世界における太魯閣峡谷の重要性を語るには、まず地球上の二大プレートの地殻運動の説明から始めなければならない。
600万年余り前、太平洋を移動してきたフィリピン海プレートが、地球最大の大陸プレートであるユーラシアプレートに斜めに衝突し、ユーラシアプレートの東南の縁を押し上げ、海面上に今日の台湾が誕生した。今日に至っても、台湾の大地は毎年5〜10センチという速度で隆起を続けている。同じくプレートの動きの活発な日本やアメリカ西海岸のカリフォルニア沖と比べても、台湾における地殻運動は活発だ。
世界遺産の基準を拡大すると、台湾島自体が「地球の歴史の主要な段階を代表する顕著な例」であり、その焦点である太魯閣は代表の中の代表と言えるのである。
遺産の中の遺産
台湾が海底から海の上へと姿を現したのは600万年前だが、今から30年前に、地質学者は太魯閣で2億年前の化石を発見した。2億年以上前にユーラシア大陸の河川から流されてきた沈殿物が堆積し、それが今日の台湾島の一部として昇隆したのである。フォルモサと呼ばれる台湾島の中で、最も早くプレートによって海面に押し上げられた場所が、中央山脈の東に位置する太魯閣だった。
二つのプレートが衝突して生まれた太魯閣では、激しい造山運動によって地層が幾度も褶曲したりたわんだりした。地底にあった堆積岩が地殻運動によって押し上げられ、圧縮され、歪められ、再び地下に押し戻されるといった動きが繰り返されたのである。こうして温度や圧力の変化を受け、上へ下へともまれて鍛えられ、最終的に固い変成岩へと変っていった。花蓮の大理石は、こうして出来た重要な変成岩なのである。2億年にわたる地質の変化が、今日の花蓮の地方産業を育んでいる。毎年開かれる石彫展では、芸術家がこの土地で創造力を発揮し、花蓮の人々が誇る自然資源が美しい文化を生み出している。
台湾島の中でも太魯閣は地質的に最も古く、長い歳月が刻まれている。世界的に見ても、ここは最も若い造山運動が進行している場所だ。こうした点で、ユネスコが世界遺産の基準として定める「生命進化の記録、地形形成において進行しつつある重要な地質学的過程、あるいは重要な地形学的、あるいは自然地理学的特徴を含む、地球の歴史の主要な段階を代表する顕著な例であること」という基準にそのまま当てはまるのである。
古くて若い太魯閣
地球のプレート運動が、太魯閣でスケールの大きい美しい地形を生み出した。台北から東海岸の宜蘭を経て南へ向かい、花蓮へ入ると、億単位の年齢になる大理石の切り立った岸壁が太平洋の波に洗われている。ここが清水断崖だ。
花蓮の横貫道路の金馬トンネルから太魯閣へ入ると、九曲洞と大断崖がある。ここが一般に太魯閣峡谷と呼ばれる場所だ。立霧渓の流れが長い年月をかけて大理石層をえぐり、ほとんど垂直に切り立った峡谷が形成されている。九曲洞の東の「幽谷煙声」と呼ばれるポイントは、雨水が岩石の節理に沿って浸蝕して生れた細長い大理石の洞窟だ。立霧渓沿いには片麻岩が広がっている。白沙橋と燕子口の間は片麻岩と大理石の違いを観察し見分けるのに絶好の場所だ。燕子口では谷底からの上昇気流が強いため、手荷物などは飛ばされないように気をつけなければならない。
景観の面では、太魯閣峡谷の規模はアメリカのグランドキャニオンには及ばないが、これほど幅の狭い河岸に、深さ1000メートルもの峡谷が続いているのは地殻運動による隆起と河川による浸蝕という二つの作用が働いてきたからだ。まるで斧で割ったような深い峡谷は世界的にも珍しい奇観なのである。
地質の面では「太魯閣峡谷は造山運動の最も顕著な証拠を有しています」と中央地質調査所鉱物岩石組の曹恕中科長は言う。太魯閣にはいたるところに地質学的な生きた証拠があると言う。
環太平洋地域を見渡すと、二つのプレートが衝突して押し合い、いわゆる「褶曲作用」によって生まれたのは台湾とヒマラヤ山脈だけだ。しかし6000万年以上の造山運動の歴史を持つヒマラヤに比べると、太魯閣の造山運動はまだ赤ん坊に喩えられ、今も盛んに動いている。
1970年代以降、アメリカやフランスなど各国の地球科学研究者が次々と太魯閣を訪れて地質学調査を行なってきた。「海外では造山運動の大部分がすでに晩期に入っていて、造山運動の前期形態の観察が難しいのです。その点、太魯閣は初期の変化の生きた見本であるため、晩期の造山運動と比較し、結びつけることで地質変化の前後の関連と流れが分るのです」曹科長は、こうした点から太魯閣は世界の学者から「地質学の天国」と言われているのだと言う。
生物の多様性
世界に名だたる太魯閣峡谷の背後には、12ヘクタールにわたる太魯閣国家公園が広がっている。造山運動のおかげで、公園内の山は高く起伏に富み、6分の1の面積が3000メートル以上の高山で、「台湾百岳」のうちの27の山がここにある。山脈の北端にある奇莱峰は険しい断崖と天候の急激な変化のため「黒い奇莱」と呼ばれ、登山者からも恐れられている。
太魯閣国家公園は多様な生物の棲息地でもある。山々は当然つながっているが、一つ一つの峰は雲の中に突き出しており、生物学的には生殖隔離の作用があるため、さまざまな固有種と豊富な生物相が生まれた。年間4ヶ月も雪に覆われる南湖大山では、全台湾の高山植物の大部分である167種が観察できる。初歩的な調査によると、この国家公園内には全台湾の陸生動物種の半数、鳥類144種、爬虫類32種、渓流魚類18種、蝶28種が生息しており、多様性と特色に富んでいる。台湾大学地理環境資源学科の王鑫教授が太魯閣の世界遺産登録のために作成した全体図には太魯閣国家公園の範囲も含まれている。
太魯閣は昔から台湾の景勝地として知られ、多くの観光客を集めている。だが鉱物の埋蔵量が豊富なため、鉱石採掘基地もあり、それによって景観が破壊されている。国家公園内に民営の採掘場があることは、世界遺産登録にとってはマイナス要素となる。「登録申請のために提出する資料には欠点と改善方法も記さなければなりません」と王鑫教授は言う。この問題を解決してこそ、台湾は「太魯閣には世界遺産登録の資格がある」と主張できるのである。