コーヒーの品質が最優先
ドイツから輸入した70万元近い焙煎機を操作し、褐色の豆をすくって色と香りをチェックしつつ、店内の全てを見逃さない。店員が調理に集中していて挨拶を忘れると、彼は必ず先頭に立って大きな声を出す「ご来店ありがとうございます」。
従業員は数名から数十人に増えた。おいしいコーヒーを淹れさせるために、陳瑞栄は出費を惜しまない。コーヒー豆を無制限に提供し、何度も淹れさせ、試させる。メランジュのスタッフは2ヶ月にわたるトレーニングを経て、初めてカウンターに立つ。毎日4杯はコーヒーを飲む彼は、厳しい品質管理者でもある。一番大切にしているのが「おいしいコーヒーを淹れる」ことだからである。
代々続く老舗が客を失うのは、味が変わったり、食材を誤ったりしたからではなく、食べ物に対する精神が失われていくからだという。巷の新しい店が急速に人気を上げ、商業化し、量産化した後、店の経営に最も大切な「人間味」を失っていく。
だが、メランジュも妥協したことがある。開店当時、コーヒーだけではやっていけず、メニューに重い食事が出現したことがある。業績は持ち直したが、食事のために来る客が増えていくのを見て打ち切りを決心し、軽食とワッフルだけに戻した。コーヒーショップとしてのメランジュを保ちたかった。
品質に妥協をしない、したくないという原則は、陳瑞栄の経営のここかしこに窺える。
中山店がブームになると、有名デパートSOGO、新光三越が出店を要請した。しかしスタッフ数も管理能力も不十分と見極め、足取りを緩めても原状を保つことを選び、急速な拡張を拒んだ。迎合するためだけに変わってしまった商品は、いずれ消費者に見抜かれる。慎重な評価の後、昨年11月についに信義区の新光三越への出店に同意した。9が月の準備を経て、今年8月に正式オープンした。
サービスと味の間のバランス
陳瑞栄が妥協したくないものに「過剰サービス」で失われる品質もある。
台湾ではあらゆる点でサービス至上を求めるが、陳瑞栄は否定的である。並んで待ちくたびれてスタッフを責める客がいると、スタッフに申し訳なく思う。席が足りないのはスタッフのせいではない。サービスは飲食業の基本かつ必要条件だが、消費者におもねるばかりでは本末転倒であり「スタッフを奴隷扱い」して上質な商品の提供を忘れてはならない。「おいしいものを食べたいのか、サービスだけでまずくていいのか、消費者が教えてくれます」
鴻海グループCEO・郭台銘は、台湾の若者は大志を抱かずコーヒーショップを開くことしか夢見ないと批判した。コーヒー起業の道を歩んできた陳瑞栄は、雰囲気を楽しみたい、自分を主張したいとコーヒーショップを開く人が多すぎるが、覚悟を決めると、浮ついた甘い考えを修正するという。
陳瑞栄も甘かったという。16年前、店を出す費用は80万元が平均だったが、最高のコーヒーのために陳瑞栄は3倍かけて最高の設備を買い、優雅なスペースを作った。2002年の中山店オープンの際は内装に1000万元を投じた。陳瑞栄は地下室の70万元の焙煎機をトントンと叩き、ずらりと並んだバーカウンター、一台1万元以上する輸入ものワッフルメーカー、ソルベメーカーを指さした。「飲食店の経営にはコストをしっかり計算すべきですが、こだわりすぎると前に進めなくなります」
しっかり者、牡牛座のロマンティシズム
現実的な中に夢を追う「陳スタイル」は、価格戦略にも現れている。単価を上げて行列を消化するレストランもあるが、陳瑞栄は番号札を毎日500枚配り、店内2時間に制限して回転率を上げても値上げしない。昨今の物価高で果物原価が利益の半分を占めても、減益分を客数で補えれば価格を維持する。メランジュのメニューは8割が創業時と同じである。人気のストロベリーワッフルは、当時の130元から今まで20元しか値上げしていない。
次々と起業する若い世代に、陳瑞栄は語りかける。コーヒーショップは夢だけでは経営できないが、創業の初心を忘れずに歩んできた彼は、続けようと思ったら夢なしには無理だったという。
45歳、現実的な牡牛座は着実に歩み、裏通りのカフェを客でいっぱいにしてきた。16年間、行列が途切れないメランジュの経営哲学である。