
長年にわたって進められてきた教育改革の評価はさまざまだが、大学の拡充という目標は達せられた。また、新興の学部学科には、教育が追求する創意や多様な価値観が見られるようになった。
大学にはどのような新しい学部学科が設けられているのだろう。そこにはどのような考慮があるのだろうか。大学における学部学科の消長は、国の高等教育発展の方向を反映しており、また産業や社会のニーズ、価値観の変化を示している。そしてさらに重要なのは、将来の国家競争力の鍵を握っているという点である。
近年の台湾の高等教育拡張のスピードには驚くべきものがある。
15年前は50校しかなかった大学が今は3倍以上の162校まで増えた。技術専科学校が大学に昇格し、新たな大学も創設され、学生数も大幅に増えた。高等教育を受ける人数の全人口に占める割合を見ると、1990年には15%だったのが39%まで上昇し、18〜22歳の若者のうち57%が大学に通っている。
かつて、大学と言えば社会のエリートを育成する殿堂であり、研究や革新、知識の伝承を目的とする存在だった。しかし高等教育が普及するにしたがい、大学の位置づけと機能にも変化が生じ、多様な発展を見せるようになった。その変化は、学部学科の消長からも見て取れる。
海外の例を見ると、香港理工大学の紡織服飾学科にはブラジャーのデザインを専門に学ぶコースがあり、イギリスの大学にはレコード企画学科がある。これらと比べると、台湾の学部学科は平凡なように見えるが、環境の変化や学生のニーズの影響で、学部学科の併合や調整が進んでいる。

マルチメディアやゲームは、情報やアート、教育やメディアなどの分野を結びつけた新しい科学分野だ。右は龍華科技大学の学生がセンサーを利用してバトルアクションを記録する様子。
新興の学部学科
台湾大学教員育成センターの王秀槐;副教授が2003年に行った研究によると、台湾の大学における最近2年の学部学科・大学院の新設数は過去にない数に上る。
2002年、53の大学で190の学部学科や大学院が新設され、1995年時の新設数42の4倍に増えた。2003年には新設数が456に達し、志望学科を選ぶ学生も何を選んでいいのか分からない状態だ。しかも、この統計には最近3年間に創立した新大学や大学に昇格した専科学校や師範学院は含まれていないのである。
学部学科の新設は一部の大学の現象ではない。既存の大学(学部学科新設数の52%)、新設大学(48%)、公立大学(44%)、そして私立大学(56%)と、大きな差はない。王秀槐;副教授は「大学創立の時期や公立私立に関わらず、どの大学も瞬時に変化する社会や経済の課題に直面し、懸命に時代についていく努力をしている」と指摘する。
研究によると、近年の新設学科は、ハイテク産業、国内需要のある専門技術、生活の質の向上、基礎文理学科、エスニック言語文化の5大分野に分類でき、中でも最も多いのは専門技術の分野だ(グラフを参照)。
王副教授によると、グローバル化に対応して国家競争力を向上させるために、電子、通信、材料、バイオなどの技術分野の需要が増え、国内需要のためには経営、医学、環境、マスコミといった分野の需要が増えている。
この他に社会の発展から生じるニーズとして、生活の質の向上や高齢化、そして芸術、スポーツ、レジャー、景観計画などの分野も増えている。

ゲームの中で学ぶ
近年の人気学科ランキングを見ると、情報管理、経営学、電機工学などが相変わらずトップに並んでいて、顕著な変化は見られない。だが、学生の好みに合い、産業からの需要もあるデジタル、玩具、ゲーム、マルチメディアなどに関連する学科も注目されている。国立台北教育大学の「玩具・ゲーム設計研究所」、私立龍華科技大学の「マルチメディア・ゲーム発展学科」、私立明道管理学院の「デジタル学科」、元智大学情報学科の「インタラクティブ教育娯楽技術コース」などである。
設立4年になる龍華科技大学の「マルチメディア・ゲーム発展学科」は情報工学、電子、美術などを志す学生に人気があり、毎年定員を超える学生が集まるため、昨年から2クラスに増やした。今年の第1期卒業生の王光昇さんが設計したゲームは、昨年と一昨年「新世代設計展」でグランプリを取り、同学科はますます注目されるようになった。
王光昇さんは、当初「ゲーム学科」に入ったと言うと、友人から「遊びに行くのか」と笑われたが、数年のうちに友人たちの見方も変わり、彼の先見の明と前途を羨んでいるそうだ。
明道管理学院は、台湾で初めて「デジタル」という名の学科を設立した。カリキュラムの内容は、視覚伝達、アニメ、マルチメディアなどだ。同学科の何宏文主任は、多くの人はアニメやゲームに注目するが、それはデジタル学科の教育目標ではなく、コンピュータを道具とした設計能力を養うのが重点なのだという。
ファッションや美容関係の学科も大学に出現した。中でも興味深いのは、明道管理学院の「ファッション造型学科」だろう。
同学科の施敏慧主任によると、大部分の学生は親の反対を押して入学してくるそうだ。多くの親は、ファッションや美容なら、大学ではなく技術専科学校で十分だと考えるからだ。
同学科のカリキュラムには、基礎スケッチやインスタレーションなどの技術面と、ファッション産業発展やクリエイティブ・コンセプトなどの理論面があり、視野の広いファッション人材を育成しようとしている。

