10年前のSARSの恐怖体験から、台湾人は今もその影に怯えている。新しい感染症と聞くと、メディアは大々的に報道し、根拠のない言論が大手を振ってまかり通り、人々の恐怖を煽る。
ウイルスという目に見えない敵には、科学的な根拠による防疫を進めて対処しなければならない。
新しい敵H7N9について、本誌では冠状ウイルスの父と称される中央研究院アカデミー会員のウイルス専門家・頼明詔、防疫及び伝染病学の中央研究院研究員・何美郷、エンテロ・ウイルスやSARS、H1N1と第一線で戦う医師でアジア小児感染症学会理事長、台湾大学小児科の李秉頴准教授にインタビューし、多くの人の疑問に答えていただいた。

渡り鳥がウイルスをもたらして野鳥や家禽に感染するのを恐れ、新北市は華江橋の下で注意を呼び掛けている。
頼明詔によると、伝染病は有史以前から存在し、しかも昔の方が深刻だったと言う。中世のペストでヨーロッパは人口の3分の2を失い、1918年のスペイン風邪では世界で5000万人が死亡した。
「私の医学部在学中に小児麻痺ワクチンが開発され、細菌には抗生物質が発見されて、誰もが伝染病との闘いを解決できると楽観視していました。しかし、実際にはそうは行かず、インフルエンザは数百年来襲い続け、途絶えることはありません」と頼明詔は続ける。毎年流行するインフルエンザの多くは地域的で、世界的な流行となったのはこの百年を通じて1918年のH1N1、1958年のH2N2、1968年のH3N2の3回だけ、2009年の新型H1N1が4回目である。
インフルエンザの流行は止められないが、ウイルス学やバイオテックは長足の進歩を遂げたと何美郷は考える。1980年代にはウイルスは豚あるいは鳥起源と推測していたが、今ではそれが証明されていて、鳥インフルエンザのH5、H7も速やかに発見されるようになった。

H7N9は現在のところ鳥インフルエンザで、まだ人から人への感染は認められていない。
自然界に存在するインフルエンザ・ウイルスの多くは人には感染せず、人或いは動物に感染するには表面蛋白質と細胞が接触する必要がある。そのゲノムは8分節であるが、人に感染するかは、主に表面蛋白質であるHとNの分節で決まる。Hは16種、Nは9種あり、Hの1、2、3とNの1、2の組合せが人に感染し、これ以外は鳥にしか感染しない。
頼明詔の説明ではウイルスにはDNA(麻疹やB型肝炎など)とRNA(インフルエンザ、SARS、小児麻痺やAIDSなど)の二種の遺伝子構造があるが、DNAは安定していて誤りが発生しにくいという。これに対して、RNAは増殖過程で誤りが発生し変異しやすい。統計によると、ウイルスが1000から1万のアルカリ基を製造するたびに、誤りが1回発生する。インフルエンザウイルスは1万4000個のアルカリ基があり、増殖する毎に誤りが1.4回発生する。こうした変異ウイルスが生き残ると新しいウイルスとなる。
ウイルスはそのままでは変異せず、変異は常に増殖時の誤りから起こる。しかも自分では増殖できないので、必ず宿主の細胞の中で増殖する。ウイルスは変異するが、その変異の方向性は予測不可能である。インフルエンザが流行すると、多くの人に抗体ができるので、新しいウイルスは常に抗体のない方向に変異する。
何美郷によると、ウイルス学の観点から言うとH7N9は鳥ウイルスの組替株といえるが、感染症としては感染人数は多くはないという。

顕微鏡で拡大したH1N1ヒトインフルエンザウイルス。
H7N9、H5N1は共に鳥インフルエンザだが、突然人に感染するようになるポイントは、接触のメカニズムにある。鍵と鍵穴に喩えると、本来は人の細胞の鍵を開けられないウイルスが、遺伝子に変異が起こると、開けられるようになる。
遺伝子の突然変異以外に、遺伝子の交換で人に感染するようになることがある。これは例えば、人あるいは豚が同時にヒトインフルエンザと鳥インフルエンザに感染すると、体内で双方の遺伝子が交換されて、人から人に感染するようになるというものである。大部分のインフルエンザウイルスは豚に感染するので、豚は大きな培養地と言え、ウイルスの遺伝子が交換されやすい。

