台湾で唯一海に面していない県である南投県へ車を走らせ、草屯鎮坪頂里七股に向かい、標高342ｍにそびえ立つ大クスノキを訪ねた。巨木を見上げる。その鬱蒼と茂った樹冠から大気に広がるクスノキ特有の芳しい香りに、心が安らぎ晴れ晴れとする。近くには避雷針が建てられており、雷撃から巨木を守っている。この美しい巨木と趣のある山の風景を目指し、人々は仲間を伴い、山に登ってこの巨木を鑑賞しようとする。

南投県の調査によると、この七股の大クスノキは、樹齢600年以上･胸高直径2.5ｍ･幹周8ｍ･樹高30ｍで、その樹冠投影面積は800平方ｍにおよぶ。地元で里長を務める曽万水によると、日本統治時代、樟脳産業が盛んで、作業員がこの巨木を切り倒そうと、手始めに根本の草むしりをしただけで腹がきしむように痛み出したという。別人が引き継いで何度試みても、調子が悪くなった。以来、地元の人々は、大クスノキには霊験があると考え、木の下に長テーブルを置いて拝むようになったという。こうして巨木は残され、休日には観光バスが観光客を載せて訪れるようになった。

同県にはもう一か所、草屯鎮碧峰里の龍徳廟の前庭に推定樹齢230年とされるガジュマルの老木がある。1959年、中南部八七水害の際、多くの村人が老木に登って水難から逃れたため、この老木は「救命樹」と呼ばれるようになった。80才を迎えた長老の林弘本は、八七水害を実際に体験している。老木の前におかれた長椅子に腰を下ろし、自らも龍徳廟の祭壇の上に飛び乗りながら目撃した老木が人々を救う光景を語ってくれた。「ぎゅうぎゅう詰めの列車みたいでした。」六、七十人ほどが、老木の幹をよじ登ったり、枝に座り込んだりして丸一日を過ごし、夜になり水が引くまで下りられなかった。「あの後もう一度登ってみようとしても、できませんでした」と言う。

龍徳廟の文献組長である詹登発によれば、ガジュマルの老木の樹齢は、廟と同年齢である。人命が救われたことから、村人はこの木に「神秘的力」があると信じていると言う。水害から三年後、感謝の念を込めて老木の下に「ガジュマル公」として小さな祠が祀られ、民衆が参拝するようになった。その後、県が老木の前の道の道幅を広げようとしたが、「老木を見て育った」地域住民からすれば、老木を移転させることは受け入れ難く、何度も移動撤回を陳情した。ついに、作業員がパワーショベルから地面に落ちるという事故まで起きて、行政もガジュマルを残す方向に方向転換する。道路は老木を避けて迂回することで「人も老木も共存」する落とし所を得たと言う。

草屯鎮坪頂里の里長･曽万水が、七股の大クスノキの伝説を観光客に紹介する。

人・神・樹木のふれあい

樹木には精霊が宿るとみなされ、老木は古今東西で尊ばれている。『老木の生涯』の著者として名を連ねる行政院農業委員会固有種研究保育センターOBでテクニカル・ペシャリストを務めた羅華娟は、台湾の農村地帯を踏破して老木の実地調査を行ってきた。羅によれば、パプアニューギニアのキワイ（Kiwai）族は、樹木に精霊が住んでいると信じ、木を伐採する前には、必ず精霊に別の木に移ってもらえないかとお願いする。台湾では、老木が土地公廟とペアになっていることが多く、民間では老木を礼拝し、子供を老木の「契子（養子）」として謹んで委ねる風習がある。

中正大学中国文学科教授･楊玉君によると、文献上の記録では、秦代にはすでに樹木を土地（もしくは「社」と言う）とみなし、社を祀り、土地に礼拝を行う際には、それに代わる樹木や石を探して祀っていた。後世に、それが「土地公」という年長者のイメージに結実していく。こうして「樹木を崇拝して神となす」大木信仰が土地信仰の派生形として現れた。農村部では、土地公の祠廟のような「大木に小さな廟が配される」形が文化景観として見られる。また、老木に赤いリボンを結んだり、木の前に祭壇を設け香炉を置いたりして、老木の「神格化」が見られると言う。

子供を樹木神の「養子」とする現象から、老木が長寿の象徴とされていることがわかる。親は、体が丈夫でない、うまく育たない赤ん坊を神様の樹木の養子・養女とすることで、大樹公の庇護を得ようとしたのである。

