
世界貿易機関(WTO)から自由貿易協定(FTA)、さらに最近話題の環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)まで、貿易自由化の波は一つまたひとつとアジア諸国にとって最も敏感な農業を襲う。台湾人の主食であり、農業の顔でもある米は、どのように調整し、対応していけばいいのだろう。
2002年に我が国がWTOに加盟した時、政府は、それまで国産米を買い上げて安く輸出していた制度を取りやめることを約束した。これ以降、国民の主食である米は、食糧安全保障の考慮もあり、輸出向けの農産物ではなくなった。
だが2008年、世界的な食糧不足の中で、台湾の米は大量の外貨を稼ぎ出した。輸出量は3万3000トンを超え、将来の米輸出への期待がふくらんだ。昨年の輸出量はWTO加盟以来2番目に多い1800トンだった。
質の高い台湾米の輸出が好調なのは、農家と米卸会社による契約生産、それに政府指導の稲作専業区の努力による。
初春、北部を寒気が襲っている頃、南部の嘉南平野には陽光が降り注ぎ、農家は一期の稲作の準備を始めていた。
彰化県埤頭では「中興米」ブランドで国内市場の4割を占める聯米企業が、昨年日本から360トンという全国過去最多の単一注文を受けた。日本側は今年も引き続き500トンを輸入すると約束しており、現場では忙しい日々が続いている。
嘉義の大林では、米圃企業が昨年からオーストラリアへ、隔月でコンテナ1基分(25トン)の輸出を開始し、ブリスベンやシドニーのスーパーで販売されている。
米の国際市場では台湾米の輸出価格は高い。タイ米より7割高く、ベトナム米の2倍なので、価格ではなく品質で勝負しなければならない。政府財政部の資料によると、台湾米は香港、オーストラリア、シンガポールへの輸出が増えており、日本からの注文も安定し、米の質が評価されていることがうかがえる。

パッケージングを通して米の利用価値を高める。写真は米圃企業の林璐CEOと社員たち、手にしているのは小さいパックのギフトセットだ。
日本では311の大津波と原発事故で稲作地帯が大きな被害を受けて米不足となり、輸入先として最初に浮かんだのは台湾だったという。そこで日本第二の米穀商社、木徳神糧の平山惇社長は、台湾の穀倉地帯を訪ね歩いた。
11月末、平山社長は聯米企業を訪れた。聯米の荘麗珠董事長と劉徳隆総経理夫妻は、5つの炊飯器に白米を用意し、品種名を告げずに試食してもらった。
数分後、平山が一つの茶碗を選ぶと、荘麗珠は、それは台湾の水田の半分以上で栽培されている台南11号だと告げた。平山に随行していた日本人技師が食味値(各成分の含有量からおいしさを評価した数値)を調べると、80点と日本米とほぼ同様の数値だった(台湾で一般に販売されている米は60~70点)。
平山は、この米の生産と精米の状況を詳しく訊ねた後、埤頭郷の農家が栽培する台南11号を指定してその場で108トンを注文した。翌日、台湾メディアはこれを大々的に報じた。
この108トンの後、さらに追加で252トンの注文が入り、合計360トンに達した。2004年に日本への米輸出が再開して以来、最大の単一注文量である。
昨年、日本における台湾からの米の輸入割当は400トンで、聯米の受注でほぼ占められた。
荘麗珠は、台湾米が日本人に評価されたのは意外ではないと言う。「10年前、世界の米はおいしい順に、日本米、カリフォルニア米、台湾米、韓国米とされました。現在も日本米がトップなのは変りませんが、台湾の一部の品種は日本米にも勝っています」と言う。
台湾の農家の稲作技術の向上はWTO加盟のおかげだと荘麗珠は言う。
