
寡黙なことで知られる実力派アイドル歌手の蕭敬騰が、自分はほとんど字が読めないと告白したことで、改めてディスレクシア(識字障害)の問題が注目を浴びた。なぜ彼は20歳を過ぎるまで自分がディスレクシアだと気づかなかったのか。障害があっても彼のように才能を花開かせることは可能なのか。子供がこの障害を持つことに、保護者や教師はいかにして早く気づくことができるのだろう。
「悪い見本です」「よく勉強しなかったことを後悔しています」と、蕭敬騰はテレビのインタビューで喉を詰まらせながら語った。レコード会社やマネージャーによれば、彼は自分についての報道も写真を見るだけだし、CM撮影の台詞は誰かが何度も読み聞かせて覚える。医者に見せて初めてディスレクシアであるとわかったという。

研究によると、ディスレクシアの子供の多くは色彩や絵画などに優れた才能を発揮するので、絵などを用いれば読書の理解を高めることができる。(荘坤儒撮影)
台湾師範大学特殊教育科の洪儷瑜教授は報道でそれを知り、胸を痛めた。ディスレクシアはある程度の克服が可能であるのに見過ごされやすいからだ。
洪教授の研究では、義務教育就学児のほぼ10%がディスレクシアで、20数万人に上る。
台北市学習障害者家長協会も、協会に属する学習障害児のうち10人に6人がこの問題を抱えていると概算する。
ディスレクシアは学習障害の一種で、彼らは言語情報を処理する際に働く大脳の領域が一般の人とは異なることと、染色体の問題であることがわかっている。音韻処理や正字法的処理に問題があるため、音と文字の間に関連性が見出せない。「正字法的処理に問題があると、書くことや読解、言語表現にも影響します」と洪教授は言う。
2006年改正の「身心障害児及び特殊才能児判定基準」によれば、学習障害者は、神経心理機能異常によって、注意力、記憶力、理解力、推察力、表現力、知覚、知覚動作協調に問題があり、言語を聞く・話す・読む・書くこと、計算などに困難を覚える、とされている。
つまり知能は一般と換わらず、学習上の困難は感覚器官障害や情緒障害とも関係がない。
努力すれば達成できるとよく言うが、彼らの場合、やみくもに努力しても徒労に終わり、挫折感や学習意欲低下を招く。

文字の世界との関わり方を変えれば、ディスレクシアに悩む子供の学習上のストレスを低減することができる。
洪教授によれば、ディスレクシアは、注意力欠如や多動、話す時に要領を得ないといった問題も併せ持つことが多く、加えて算数や読み書きができないため、学校では惨憺たる毎日を過ごすことになりがちだ。
「いくらやってもできない」というのが彼ら共通の嘆きだ。
小学5年の小羊(仮名)は、集中力と理解力に欠ける。
小羊は2年から特別支援学級の授業を受け始めた。指導の葉先生によれば、小羊は字の違いは区別できるが、書くと「犬」が「大」になったり、「鳥」の点が少なかったりする。
小羊は言葉も少ない。叙述能力を引き出そうと、先生は絵本を用いて「この人はなぜ掃除するの?どんな道具を使う?」と問うが、小羊は「机を拭いて床を掃く」と答えるだけだ。
高学年になった小羊の目下の問題は、抽象的な言葉が理解できないことだ。「『珍惜』(大切にする)という言葉も、彼には具体的に例を挙げて説明する必要があります。彼が好きな筆箱を例に挙げ、『小羊はこれが好きだから、壊したり壊されたくないでしょう』と説明します」
「時には例をもっと多く挙げる必要もあるし、その言葉を使った文を作らせてみます」だが、繰り返し練習し確認しても、夏休みが終われば習った言葉の半分以上を小羊は忘れてしまっている。