健康とレジャーのブーム
レジャーブームの影響から、スポーツや健康、レジャーの名のついた学科も増えている。
台湾では2001年、高雄大学に「スポーツ健康・レジャー学科」が設置されたのが最初で、以来5年間、常に定員の60名の学生が集まっている。
同学科の劉紹東主任によると、スポーツ健康・レジャー学科というのは台湾では初めてだが、アメリカでは30年の歴史がある。学科名のイメージとは違い、実際のカリキュラムには生物学、解剖学、物理学、経済学、統計学なども含まれる。学習範囲が広いので卒業後の職業も広範で、スポーツリハビリテーション、エクササイズ指導、物理療法、スポーツ傷害防護師などの方向もある。だが、専門性を高めるには大学院に進む必要があり、昨年は10人が大学院に進んで運動保健と運動器材の分野を学んでいる。
明道管理学院の「レジャー保健学科」は専門職の育成を目指しており、従来の大学にはなかったカリキュラムを組んでいる。SPAやアロマテラピー、ツボ療法、自然療法などの他に、パドリングやロッククライミングなどの実技も必修で、学校には1300坪のペイントボール場もある。
嘉義に全国最大のキャンパスを持つ中正大学は全国有数の運動施設を持つことから「スポーツ」と「学術」を競争力向上の軸としている。スポーツセンターの林晋栄主任によると、同大学は「スポーツ競技学科」の設立を決めており、将来的には既存の「スポーツレジャー研究所」と一体化させて「生命科学および運動健康学部」を設立する予定だ。これを大学の特色とすると同時に、国のスポーツ競争力の向上に努めていく。

マルチメディアやゲームは、情報やアート、教育やメディアなどの分野を結びつけた新しい科学分野だ。右は龍華科技大学の学生がセンサーを利用してバトルアクションを記録する様子。
改名運動
このように次々と新たな学部学科が設立されているが、従来の学科の名称やカリキュラムの変更も進んでいる。王秀槐;副教授の研究によると、新設学科の12%は時代の要求に合わせて従来の学科の名称を変更したものだ。
農学部の場合、時代に合わせて「生物」の二文字を加えることが多い。台湾大学農学部は学部名を生物資源農学部へと変更し、農機学科は微生物産業機電工学科に、農工学科は生物環境システム工学科、畜産学科は動物科学技術学科に変更した。これらの改名によって学部の雰囲気も一新し、志望学生も増えたという。
では、大学の学部学科設立の根拠は何なのだろう。
王秀槐;副教授によると、新学科の設立は、国の高等教育政策や大学の性質、産業のニーズ、社会の趨勢、そして政治イデオロギーなどと関わってくる。
政策面で言うと、近年は高等教育の「規制緩和」政策が採られており、民間による学校創設、大学自治範囲の拡大、学制や課程の調整などが進められ、政府による管理から市場メカニズムへと移行しつつある。そのため、大学による新学科設立もよりフレキシブルで自由になり、市場志向が強まっているのである。
政府教育部(教育省)高等教育司の陳徳華司長は、高等教育における「市場化」は必然の趨勢だと考えている。その話によると、80年代には大学が新学科を設立する際、教育部の審査の前に、まず研究発展考核委員会や経済建設委員会の意見を求め、関連人材の需要を確認しなければならなかった。このように、かつて教育は国家にサービスするものと位置づけられていたのである。
こうした規制が緩和され、新学科の設立については2001年に「総量管制法」が施行された。特殊な学科(医学や教員養成)を除いて、教員や教育設備が規定にかなえば、大学は主体的に学部学科のクラス数や定員を調整できることとなり、それまでのように定員増減や学科の調整を一つ一つ申請する必要はなくなった。

美は力でもある。ファッションは生活の質を向上させるだけでなく、国の競争力と経済力の表れでもある。
買い手市場
大学間の競争の激化も、市場志向が進んでいる原因だ。
大学が増える一方で出生率は年々下がり、今では高校卒業生の9割が大学に合格するようになった。一部の大学は、すでに学生不足の危機に直面している。
2000年の数字を見ると、全国162の大学の学生募集人数は37万481人なのに対して、実際の入学者は31万5918人。統計によると19の大学で入学者数が定員の5割に満たない。
交通大学人文社会学部の戴暁霞学部長は、台湾の高等教育市場はすでに「買い手市場」となり、大学は高額の奨学金やホテル並みに豪華な寮を提供するなど、あらゆる手を尽くして学生を集めようとしていると言う。そうした中で、時代にマッチした革新的な学科は、学生の興味を引きやすく、学生募集に役立つのである。
創立5年に満たない明道管理学院の姚国山・教務長によると、新設大学の最大の強みは、学部学科設立に伝統という障害がないことで、市場のニーズこそが明道学院の学科設立における主要要素である。材料、デジタル、ファッション、情報工学などは、いずれもマーケット志向の人気学科だ。

