四、H7N9の変異で人から人の感染は起るか?
この点、学界は心配する必要はないという。
ウイルスが世界的な大流行を起すには、大部分の人が免疫を持っておらず、強い感染力を有するというのが要件となると、李秉頴准教授は指摘する。H1N1などはそもそも人から人への感染を起すもので、非常に伝染しやすい。しかも新型H1N1に対して、60歳以上の人以外は抗体を持っていないが、幸い毒性が弱いので感染しても重症化は少ない。H7N9は伝染力が弱いので、広く伝染する脅威はない。H7N9ウイルスは人インフルエンザウイルスとの組替はなく、遺伝子の変化で人に感染するが、人から人への感染の兆候はまだない。
ウイルスが人から人へ感染するようになるかと言うと、頼明詔は長庚大学の施信如教授の研究から、H7N9ウイルスの遺伝子の特徴は哺乳類のインフルエンザウイルスの特徴の一部を具えていると言う。現在、人から人への感染は確認されていないが、将来の変異でそうなる可能性は高いのである。
五、H7N9とH5N1とではどちらが脅威なのか?
H5N1では、感染すると人も鳥も深刻な症状を引起すが、H7N9は鳥では発病せず、人だけ深刻化する原因が未だによく分っていない。
H5N1よりH7N9の方が人に感染しやすいといわれるが、その原因は、H5N1が鳥に感染した時に環境中にウイルス量が多く、鳥はまず死んでしまう。それから人に感染するので感染が起こりにくいと考えられる。これに対してH7N9は環境のウイルス量が少なく、その痕跡を発見しないうちに、人に感染しているのである。つまり、たまたま人が接触して感染してしまったと考えられる。H7N9が心配なのはこのためで、今後の変化に注意が必要である。
六、H7N9ウイルスは今年の秋冬に流行するか?
可能性は低いと李准教授は言う。渡り鳥が感染を橋渡しする確率は低く、たとえば2004年に中国大陸でH5N1が大流行して、台湾にも伝わると心配されたが、9年たった今も台湾では発生していない。
中国の8省2市でH7N9の感染が発生したところから、ウイルスが広い範囲に存在していると考えられるが、数万の検体を採取したが陽性率は低く、ウイルス量は少ないと見られる。気候が暖かくなると、ウイルスの活性は弱まるので、次の活動は秋冬から春にかけてであろう。今年の秋冬に北京や上海で流行したとしても、すでに経験があるので恐れる必要はないだろう。心配なのは、すでに渡り鳥がウイルスを運び込んでいて、冬になって増加したときである。そうなると、どこで発生するかわからず検出も出来ず、大流行に繋がる可能性もある。
七、H7N9の予防方法は何か?
新しいウイルスの第一波は防止は出来ないと何美郷は言う。人に感染してようやく発見されるため、あとは対処するスピートにかかってくる。
ウイルスの種類により、予防法も異なる。SARSは人に感染しても、感染力が強くなく、発病してから数日後にようやく他人に感染する能力ができる。天然痘も同じ性質で症状が出てから、感染力がつく。そのため症状が出てから周囲の人にワクチンを打っても、まだ間に合う。これに反して水疱瘡や麻疹は一人発症したら、その背後に数千人の感染が予想されるのである。
現段階での対処として、市場で生きた鳥の取扱いを禁止することが有効で、鳥と人の接触を避け、ウイルスに触れる機会を少なくすることである。ウイルスの感染を永久に防ぐことはできないとしても、これにより発生を遅らせ、対処する時間を稼げる。
また感染源を研究し、モニタリング能力を向上させ、様々な感染をシミュレーションして準備しておくことも必要である。
八、H7N9にワクチンや治療薬は有効か?
ウイルスの変化は防ぎようがなく、また人への感染を止められないのであれば、治療薬とワクチンを開発するしかないと頼明詔は言う。現在有効な治療薬は少ないが、タミフルはその一つである。
人体は免疫システムを具えていて、ウイルスが侵入すると、免疫分子を作り出して、ウイルスを殺そうとする、これに対してウイルスは様々な方法でそのシステムを破壊する。ワクチンは、この免疫システムの強化に有効である。
李准教授は2009年に大流行したH1N1を例にワクチンの効果を説明する。台湾ではほぼ570万人が接種し、接種率は26%であった。メディアが副作用を報じたため予期には及ばず、重症化した死者は30人余りであった。翌年は接種率が大きく下回って、第二波の流行による死者は100人余りに上った。ワクチンの効果がうかがえる。
九、ウイルスとの戦いをどう考えればいいのか?
ウイルスはウイルス学者より聡明だと頼明詔は言う。ウイルスは様々な方法を採って、科学者の知恵を上回る。何とかコントロールする方法を見つけても、ウイルスは再び姿を変えて、その方法をすり抜けていく。ウイルスの特徴は、動物や人間の細胞の中でなければ増殖できないということで、理論上は宿主を殺してしまうと、他の人に感染を続けないと自分も生きられないのである。そこで賢いウイルスは、宿主との平和共存を図る。
最も成功したウイルスは、宿主の身体の一部となる。例えば、B型肝炎やHIVは感染すると遺伝子の中に入り込み、除去できなくなる。除去しようとすると自分の細胞も死んでしまうので、そのまま共存するしかない。
現在までのところ、人間が完全に撲滅できたのは天然痘ウイルスだけである。ウイルスに対して、人は謙虚になるしかない。
十、国内最初のH7N9感染者の状況は?
台湾最初のH7N9感染のケースは、蘇州から戻ってきた会社員である。4月9日に台湾に戻り、12日に不調を感じ、16日に高熱を発して診察を受け、大きな病院に転院してから、タミフルの服用を開始した。しかし、呼吸器のウイルス量が少なく、H7N9ウイルスを検出できなかった。20日には病状が悪化し、台湾大学病院に転送され、H7N9が疑われると報告された。その後、24日に痰を検査して感染が確認された。台湾大学病院は負圧隔離病棟に隔離して体外式膜型人工肺を用い、また抗ウイルス治療薬の投与を続けた。この患者はその後、ウイルス反応が陰性に転じ、病状も好転して治療を続けた結果、5月24日退院できた。
当該患者が台湾に帰ってから接触した139人は、すべて感染の兆候は見られなかった。