二つの言語の間を行き来しながら、李琴峰はまるで木の上を自在に飛び移る猿のように、目には見えない銀の糸につかまって行き来しながら人生を俯瞰しているかに見える。

大学では中国文学と日本文学の二つを主専攻、その後、日本で修士の学位を得た李琴峰は、その言語の才を作品で展開する。日本語で初めて書いた小説、2017年の『独り舞』は文壇で注目を集め、第60回群像新人文学賞優秀作を受賞した。

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偶然の中の必然

ジェンダーや政治的題材も、李琴峰の作品では月光のようにやさしく照らされる。2016年、日本の会社で働いていた彼女は通勤電車の中でふとさまざまな記憶があふれて抑えられなくなり、その結果『独り舞』が生まれた。以後は次々と書きたいものが湧いてきて、受賞作を生み出した。

日本に来たばかりの頃は日本語での創作など思いもしなかったと言う李琴峰だが、その文学的才能は国境を越えて花開いた。2013年来日、修士課程修了、そして就職という順調な人生が、一瞬に急旋回した。「台湾にいた時から書いていました」と言うから、エネルギーは長く蓄えられていたようだ。「書きたいことを書いているだけです」当時まだ会社員だった李琴峰は、退社後や休日を利用し、吐き出さずにはおれないというある種の使命感で日々机に向かった。日本語の処女作『独り舞』の完成には5カ月余りかかった。

「『独り舞』はとても台湾的で、かなり同性愛文学です」と、李琴峰は『独り舞』繁体字台湾版のあとがきに書く。綿密に条理を書けるのは日々の思考の結晶であり、赤面するような感情を婉曲な言葉で表せるのは、長年の研鑽の蓄積である。賞を狙って書いたりはしないと言う彼女は、全力で創作に取り組む。受賞も当然と言えよう。

2019年、李琴峰は台北国際ブックフェアで『独り舞』の座談会を開いた。（聯合文学出版社提供、林劭璜撮影）

思いやりで共鳴を

『独り舞』には自分の生い立ちが書かれており、書くのはつらかったと李琴峰は言う。この世界に自分の居場所がないという悲しみを一字一字に絞り出すさまは、まるで煮えたぎる湯の中に放り込んだ繭から、無情に糸をつむぎ出していくのに似ている。死に向き合う勇気と、世俗を超越したまなざしがあればこそ、一切を書ききることが可能になり、それを再生へと昇華させている。

「暗闇の中での独り舞い」は、青春時代からの自分に対するイメージだという。高校から大学まで心は苛まれ続け、幾度か生きる意欲を失った。だが時とともに自我を切り離し、愛という原点に戻ることを悟った。そして勇気を出してかさぶたを文字で切り開き、血を流すことにしたのだ。

来る夜も来る夜もつらい心の扉を開き、自らを苛むようにして、人に知られぬ慟哭を赤裸々に書き綴った。読む者はそれらの言葉に手繰り寄せられるように、人に受け入れてもらえず、逃げ場もない彼女の寂しさや悲しさを体験する。

だが望みのない悲しみの中でも、善なるものは失われていない。彼女が全霊を注いだ『独り舞』は、書くことで自らの心の枷を解き放っただけでなく、深い孤独の淵に沈んだ魂に、一筋の救いの光を伝えたいと願っているようだ。

集英社提供

思考モードの切り替え

「日本語で創作する時は、完全に日本語の思考モードです」日本の漫画やアニメに惹かれて15歳で日本語を独学で学び始め、やがて日本文学を読むようになった。「どの言語にも独特なところがあります」言語はコミュニケーションの道具というだけでなく、それ自体が深く探求する価値のある宝典だ。日本語の言葉遣いや語順、改行方法など、すべてが幼い頃から使ってきた中国語とはまったく異なる。完璧な日本語のロジックで人の心を動かすものを生み出す。それは非母語創作者にとって大きな挑戦だった。

2017年に第60回群像新人文学賞優秀作を受賞した処女作『独り舞』は、台湾の聯合文学出版社の依頼を受け、李琴峰が自らの素養を生かして中国語訳を出版した。続いて芥川賞候補となった『五つ数えれば三日月が』も中国語版が出ており、次に受賞した『彼岸花が咲く島』も台湾での刊行が期待できる。

