コンフォートゾーンを抜け出す
子供の頃に両親とともにシンガポールに移住した江卓鴻は、学生時代から積極的に国際活動に参加してきた。大学は台湾の輔仁大学医学部を選んだ。大学2年の時に外交部国際青年大使に選ばれ、訪問団とともにデンマーク、スウェーデン、ポルトガル、モンゴルなどを訪れた。メンバーの専門分野はさまざまだが、協力し合うことで台湾の良さを外国人に知らせることができる。彼はこの機会に、文化コミュニケーションを習得し、各国におけるサステナビリティに関する考え方を知ることとなった。
輔仁大学では長年にわたってタンザニアに医療ボランティアを派遣している。毎年メンバーを募集し、一年の準備と訓練を経て、夏休みに1ヶ月現地に赴く。江卓鴻は大学3年だった2016年にこれに参加した。出発前には自分たちで計画書を書いて資金を募り、経費を調達しなければならない。さらに重要なのは、現地でどんな医療協力ができるかを討論したり、衛生教育の練習をしたりすることだ。「準備期間は会議も超過密でした」と江卓鴻はため息をつく。だが、国際青年大使の経験があった彼は、チームは一体で、互いの信頼とサポートが重要なことを知っていたため、円満に任務を終えることができた。
東アフリカのタンザニアはインド洋に面している。彼らは20時間余りのフライト、2回の乗り継ぎを経てようやくキリマンジャロ空港に到着、さらに車で8時間かけてベースとなるエンガルカに着いた。エンガルカの主な産業は牧畜で、「道路はほとんど舗装されておらず、ロバや牛や羊が荷物を運んでくれます」と言う。メンバーは現地住民の家の庭にテントを建てて寝泊まりした。「この地域では、電力は自家発電、水は自分で引かなければならず、水にはボウフラが浮いています。Wifiがないのは言うまでもありません」と言う。夜は月や星の明かりが頼りという暮らしは、江卓鴻にとって忘れられないものとなった。
エンガルカは台湾の新北市ほどの広さの、マサイ族の集落だが、地域には医者1人と看護師2人しかおらず、多くの人は、医者に診てもらうために半日をかけて歩いていかなければならない。輔仁大学のチームの目的のひとつは、タンザニアの僻遠地域の集落の女性と幼児の健康状態を改善することだった。この集落では新生児の死亡率が高止まりしていたため、チームは2011年から出産待機室プロジェクトを開始し、2016年に完成した。何もなかった土地に、多くの人が力を合わせて地元の女性たちが出産のために待機できる場所が設けられたのである。妊婦たちはここで十分に休息を取り、医師や看護師のサポートを受けて順調に出産できる。「私たちがいた期間にも2~3人の妊婦さんが待機していて、今後さらに増えると思います」と江卓鴻は期待を込めて語る。
ボランティアの真の意義
当時のことを思い出していた江卓鴻は、突然こんな言葉を発した。「以前、私はボランティアというものに抵抗があったんです。ボランティアの定義と存在の必要性がよくわからなかったんです」と。「相手が本当に必要としているものを提供するのか、それとも私たちが勝手に必要だと思い込んでいるだけなのか。彼らが本当に必要としているのは何なのか、きちんと考える必要があると思います」と問題を整理する。タンザニアに出発する前、彼は疑問を持った。「単にボランティアに行くという考えをどう抜け出せばいいのか。どうやれば、自分たちがやっていることが正しいと評価できるのか」と。大学3年生だった江卓鴻は、こうして常に自らを振り返った。
例えば、タンザニアで交通事故で担ぎ込まれた患者がいた。病院に来た時にはすでに意識はなく、スタッフはCPRを施し、看護師が酸素発生器を持ってきた。彼らは患者の命は救えると判断した。ところが、酸素発生器を電源に差し込む変換プラグが見つからず、ようやく電源につないだところで、今度は停電になってしまい、患者が亡くなるのを見ているほかなかったのである。「台湾だったら助かったはずです。台湾の病院では停電という状況はほぼ起きませんし、変換プラグが必要なこともありませんから」
タンザニアでは、こうしたリソースが不足していることから彼は考えた。彼らがBを必要としているのに、私たちが自分の考えでAを与えていることはないだろうかと。「でも、タンザニアでの経験を経てボランティアの価値を理解できました。私たちは、いつか現地の人々が自力更生でき、外部からの介入を必要としなくなることを願っています。ですから彼らとの協力モデルは、cooperateというよりも、collaborateであるべきなのです」という。
cooperateもcollaborateも辞書で引くと「協力」とあるが、cooperateは双方ともに利益を得る協力関係で、collaborateは一緒に新たな価値を生み出すという意味に近く、この協力関係は双方共同のビジョンの上に成り立つ。
「例えば、出産待機室を作ったことはサステナブルな計画だと言えます」と江卓鴻は説明する。「現地の人々の利益となり、現地の医療スタッフが持続的に運営することができますから」と言う。また、輔仁のチームが現地住民の健康診断をした時に、血圧が高めの人が多く、5~6歳の子供でも140~150に達していることが分かったが、その後の調査で飲食が影響している可能性があると考えられた。だが、健康診断で数字を出すだけでは大きな意義があるとは言えず、チームは衛生教育において食の指導に重点を置くこととした。また関連データを現地の医師に提供し、持続的に数値を追跡していけば、長期的に効果が表れる可能性もある。「SDGsの持続可能な発展の概念を組み合わせることで、私はようやくボランティアの定義が理解できました。実際には多くの意義が含まれているのです」と言う。