老木は「常民」とともに

老木は、文化の担い手たる「常民」とともにあった。年長者が老木の下でおしゃべりしたり、物売りが屋台を引いて菜燕（水菓子）を売る。台北慈聖宮（媽祖廟）前の樹齢100年のガジュマルの下には、食べ物屋の屋台が集まり、木陰に折り畳みテーブルやプラスチックの椅子を並べて、地元の懐かしい味に舌鼓を打つ。このようにして様々な地元の風情が醸し出されてきたのである。

老木は、各地の重要な文化資産･観光資源である。台東県池上市伯朗大道（Mr.ブラウン･アヴェニュー）にあるアカギの木は、タレントの金城武の出演したCMで一躍有名になり、「金城武樹」とも呼ばれている。国立成功大学キャンパス内のガジュマルの老木は、1923年、日本の裕仁皇太子（後の昭和天皇）が台湾を訪問した際に植えられたものだが、今では婚礼写真の超人気ロケーションの一つになっている。

樹木の枝の躍動感や四季折々に展開される生命のリズムは、芸術家たちのインスピレーションの源にもなっている。1928年、日本の帝展に出品された台湾の画家･廖継春の油絵『芭蕉の庭』は、前景の目の覚めるような芭蕉樹が印象的だ。南国の夏の午後、降り注ぐ陽光を受けた芭蕉の葉が土間に木陰を映し出し涼感を感じさせる。

大きいことはいいことだと言うが、「樹木」も大きければそれ自体が美しい。それ故、ランドマークとして名を残す。雲林県莿桐郷は、先祖が開墾した際、デイゴ（莿桐）が生い茂っていたことから名付けられた。嘉義県朴子市の旧名「樸仔脚」も、街の初期に青々としたエノキ（朴樹）があったことによる。台中市大理区樹王里には、樹齢800年のアカギがあり、樹王里の名はこれによる。

七股の大クスノキは樹高30m、樹冠投影面積800平方m。南投県が大クスノキの横に建てたあずまやでは、涼風に揺れる枝葉が心地よい。

樹木の智慧

中興大学園芸学科副教授･劉東啓は、日本政府が認定［訳注：現在は公益法人資格］した「樹木医」である。劉によれば、樹木は地球上で最も長く生存している生物体だと言う。

つまり老木は、自然環境の変化を忠実に記録し、人類の生活の過程を目撃してきた証人であり、貴重な文化資産なのである。1990年、農林庁（現農糧署）が「台湾省貴重老木及び街路樹の保護強化計画」を推進したことで、平地･低山地･集落にある樹齢100年以上･幹周4.7ｍ以上、または特別な地域性のある木を老木として認定できるようになった。各県･市は、地域の特性に応じて、より緩やかな認定基準にすることもできる。

各県市の公示によれば、保護を受けている樹木は台北市3274本、台中市1081本、高雄市564本、桃園県438本、台南市に800本ある。そのうち台湾の1500ｍ以下の低･中標高でよく見られるガジュマル、アカギ、クスノキ、フウが最も多い。台南市は老木マップを市民に公開している。

草屯の龍徳廟境内のガジュマルは、230年の歴史があり、人命を救ったこともあるため、神木であると考えらえている。普段から人々がお参りしている。

人と木の愛で老木を癒す

老木は自然界の長老である。人と木の間では互いに真心が通い合う。ここに人が樹木の命を救った物語がある。

台中市后里月眉村に、樹齢千年の神木クスノキがある。平地部で最古のクスノキとされ、樹高18ｍの神木は、とぐろを巻いた龍のように枝を伸ばし、林のような影を落としてきた。数多の契子･契女を擁し、木の下には土地公廟とクスノキ公廟が並んで祀られている。元総統･李登輝が台湾省政府主席だった時に「沢民樟樹公」と命名し、神樹を訪ねる観光客が後を絶たない。

十数年前、劉東啓はクスノキ公の「契子」から依頼を受け、樹木医として神木を診察した。道路の基盤が高い位置にあり、クスノキの樹根から樹幹まで1.5ｍも土がかぶさっている。さらに木の周囲は、相当な面積がコンクリート舗装されていて、根系が呼吸不全を起こしており、排水ブロックの水はけも良好ではないため、ひどい根腐れを起こしていることがわかった。

劉は当初、根系統の呼吸を最優先すべきと診断した。教科書的治療法としてコンクリート舗装を剥そうと考えたが、慎重を期して、クスノキ公に神杯占いでお伺いを立てたのである。ところが、7回お伺いを立てても、いずれも許しが出ない。「そこで『私が憨慢（ハンバン、台湾語で「おつむが悪い」こと）だからですか？』とお伺いを立てたら、なんと『その通り』と返って来たんです」劉は大笑いしながら話を続けた。