これからの学生は、進学する大学と学部学科を慎重に選ぶだけでなく、常に変化に対応する心構えを持たなければならない。
大学の質の変化
だが、実用志向の学科が増え、大学は「職業訓練所」になったのかという疑問も湧いてくる。
王秀槐;副教授の研究によれば、新設学科の大部分(84%)が実用志向で、技術、経営、エンジニアリング、デザイン、メディア、環境、教育、ソーシャルワーク、レジャー観光などが多い。
特に私立大学では、巨額を投じて基礎研究設備を整えることができず、また学生のレベルから見て将来的に学術の道に進む可能性は低ことから、一層実用性を強調することとなる。そのため、私立大学では、文学、法学、商学、マスメディア、デザインなど、設立資金があまりかからない学科が好まれている。
こうした現象に関して、教育部高等教育司の陳徳華司長は、驚くべきことではないと言う。社会と産業の変化に連れて、人材育成機関である大学の役割も当然調整されていくもので、「知識の発展という角度から見ると、以前は焦点が絞られていたが、近年はしだいに枝分かれが顕著になり、こうした現象も必然の趨勢だ」と言う。
交通大学人文社会学部の戴暁霞学部長は「量の変化が質の変化をもたらす」と言い、高等教育のカリキュラムにはすでに変化が生じていると指摘する。以前は、学術性や理論性が低いとして大学教育から排除されていた領域が、今では新しい学科として次々に取り込まれている。従来のカリキュラムも、学生の能力や興味、ライフプランなどに合わせた調整が必要になっているのである。
シャッフル
大学教育が実用性に傾きすぎているという批判がある一方、産業界には、いまだに需要とのギャップが大きいという声もある。
これについて、教育部の陳徳華司長は、大学教育は急速に変化しているものの、学部学科の設置調整において、いまだに社会との連結が緊密でないと指摘する。
「ここ数年、教育部は大学の自主性に任せ、フレキシブルな調整を認めてきましたが、その成果は充分とは言えません」と陳徳華司長は言う。問題は、大学の構造が学部学科を中心としており、同じ学部内の教員の同質性が高いため、新たなアイディアが出てこないという点にある。現在の教員は、ほとんどが生涯にわたって教職を務めているため、新たな血を注がなければ、学科の名称は変えても、実質的に大きな変化は得られないのである。
そこで教育部は昨年、大学法を修正して学部の垣根を取り払い、学部学科を超えた調整ができるようにした。「将来的には、学部が学生を募集し、大学1〜2年は学科を分けないようにしていきます」と陳徳華司長は言う。

スポーツと健康とレジャーがブームになり、これに関するマネジメント人材の育成が大学教育の新分野となっている。
新学科の新思考
大学が大衆のものとなり、かつてのエリートというイメージは消えた。学士教育は一般教養と基礎訓練を重んじるようになり、本当の専門性や学術研究は大学院に任せられることとなって、大学のカリキュラムは多様化している。
しかし、どんなに学科が増え、カリキュラムが気の利いたものになっても、すべての学生の要求を満たし、生涯の頼みとする能力を養えるとは限らない。
国立台湾師範大学の彭明森教授の2003年の調査によると、卒業後に大卒の学歴が必要な仕事に就いている人は全体の半数に過ぎなかった。また多くの人が専攻分野とは無関係の仕事に就いている(23.6%は無関係、36.2%は一部関係がある、40.2%は非常に関係がある)。
「世代によってライフプランは異なるので、同じ尺度で測ることはできません」と戴暁霞教授は言う。グローバル化の時代、世界は激しい変化の中にあり、学生に求められる能力も以前とは変ってきているのだから、大学もそれに合わせて変革しなければならない。学部学科の調整は表面的な変化に過ぎず、カリキュラムの内容や構成こそ重点である。
戴教授によると、大学では知識や技術を教えるだけでなく、学生のチームワークやコミュニケーション力、フレキシビリティ、独立性、創造性、そして不確実な物事に向き合う能力を培う必要があり、我が国の大学ではこの点がまだ充分ではない。
「現代人に必要なのは重装備ではなく、技能面でも態度の面でもある程度のフレキシビリティを保つことだ。唯一、時代に淘汰されない技能は、新技能を学ぶ能力である」とイギリスの学者ギボンズが言うとおりである。
「フレキシビリティを保ち、変化に立ち向かう能力」こそ、今後学生が培っていくべき力であり、大学はそのために変化していかなければならないのである。



全国53大学の新設学科の分類(1995〜2003年) 資料:台湾大学教員育成センター王秀槐副教授提供