「自分が書いた本を翻訳するのですから、もちろん著者の本来の意図を最も理解できます」翻訳と著作の両方をこなす李琴峰は、二つの言語の間を嬉しそうに行き来する。「やはり私は台湾で言語教育を受け、中文も専攻した人間なのです」第二言語を習ったからと言って母語がおろそかになることはなかった。むしろ言葉の転換を経ることで、母語の奥深さをより知った。「比べると、やはり中国語に翻訳するほうが楽です」

「最も早くに接した東西の名著は児童向けのものでした」辺鄙な農村に生まれ、親は「万般皆下品、唯有読書高（読書以外は全て卑しい）」という古訓を守って子供の教育を重視、資源の乏しい田舎で子供のために大量の図書を準備した。受験勉強に追われた中学時代、読書は李琴峰の唯一のはけ口だった。

「純文学に接したのは高校生になってからです」張愛玲、白先勇、簡媜などの作品を読み、李琴峰はスポンジのように吸収した。「大量の読書が上達には欠かせません」「簡媜の『水問』にはかなり啓発されました」綿密な思考の流れにふれたことで、物事を問い詰め、分析することを知った。『独り舞』の文体は邱妙津の影響を受けていると李琴峰は認める。「『独り舞』を書いている間にちょうど邱妙津の『鰐魚手記』を再読完了したのです」また、頼香吟の『其後』を読んで「癒し」の真の意義を知ったことも、『独り舞』の誕生につながった。女性同士の恋愛を描いた中山可穂の一連の作品も、異なる視点から同性愛文学創作の奥深さを見つめ直させた。

「小説の舞台のアメリカ、中国、シドニーなどは、いずれも私が実際に行った場所です」旅での体験や観察を著作の養分とし、たとえ架空の物語でもフィールドワークさながらに確かな情報を求める。『彼岸花が咲く島』の多言語性は日本の文壇が重視する革新性を持つ。これも李琴峰の言語の才と研鑽によるものだ。「私は音韻学にとても興味があります」知識の蓄積が革新性を生んでくれたことに彼女は感謝している。

「中文と日文のダブルメジャーでしたが、社会学にも興味があります」知識の殿堂である台湾大学に入り、ジェンダーやフェミニズム、社会学を深く探求するきっかけを与えられ、それらが後の創作や翻訳の滋養ともなった。

講談社提供

歴史の中での省察

聡明な李琴峰は、細やかな心で明晰に人々を観察し、緻密に表現する。『独り舞』『五つ数えれば三日月が』『ポラリスが降り注ぐ夜』『星月夜』『彼岸花が咲く島』と、それぞれ作風は異なるが、いずれも鋭い洞察力が感じられ、世間に受け入れてもらえない苦しみが伝わる。

「実は、それぞれの主題意識には共通点があります」一貫して描くのは「国家や文化、歴史に対する思索、更には現代社会や政治に対する危機感や、カテゴライズされる苦しみなど」だと言う。

黒と赤の中国服を着て芥川賞贈呈式に立った李琴峰は、厳粛な面持ちで感動的なスピーチをした。少女時代から「世界のひび割れに気づいていました。不条理の壁、日の当たらない片隅に」という。「個人を絶望の淵に突き落とし、死の闇へ葬ったとしても、世界というのはただけろりとしながら何もなかったように回り続ける」そして人々が送る平凡な日常を、弱者はひたすら追い求め続ける。たとえ自分を騙して表面を装っても、内なる絶望や恐怖からは逃れられない。そうした痛みを経験したからこそ作品は人の心を打つ。

あらゆるものは結びつき、終わりを迎える。それは誰にも避けられない。李琴峰は、混じり気のない誠実さで、公平な暮らしや人々との和解を求める。やがていつか受け入れられ、祝福されながら、周波数を同じくする人とともに人生のテーマ曲を奏でることを期待して。

「賞は過去の自分に捧げるとして、読者には作品を捧げます」賞賛にも非難にも平然と向き合い、またいつか天の意による巡り合わせで、生かされる奇跡が再び起こるのを、彼女は悔いのない静かな心で待っている。

聯合文学出版社提供

李琴峰は台湾大学で中国文学と日本文学を専攻し、後に日本で修士号を取った。行間から清らかで雅な言語表現の才能がうかがえる。（李琴峰提供、大坪尚人撮影）

日本語の作品『ポラリスが降り注ぐ夜』。（筑摩書房提供）

2017年、李琴峰は初の日本語の小説『独り舞』を発表、第60回群像新人文学賞の優秀作に選ばれ、同書を自ら翻訳して台湾でも出版した。（聯合文学出版社提供）