確かに、コンクリート舗装を剥がせば、根系の保護がなくなり「瞬時に枯れてしまう」。劉は、クスノキ公を救うためはるばる日本の恩師･堀大才に教えを求め、諸策を検討したが、解決策は見出せなかった。ところが、ある日、インターネットでウォータージェットでコンクリートを切断する動画を見つけた。そこで思いついたのが「ウォータージェットセラピー」である。ウォータージェットで土に空洞をあけ、老木が呼吸できるようにした上で、養分肥料を注入する試みであった。こうして、100を超える空洞をあけ、木の呼吸を妨げていた園芸施設の一部を撤去した後、半年間の養生を経てクスノキ公は蘇生した。

ガジュマルの傍らに住民が碑を建て、ガジュマルが人命を救った歴史を記している。

樹神に感謝し肥料を奉納

「中秋節こそ樹神の誕生日で、手入れの日です。」劉は、この神樹の治療に成功した後、毎年、中秋節には、台湾老木救援協会とともにクスノキ公の下で「神樹に感謝し肥料を奉納する」（肥料の奉納とは、農作物を収穫後の植物は栄養分が欠乏するため、栄養を肥料として補うこと）イベントを開催している。親と子供たちがウォータージェットで開けた穴に肥料を注ぎ込み、樹木が村里を守ってくれたことに感謝を捧げる。

台中市石岡区にもう一本「五福臨門」神木がある。もともとはクスノキ、ガジュマル、ソウシジュ、エノキ5本の木で構成されていた。大クスノキは、樹齢400年を超えており、元総統･蒋経国が5本の樹木を「五福臨門（長寿、財産、健康、出世、子孫繁栄で一家が恵まれる）」と名付けたことにはじまる。名木を慕う旅客が絶えることなく、周囲の商店は恩恵を受けている。

しかし、後に神木の周辺の開発やコンクリート舗装により、土壌中の水分が放出できず、酸素不足で根が腐りだし、神木が衰弱してきた。劉は再び「ウォータージェットセラピー」で固まった土をほぐし、過剰なコンクリート舗装や造園部分を取り除いて、根系が呼吸できるようにして生き返えらせた。昨年11月、台湾老木救援協会は「五福臨門神木肥料奉納公益ロードラン」を開催し、地域を守る老木への感謝と老木の長寿を祈願した。

八七水害の際、草屯･龍徳廟境内のガジュマルに、水から逃れてきた住民がよじ登った。住民は命を助けてくれたガジュマルの木の下に、祠を建てて祀り感謝した。

老木保存という駅伝

「老木保存は、まさに駅伝レースです。受け継ぐタスキが落ちれば、ジ･エンドです。」劉東啓と台湾老木救護協会は、「沢民クスノキ公」と「五福臨門」の神木について、地主と永久メンテナンス契約を結んだ。同時に、台湾全土で800本以上の老木を無償で治療してきた。

詩人･向陽は、歴史小説家･王浩一の『老樹が語るとき』の序文で「すべての老木には歴史というリボンが結ばれている」と述べ、老木が街の歴史や文化、土地柄の輪郭を描いていると指摘する。

子供の頃、中秋節、中庭の竜眼の木に実がたくさんついていた。祖母は竹竿を持って枝を揺らして実を摘んで、月の女神を礼拝していた。旧暦の一日と十五日、祖母は、ご馳走をいれた竹の籠を手に下げて、中庭の正門の側のガジュマルの木の下まで行って、守り神の神兵たちを慰労していた。これが私と樹木の思い出である。読者諸兄も老木との物語を思い出してはいかがだろうか？いや、老木への旅に出かけるのもいいだろう。農村、町、道の側の老木の下で、溢れ出てくる歴史的意味を汲み取り、老木とその地方に伝わる伝説を追い求めて見てはいかがだろうか？

老木が陰をなし、住民が休んだり集まったりする場所になっている。

台東県池上市のMr.ブラウン･アヴェニューのアカギの木は、金城武が木の下で涼むエバー航空のCMで一躍有名になった(林格立撮影)。

台北市慈聖宮の前では、100年を超えるガジュマルの下に屋台が連なる。木陰に置かれた折りたたみテーブルとプラスチックの椅子で、お客は地元の味を楽しむ。

中興大学園芸学科の副教授･劉東啓が樹木の構造を解説してくれた。

十数年前、后里の大クスノキの病気に、劉東啓が発明したウォータージェットセラピーは自然で無害な治療法である。固まった土に穴をあけ、肥料を注ぎ込む。老木に空気と栄養が届いて、生き返る。(台湾老木救援協会提供)

台湾老木救援協会は劉東啓とともに、后里の大クスノキ公を無償で治療した。毎年、中秋節の樹神の誕生日に、木の下でファミリーコンサートが開かれ、木を愛する心を植え付けていく。(台湾老木救援協会提供)