舌の錯覚で野菜を食べさせる
五郎時食は2020年3月、新型コロナウイルスの感染拡大が深刻な時期にオープンした。台湾中のレストランの客が3~5割も減少していた時期に、菜食を推進したいという思いだけから開店したところ、菜食に対するイメージを覆し、週末は4週間前から予約が必要なほど繁盛している。
五郎時食では、カウンターの中の職人が一つ一つメニューを説明し、その暖かいやり取りはプライベートキッチンを思わせる。オーナーは27年にわたって日本料理を作ってきた料理人の胡財賓だ。彼は15年前に「義郎」を開き、南部で安定した顧客層を持っている。
2018年に、ドキュメンタリー監督の楊棟樑から「ベジタリアンレストランを開く気はないか」と聞かれて心を動かされたという。野菜を使って和食の海鮮料理が作れないか、ベジタリアンに職人の誠意を伝えられないか、おいしい菜食料理でベジタリアンではない人にも菜食に興味を持ってもらえないかと胡財賓は考えた。
「私たちは海鮮の味と質感を熟知していて、本格的な和食の味が出せます。それなら、野菜類を使って味も見た目もそっくりな、カジキの握りや炙りホタテを作れないかと考えたのです」例えばホタテには、食感が似ているエリンギに海鮮風味をつけている。「ホタテには繊維があるので、3センチのエリンギの各面に40本の包丁目を、3分の1の深さまで入れます。1個で120本の切れ目を入れるので、50個で6000本になります。こうした大量の辛い包丁作業でホタテの繊維感を出しているのです」と言う。
では、磯の風味はどうつけるのだろう。胡財賓は、手抜きの従業員が魚の出汁を取らずに作った味噌汁を参考にした。大量の昆布で取っただし汁にナスやパプリカなどの野菜を浸して磯の香りをつけ、アナゴやマグロなどに似せるのである。
味に奥行きを持たせる方法はさまざまだ。赤パプリカで作ったマグロにはアボカドのサラダを添えることで油分を補うことができる。黄色いパプリカのカジキは炙って香りづけする。ソテーしたホタテにはシソで爽やかな風味を添え、さらにトリュフの粉で海鮮風味を際立たせる。
40年来のベジタリアンだというお客の陳美雪さんは、どの料理も奥深い味わいで、特にフォアグラが好きだと言う。「フォアグラはスライスしたマッシュルームにセージなどのスパイスを加えて焼いたものです。レバー特有の粉っぽい感じはレンズ豆を濾したもので出し、ローストしたクルミで油分を加えてあり、フォアグラらしい色合いを出すためにビーツで色付けしています」
お客の2~3割は菜食主義者ではなく、その多くはベジタリアンと一緒に来る。「肉を食べる人は店に入ると眉をしかめるのですが、料理を召し上がるうちに笑顔に変わります」と言う。胡財賓は、一度の食事で菜食に対する人々のイメージを変える。これはベテラン料理人にとって大きな成就と言えるだろう。
胡財賓はこれからも、こうして菜食を広めていきたいと言う。ウニもホタテも、和食だけでなくフレンチやイタリアンにも応用でき、まさに海鮮版のビヨンド‧ミートと言えそうだ。

アボカドを添えたマグロ、炙ったカジキ、キャビアを添えたミル貝の握りに、消費者は「本物そっくりだ」と驚く。