林宗範の叔母は、彼が幼い頃に済公（南宋の伝説的僧侶、民間信仰の対象でもある）の真似をしていたのを覚えている。「小柄な宗範が数珠を手に、竹管を瓢箪代わりにして、葉で編んだ扇を仰いで皆を笑わせていましたよ」と。

伝統の弦楽器に一目惚れ

台南の後壁に生まれた林宗範は、子供の頃、よく祖父に連れられて牛を取引する市へ行った。近くの大樹の下で、お年寄りが集まって弦を爪弾きながら歌っていた勧世歌や乞食調などの台湾民謡が深く記憶に残っている。小学3年の時、自分で弦楽器を作って歌いたいと思ったが、買うと1000元もするので、親にねだるのではなく、何とか自分で作ってみることにした。彼は近所のおじさんから大広弦を借りてきて、拾ってきた材料を使い、数週間かけてヤシの殻の弦楽器を完成させたのである。

音階は外れていたが、それでも形にはなり、それを抱えてお年寄りたちに演奏と歌を教えてもらった。勘のいい彼は、そうするうちに伝統楽器の知識を深め、材質や寸法による音の違いなども体得していった。お年寄りも惜しみなくコツを教えてくれ、彼は学びながら楽器を作り続けた。ヤシの殻の弦楽器から、大広弦、三弦へと広げ、中学の時には初めて月琴を完成させた。

楽器作りへの興味はますます深まり、兵役を終えると、他の若者のように都会へ出ることもなく、後壁に残って実家の作業場を月琴アトリエにし、製作と演奏にすべてを注いできた。取り壊された古い民家の建材や、牛車の廃材などを使った。古い木材は乾燥しているので品質が安定していると彼は言う。ヨーロッパのバイオリンが現地の木材を用いるように、台湾の楽器に台湾の木材を使うのは当然のことなのである。

弦楽器を手作りするには時間がかかるため、1点の価格は数万元になり、値引きを求める人もいるが、林宗範は断っている。多くの人は価格しか見ないが、楽器製作の背後にはさまざまな苦心があることは理解されにくい。素材選び一つをとっても、廃材の中で使えるものは非常に限られていて、その背後には数々の物語がある。例えば、生涯をかけて一族の宗祠を守ってきたおじいさんが植え、おじいさんの死後に枯れてしまったタイワンヒノキや、取り壊された牛車や家屋の主の物語などだ。彼はそれらの物語を大切にし、その木材をどう使えば物語を活かせるのかを考える。どの作品もこうした経緯を経て作られているので、楽器の購入を希望しても2～3年も待たなければならないこともある。

林宗範は、弦楽器を作るには、楽器を演奏できなければならないと考えている。月琴に見えるが弾いてみるとギターのようであってはならず、各部位の寸法や規格にもポイントがある。音というのは非常に抽象的で、演奏できる人でなければ音の良し悪しは判別できない。「創作者は絶えず進歩しなければなりません。決して完璧な作品などなく、死ぬまでより良いものを追求していかなければならないのです」と林宗範は力強く語る。

林宗範が初めて手探りで製作した月琴。

この土地の歌を伝え続ける

林宗範は、幼い頃から週に4日は白河のお年寄りたちについていって各地で演奏し歌っていた。遠いところでは高雄の蚵寮まで行ったこともある。こうした生活を高校を卒業して兵役に行くまで続けた。その頃の思い出を林宗範はこう語る。どこかで楽器を演奏していると、近所の女性たちが集まってきて野菜の下処理をしながら歌を聞き、興が乗ると合唱が始まる。演奏が終わると、住民たちはビーフン炒めをご馳走してくれたり、時にはわざわざ鶏を絞めてくれることもあった。「ゴマ油とショウガと塩で味付けした、しっとりした鶏肉でした」と懐かしそうに話す。

それから数年後に訪ねると、当時のお年寄りの多くはもう世を去っていて、こうした民間に伝わる伝統文化も廃れていた。年配者が語る人生の物語や田舎の人情に親しんできた林宗範にとって、お年寄りたちが奏でていた調べは人生そのものなのである。なるほど、林宗範が奏でる音には他とは違う優しい郷愁が感じられるわけだ。

伝統楽器を学んできた林宗範だが、自ら作曲することはない。学びきれないほど古い調べがあり、自ら創作するなど、歩けないのに飛ぼうとするようなものだと言う。古い調べにはそれらを育んできた歴史がある。例えば恒春に伝わる「思想起」には、大陸から単身で台湾の恒春に渡ってきた先人が、荒れた砂地の開墾に苦労する物語が歌われている。寒い季節になると郷愁は深まり、大陸に戻れば嫁を2人も娶れるのに、ここでは男の一人暮らしだと嘆く。こうして「思双姫」という歌が生まれた。歌の内容は妾を持つのは良くないというものだが、歌のタイトルが台湾の民情に合わないというので、当時の政府が歌のタイトルを「思想起」に変えさせたのである。録音やフィールドワークなどではなく、現地に根を下ろし、そこの暮らしを体感してこそ、その調べの精髄を真に理解できると林宗範は考えている。