豚はヒトインフルエンザと鳥インフルエンザのいずれにも感染する可能性があり、ウイルスは豚の中で変異する。
この点、学界は心配する必要はないという。
ウイルスが世界的な大流行を起すには、大部分の人が免疫を持っておらず、強い感染力を有するというのが要件となると、李秉頴准教授は指摘する。H1N1などはそもそも人から人への感染を起すもので、非常に伝染しやすい。しかも新型H1N1に対して、60歳以上の人以外は抗体を持っていないが、幸い毒性が弱いので感染しても重症化は少ない。H7N9は伝染力が弱いので、広く伝染する脅威はない。H7N9ウイルスは人インフルエンザウイルスとの組替はなく、遺伝子の変化で人に感染するが、人から人への感染の兆候はまだない。
ウイルスが人から人へ感染するようになるかと言うと、頼明詔は長庚大学の施信如教授の研究から、H7N9ウイルスの遺伝子の特徴は哺乳類のインフルエンザウイルスの特徴の一部を具えていると言う。現在、人から人への感染は確認されていないが、将来の変異でそうなる可能性は高いのである。
五、H7N9とH5N1とではどちらが脅威なのか?H5N1では、感染すると人も鳥も深刻な症状を引起すが、H7N9は鳥では発病せず、人だけ深刻化する原因が未だによく分っていない。
H5N1よりH7N9の方が人に感染しやすいといわれるが、その原因は、H5N1が鳥に感染した時に環境中にウイルス量が多く、鳥はまず死んでしまう。それから人に感染するので感染が起こりにくいと考えられる。これに対してH7N9は環境のウイルス量が少なく、その痕跡を発見しないうちに、人に感染しているのである。つまり、たまたま人が接触して感染してしまったと考えられる。H7N9が心配なのはこのためで、今後の変化に注意が必要である。
六、H7N9ウイルスは今年の秋冬に流行するか?可能性は低いと李准教授は言う。渡り鳥が感染を橋渡しする確率は低く、たとえば2004年に中国大陸でH5N1が大流行して、台湾にも伝わると心配されたが、9年たった今も台湾では発生していない。
中国の8省2市でH7N9の感染が発生したところから、ウイルスが広い範囲に存在していると考えられるが、数万の検体を採取したが陽性率は低く、ウイルス量は少ないと見られる。気候が暖かくなると、ウイルスの活性は弱まるので、次の活動は秋冬から春にかけてであろう。今年の秋冬に北京や上海で流行したとしても、すでに経験があるので恐れる必要はないだろう。心配なのは、すでに渡り鳥がウイルスを運び込んでいて、冬になって増加したときである。そうなると、どこで発生するかわからず検出も出来ず、大流行に繋がる可能性もある。
七、H7N9の予防方法は何か?新しいウイルスの第一波は防止は出来ないと何美郷は言う。人に感染してようやく発見されるため、あとは対処するスピートにかかってくる。
ウイルスの種類により、予防法も異なる。SARSは人に感染しても、感染力が強くなく、発病してから数日後にようやく他人に感染する能力ができる。天然痘も同じ性質で症状が出てから、感染力がつく。そのため症状が出てから周囲の人にワクチンを打っても、まだ間に合う。これに反して水疱瘡や麻疹は一人発症したら、その背後に数千人の感染が予想されるのである。
現段階での対処として、市場で生きた鳥の取扱いを禁止することが有効で、鳥と人の接触を避け、ウイルスに触れる機会を少なくすることである。ウイルスの感染を永久に防ぐことはできないとしても、これにより発生を遅らせ、対処する時間を稼げる。
また感染源を研究し、モニタリング能力を向上させ、様々な感染をシミュレーションして準備しておくことも必要である。
八、H7N9にワクチンや治療薬は有効か?ウイルスの変化は防ぎようがなく、また人への感染を止められないのであれば、治療薬とワクチンを開発するしかないと頼明詔は言う。現在有効な治療薬は少ないが、タミフルはその一つである。
人体は免疫システムを具えていて、ウイルスが侵入すると、免疫分子を作り出して、ウイルスを殺そうとする、これに対してウイルスは様々な方法でそのシステムを破壊する。ワクチンは、この免疫システムの強化に有効である。
李准教授は2009年に大流行したH1N1を例にワクチンの効果を説明する。台湾ではほぼ570万人が接種し、接種率は26%であった。メディアが副作用を報じたため予期には及ばず、重症化した死者は30人余りであった。翌年は接種率が大きく下回って、第二波の流行による死者は100人余りに上った。ワクチンの効果がうかがえる。
九、ウイルスとの戦いをどう考えればいいのか?ウイルスはウイルス学者より聡明だと頼明詔は言う。ウイルスは様々な方法を採って、科学者の知恵を上回る。何とかコントロールする方法を見つけても、ウイルスは再び姿を変えて、その方法をすり抜けていく。ウイルスの特徴は、動物や人間の細胞の中でなければ増殖できないということで、理論上は宿主を殺してしまうと、他の人に感染を続けないと自分も生きられないのである。そこで賢いウイルスは、宿主との平和共存を図る。
最も成功したウイルスは、宿主の身体の一部となる。例えば、B型肝炎やHIVは感染すると遺伝子の中に入り込み、除去できなくなる。除去しようとすると自分の細胞も死んでしまうので、そのまま共存するしかない。
現在までのところ、人間が完全に撲滅できたのは天然痘ウイルスだけである。ウイルスに対して、人は謙虚になるしかない。
十、国内最初のH7N9感染者の状況は?台湾最初のH7N9感染のケースは、蘇州から戻ってきた会社員である。4月9日に台湾に戻り、12日に不調を感じ、16日に高熱を発して診察を受け、大きな病院に転院してから、タミフルの服用を開始した。しかし、呼吸器のウイルス量が少なく、H7N9ウイルスを検出できなかった。20日には病状が悪化し、台湾大学病院に転送され、H7N9が疑われると報告された。その後、24日に痰を検査して感染が確認された。台湾大学病院は負圧隔離病棟に隔離して体外式膜型人工肺を用い、また抗ウイルス治療薬の投与を続けた。この患者はその後、ウイルス反応が陰性に転じ、病状も好転して治療を続けた結果、5月24日退院できた。
当該患者が台湾に帰ってから接触した139人は、すべて感染の兆候は見られなかった。