二年をかけて仏教や関係する画集を集めました」と、仏教を篤く信じる許貿淞は敬虔な気持ちで一生の願いの完成に全力を投入した。脚本からキャラクターのデザイン、会話内容、服装の考証まで、大変な時間を費やすこととなった。古代インドの歴史を描くので、中国人風になってはならなかったと話す。この700ページ余りの大作の千に上るキャラクターのデザインだけで、大変な作業となる。「何回も登場するキャラクターは前後一致しないといけません」と言う通り、その努力には感嘆するしかないが、許貿淞はこれは漫画家に必須の基本技能に過ぎないと言う。
経文に忠実を期して、許貿淞は台湾各地の寺、さらに大陸の古刹や石窟まで観察に出かけた。「菩提樹を描くためにあちこち回り、写真を撮りました」と言うとおり、この作品のために許貿淞は一生の経験と研究を投入した。
「この売れそうにない本を出版してくれた原動力文化公司には感謝します。印刷もレイアウトも想像以上に良質です」と言うが、原画が完成してから三年余り、許貿淞の娘は慎重に考慮した末、信頼できる出版社に原稿を託した。「父の一生の作品は、単に宗教向けに限らず、すべての人向けに出版したいと思ったのです」と、父が漫画で歴史を記録した願いを受け継ごうと考えた。
貴重な手描きの下絵。複雑な作業のプロセスがうかがえ、保存する価値がある。