読み書きが困難で、ふさわしい学習方法が見出せない時、児童は大きな苦しみを味わうこととなる。
中学以降の知識習得型学習は読み書きの世界だ。受験競争もあり、ディスレクシアに悩む生徒にとって学校は地獄と化す。
アレンとキティはそれぞれ高3、中3だ。勉強では絶対ほかの生徒に勝てないとわかっているので、自分の興味のある領域に新たな道を見出した。
アレンは小4までは成績もよかった。小1の時は注音符号(中国語の表音文字。漢字習得前に学ぶ)の試験で96点を取ったし、その後のテストも各教科平均80点ほどだった。だが字の書き間違いが多く、母親は少し変だと感じていた。
小5になり、算数の宿題をやり終えることができないことに母親が気づく。1年ほど詳しく観察した結果、ディスレクシアだとわかった。中学になると悪い成績ばかりが続いた。「さぼっているわけじゃない」とアレンもやるせない様子だ。
だが神様はアレンに別の扉を用意してくれた。アレンは小さい時から空き箱で小屋を作るのが好きだった。適正テストでも空間や色彩感覚は言語より高得点だった。
美術デザインへの興味から、アレンは職業高校美術科に進学し、高1で美術工業デザイン技術士の丙級資格を取得した。今年はさらに乙級を目指す。
学習障害を持つ子供は傷つきやすい、と母親は言う。アレンも支援学級に通うのを拒絶したことがあった。「そういうレッテルを貼られたいと思う学習障害児は一人もいません」
チャンスと励ましをキティは珍しく「書くことが好きになった」ディスレクシアだ。娘が大きな成長を見せ、母親も喜びに涙したという。
2歳年上の姉は外向的で話し上手、それに対し、キティは人見知りで傷つきやすく、何かあるとトイレでひっそり泣いた。
小学校の教師は成績を重んじ、「怠けている」と彼女を叱った。だが幸い、キティに活躍の場をくれる教師もいた。実技教科などでキティにアシスタント役を任せてくれたのである。些細なことだが、キティにとっては大きな励みになった。
転機は夏休みの家族旅行後に訪れた。欧州旅行での見聞をもとに、ファンタジーのような物語をパソコンに打っていることに母親が気づいた。
「奇想天外な物語で、登場人物は赤い髪と青い髪とでそれぞれ異なる魔力を持つのです」と母親は不思議そうに説明する。
学校では「作文能力が劣る」と評価されていた。書く字が拙いのと、時間やテーマ、字数に制限があって、持ち前の想像力が発揮できなかったのだろう。幼い頃から漫画が好きで「読むのは遅いが熱心に読んでいた」という。興味さえわけば、何百ページもあるファンタジー『ドラゴンライダー』でも読みふけることができる。
「ディスレクシアの子に必要なものはそう多くありません」と台北市学習障害保護者協会理事長の郭声美さんは言う。郭さんの次男、今年27歳になる耿 彦堯さんは、学校では字を読み間違えてよく笑われた。支援学級も見下されていた。
支援学級で試験の際、文を読み上げてもらう方法が許されると、30点ほどだったテストの点も80点ぐらいになって自信がついた。ところが、一般クラスの保護者から「支援学級には特権があるのか」と苦情が出た。
電子部品に興味があったので大安高工電子科から北台技術学院電子科に進学、英語の単位を連続して落として2年留年したものの、無事卒業した。
郭声美さんはこう言う。学習障害のある子供は成績重視の学校生活で常に叱られて育つ。そんな彼らがやりたいこと、やれることを見つけたら、大いに褒めてあげるべきである。郭さんの息子は現在、電子関連企業に勤めている。資料を読むのがやや遅い点以外は、ほかの同僚と能力に差はなく、郭さんは深い安堵を感じている。
早期発見、早期治療海外では自分がディスレクシアだと公にしている著名人も多い。ブッシュ前大統領やトム・クルーズ、シンガポールのリー・クアンユー前上級相などがそうだ。
シンガポールの近代化を進めたリー・クアンユーは、ケンブリッジ留学時代、妻に書く手紙は綴り間違いだらけだったし、文章を読んでも重要な語句が拾えない。娘の李瑋玲の勧めで専門家の検査を受け、軽いディスレクシアだと判明した。李瑋玲にも遺伝が見られるが、事業の成功の妨げにはならず、彼女は現在シンガポール国立脳神経医学院の院長を務めている。
トム・クルーズの場合、「幼い時からディスレクシアと奮闘してきた」典型例だ。
彼は2003年に雑誌「ピープル」のインタビューで、7歳の時にディスレクシアと診断されたと語っている。いくら一生懸命勉強しても、1ページ読み終わると頭には何も残らず、焦りや挫折を感じ、興味を失って怒りすら感じたという。宿題は自分が口述する内容を母親に書き取ってもらい、それを時間をかけて書き写した。勉強はできなかったが、即興演技でよく母親を笑わせた。母親は常に「演技の才能があるから絶対あきらめちゃだめよ」と励ましてくれた。高校卒業後社会に出ても、自分がディスクレシアだという事実を隠してきたという。
では、ディスレクシアはどうすれば、そしてどの程度まで克服できるのだろう。
台湾師範大学特殊教育学科の洪儷瑜教授によれば、子供が話す時、速度が遅い、語句数が少ない、或いは唇を尖らせたり、頭を振る、肩をそびやかすなどの動作のみで返事するといった場合、学校と連絡を取り、検査を受けるべきだという。
「虫歯や視力の検査を定期的にやるように、基本読解能力試験も定期的に行うべきで、こうした小さなことが10数万人の児童を救います」小学3年までの黄金期を逃さず、彼らの適正や才能に合わせた学習方法をできるだけ早く確立すべきだと、洪教授は言う。
ポイントは、低学年時に基本的な識字能力を身につけること。中高学年では自分に適した学習方法を確立する(絵を活用する、文章の重点を把握する練習を積むなど)。中学生になれば、教師が宿題や評価の方法を変えたり、生徒の得意分野の発展を促すことなどが有効だ。
一生、奮闘!?現在小中学校では、学習障害を含め、ほかの障害を持つ生徒も支援学級に参加し、試験問題の読み上げや、試験時間延長といった支援を得られる。
だが、ディスレクシアの児童が皆その恩恵に預かっているわけではないと洪教授は言う。自分の子に障害があると認める親は、ディスレクシアの児童が100名いればそのうち1名ぐらいで、多くは「まだ勉強を始めたばかりなのに何がわかる?」と反問してくるという。
低学年は勉強の内容も簡単で察知するのは難しい。高学年になり、成績ががくんと下がって初めて識字や読解に障害があると気づくのだ。
認知科学の専門家である洪蘭教授はこう言う。脳機能画像解析で見れば、人間は字を読む時、大脳のあちこちを同時に駆使していることがわかる。字を読んで理解する作業がかくも複雑だと知れば、子供の読む速度が少々遅くても許せるのではないだろうか。
わが子がディスレクシアだったため、大脳と読書の関係を研究し、『プルーストとイカ:読書は脳をどのように変えるのか?』を著したメアリアン・ウルフは、人間の脳は文字を読むようには設計されておらず、記号文字を読むという営みを行うようになって大脳の回路を変化させたが、それもわずか2000年にしか過ぎないため、読書はすべての人にとって自然な行為だとは限らない、と論じる。特殊な回路を持ち、読むことが困難な大脳には、脳の進化に関する多くの秘密が隠されているのかもしれない。
ウルフはまた、ダ・ヴィンチやアインシュタイン、ピカソもディスレクシアだった可能性があると指摘する。天才誕生のためでなくても、子供たちの埋もれた才能を見逃さないために、ディスレクシアはさらに研究されなくてはならない。