台湾セメントが一企業として環境悪化に対峙し、種の保存を行うことを意外に思う人も多いだろう。「父が定めた台湾セメントの環境保全理念と関係します。かつてセメント産業は汚染産業とみられ、マスメディアから汚染大企業とまで言われたのですが、父はこれに反駁せず、わが身を顧みて汚染を管理し、環境保全の模範を樹立しようと考えたのです」と、辜成允は説明する。
ただ、地球の生態環境は悪化を続けている。辜成允は産業における環境保全から一歩踏み出し、環境のために何かできないかを考え続け、炭素回収と植物種の保存を二大テーマに据えた。
植物種の保存計画
辜家が土地と資金を提供し辜厳倬雲植物保種中心を設立したが、それは縁あってのことだった。
辜成允と清華大学の李家維教授は20数年来の親友で、その李家維の台湾における植物種保存計画を聞いた辜成允は興味を惹かれ、「母の辜厳倬雲が土地を無償で提供し、費用は台湾セメントと関連企業で負担しました」と話す。
辜成允はこれを企業の社会的責任と見なし、5年を1期とした20年計画を立てた。第1期は年2000万元、第2期の現在の予算は増加されている。
学生時代から生物に興味を抱いていた辜成允は出資して董事長に就任し、さらに保存計画の進度から収集、将来の計画まで理解している。「保種中心は計画を上回る収集の成果を上げています。台湾には隠れた植物コレクターが数多くいて、世界レベルの珍しい植物を保種中心に提供してくれたことが大きいのです。その無私の寄与には感動します」と辜成允は語る。
この8年で計画以上の種を収集し、国境を越えた協力関係も築いてきたが、その背後には切ない物語もあった。
例えばソロモン諸島からの植物種導入は、材木商社への原生林売却が決まったからである。数十メートルの樹上にある植物は収集のチャンスがなかったが、樹林が伐採されるとなると、絶滅する恐れがある。ソロモンでの植物収集では、数多くの新種が発見され、保種中心では情報を全世界に公開し専門家の分析と命名に供した。
持続可能な種の保存
種の保存は長期的作業である。20年後の保種中心はどうやって経営を持続させるのだろうか。
辜成允によると、その将来計画として最初の10年は植物収集と研究への提供に当てるという。すでにシュウカイドウ、ラン、シダ、パイナップルの収集量は世界トップで、一か所で同じ科の植物すべてを目にできるというのは、研究者にとって貴重な存在である。
辜成允は特に新薬開発に着目する。「薬品の7割は植物成分の抽出から製造され、植物多様性が損なわれると医療に影響します」と話し、高雄医学院と協力し植物成分の抽出を行なっている。
しかし、さらに重要なのは、収集した植物を自然に返すことで、これこそ保種中心設立当初からの目標なのである。
これ以外に2013年から、植物から動物へ広げ、カメとニワトリの種の保存も開始している。
カメと言うと、世界に330種生息するが、その半分が絶滅危惧種で、最も保護が必要な種である。これに対してニワトリは、飼育されているのが食肉、卵あるいは観賞用で、原種や地方独自の品種はおろそかにされている。万一、鳥インフルエンザなど疫病が流行し、現在の種が病気に抵抗できない時、原種やその他の種のニワトリから抵抗できる遺伝子を発見できるかもしれない。「ニワトリの品種は多くなく、収集も難しくないので収集リストに入れました」と辜成允を語る。
せわしない都会にありながら、辜成允は大志を抱き「この歳になっても、興味あることができるのは人生の最大の楽しみです」と胸を張る。誰もがこういった楽しみについてきてほしいと、種の保存を一緒にやりましょうと誘うのである。
ケヅメリクガメは、アフリカのサハラ砂漠や西アフリカのサバンナが原産の世界三大リクガメの一つだが、生息地の破壊や密猟によって数が激減している。
観賞用として知られる巻き毛のニワトリ。辜厳倬雲植物保種中心は中央研究院と協力し、遺伝子から巻き毛の謎を解明したいと考えている。
保種中心は一つの箱舟のように、自然再生の希望を載せている。