廃材の中から林宗範は質の良い木材を探し、温もりのある楽器を作り出す。

生があれば死もある

林宗範は地方の民謡だけでなく、死者の供養のために歌われる「牽亡歌」も学んできた。三弦を演奏できる彼は、高校生の時から葬送の楽団に招かれて演奏してきた。幼い頃から墓地の近くに住んでいたため、家の前を葬列が通ることも珍しくなかった。「昔の農業社会では近所同士が助け合い、葬儀の際にも近所の人が進んで手伝ったものです。棺桶はきちんとしたものを買えるように近所の大工さんが手配し、悲しみに暮れる遺族が雑事に追われずに済むように、近所の女性たちが供物などを用意したのです」と林宗範の父親は言う。林宗範も幼い頃、祖母が村の女性たちを率いて喪家の家の前にゴザを敷き、遺族のために麻の白装束（喪服）を縫っていたのを覚えている。彼にとって、伝統的な法事の儀式は迷信によるものではなく、地域社会の結束力の象徴なのである。だからこそ、一般の人がほとんど触れることのない牽亡歌も、彼にとっては草の根の生命力に満ちたものなのである。

葬儀の裏で演奏する楽師から、表で儀式を行なう法師まで順を追って学ぶにつれて、牽亡歌には深い文化的意義が込められていることを彼は知った。例えば「勧亡」という段にはこんな台詞がある。「･･･三人目に審判を受けるのは富も地位もある石崇公／家柄はよろしく、あまたの財宝を持つ／ところが閻魔様は人の財宝を受け取らない／手を一振りすればすべて無に帰す･･･」と。死者に、この世への執着を棄てさせようとする内容のように思われるが、実は生きている人々に「どんなに財産があっても、あの世に持っていくことはできない。どのように生きるかが大切なのだ」と教えてくれる歌なのである。多くの人は死をタブー視し、葬列が通ると子供の目を隠して見せないようにする。だが、人はいずれは死ぬのだから、どう準備するかは誰もが考えなければならないことだ。「牽亡歌」には、善や孝行の物語や人生の哲理が込められていて、生命教育の絶好の教材と言えるのである。

これまで無数の供養の場に参加し、自らの祖父母も見送ってきた彼は、死が教えてくれるのは時間を大切にすることだと言う。彼は雲林科技大学で教鞭を執り、若者たちに「風中灯牽亡歌団」を結成させて、衣装から道具、身のこなし、台詞、伴奏まで一つひとつ教授している。これらの儀式を通して台湾伝統文化の美を広く知ってもらいたいからだ。

自宅の客間に飾られた手作りの楽器たち。いずれも心血を注いで完成させた作品だ。

地方の文芸復興

林宗範は、牽亡歌も地方の伝統民謡も急速に消失しつつあると感じている。昨今は、伝統文化の継承を重視する人も出てきたが、学校の郷土教材に出てくるのは「四季紅」「月夜愁」「望春風」「夜雨花」などばかりで、伝統の歌に対する理解は十分ではない。台湾各地に伝わる伝統の調べはこれらに止まるものではないのだが、かつて各地でよく聞かれた歌も年配者が世を去るにつれ、人々の暮らしからは遠いものとなっている。台湾には多くのエスニックが暮らしており、それぞれに自分たちの音楽を持っている。これは世界でも珍しいことだと林宗範は言う。ひとつの国の中に客家の戯曲も河洛戯劇も、原住民族の八部合音もある。「これらは台湾にしかないもので、私たちはもっと台湾の各地域で深く掘り下げるべきです。これらの財産は一度失われたら二度と取り戻すことはできないのですから」と言う。

すでに100点を数える月琴を製作販売してきた林宗範は、今年の中秋節に「月琴が実家に帰る」というイベントを開催しようと計画している。場所は彼の自宅の庭だ。恒春民謡の陳慶松や唸歌の羅士哲を招き、牽亡歌や車鼓陣といった台湾の地方戯曲の公演も行なう。人々に、こうした伝統芸術の美に触れてもらいたいという考えからだ。民間芸術の地位の向上は、彼がずっと努力してきた目標のひとつでもある。

夕暮れ時、林宗範は木の下に座って月琴を抱え、歌仔戯（台湾オペラ）の「艋舺雨」を爪弾き始めた。歌詞はないものの、その調べと月琴の温かみのある音を聞いているだけで胸が詰まってくる。林宗範によると、この曲はよく葬儀の場で演奏されるが、牽亡歌団の感情豊かな女性たちも、これを聞くと涙を流すという。田畑の中を歩きながら林宗範はごく自然に「艋舺雨」を歌い始めた。夕日が照らす中、私たちは美しい歌声を聞きながら、台湾の地方文化継承に一筋の光が差すのを感じたのである。

林宗範は職人の精神で楽器を作り、常により良いものを目指している。

林宗範は若者を集めて牽亡歌団を結成し、台湾文化を継承しようとしている。（呉碧惠提供）

林宗範は時間があれば恒春を訪れ、陳慶松（左）から民謡を学んでいる。地域の暮らしに浸ってこそ、民謡の精神を引き継げると考えている。

林宗範は伝統芸術の継承という使命を自らに課し、その美しさを多くの人に知ってもらいたいと考えている。