WTO加盟に対応するため、当時聯米企業は台湾米の質を向上させなければならないと考えた。そこで1キロ250台湾ドルの日本米を、取引のある農家に試食してもらった。その時、農家の人々は初めて台湾米よりおいしい米があることを知り、言葉が出なかったという。
そこで、総経理の劉徳隆はその20余名の農家と生産販売班を結成し「日本米に負けない米を作る」という目標を立てた。
この20余名の「シード農家」は聯米の第一歩に過ぎなかった。後に農糧署の指導を受け、稲作専業区を設けた。
農糧署は2005年から、全国に稲作専業区を設け、政府が管理し、米卸会社による農家と育苗・加工業者との整合を指導して、一つながりの産業チェーンを生み出してきた。それまでばらばらだった小規模の稲田を、やや規模を備えた生産集落へと変え、マーケット志向の概念を取り入れ、品種や肥料、農薬検査などを規格化した。言い換えれば、米卸会社が買いたいと思う米を農家が作るというシステムである。
聯米企業は2年にわたって農政部門の指導を受けた後、自主管理で独自の発展を目指し始めた。昨年末に聯米が日本から360トンの注文を受けたことは、政府も誇らしく受け止めており、馬英九総統も自ら聯米を訪ねて祝辞を述べた。
農糧署によると2005~2011年の間に、同署の稲作専業区に参加する農家は2000人から5000人に、面積は5000ヘクタールから1万4000ヘクタールに拡大した。専業区の1ヘクタール当りの収益は、それ以外のエリアより2.6万元多い。

「中興米」で知られる聯米企業は昨年日本に360トンを輸出し、過去最大の受注量を記録した。写真は同社の梱包ライン。
各地の農村に次々と「耕作請負センター」が生まれ、契約関係の下で、米卸企業が農家を管理し、農家が農作業請負者を管理するという形態がよく見られるようになった。
43歳の呉国銘は「小地主・大小作」プランに参加した。10ヘクタールの農地を借りて聯米の契約生産に参加し、台粳9号と台南11号とコシヒカリを生産している。
「稲作は毎日同じことの繰り返しです」と呉国銘は言う。彼の毎日の仕事は、田んぼを見回って水をコントロールすることだ。田植えと施肥、農薬散布と収穫の時期になると電話をかけて請負耕作に来てもらう。
「耕運機は1台200~400万、コンバインは300万もするので、自分で購入したのではコストパフォーマンスが低すぎます」それに比べると、10アールを耕作請負にすれば工賃と電気代は1万元だが、収穫による利益は2万元になる。
73歳の謝長は契約生産班の班長で、十年以上にわたって聯米と契約してきた。農地は70アールで、自分は施肥と水の管理だけすればよいと言う。
「今は分業化が進み、施肥は施肥の専門家、コンバインの操作も専門家に任せています」と呉国銘は言う。
施肥や農薬散布の量と範囲は農家自身の経験とノウハウだ。
謝長と呉国銘の二人は専業農家だが、稲作専業区には多くの熱心な兼業農家もいる。
55歳の劉文明は、民雄農工高校の主任、48歳の翁鎮聖は南亜プラスチックの課長だが、退勤後や週末になると、革靴を長靴にはき替えて田んぼに出る。米圃企業との契約で台粳9号を栽培している。
「朝6時、出勤前に田んぼを一巡りし、水が足りなければ夕食後に灌漑します。夜中の2~3時まで作業を続けることもあります」と話すのは翁鎮聖。彼は興味があって嘉義大学農芸研究所の修士課程に学び、さらに1.8ヘクタールの有機農場も運営している。
「台湾の農耕技術は優れていて10アールで1200キロも収穫できます。ただ、農家ごとの面積が狭すぎ、1~2ヘクタールでは月の収入が2万元にもなりません」と劉文明は言う。
翁鎮聖も、競争力を持つためには10ヘクタールは必要だと考える。
国際競争力について翁鎮聖は、稲作専業区の厳格なルールによって品質は確保されているが、台湾米はコストが高いため、輸出には不利だと考える。
価格の高さを変えられないのなら、ファッションブランドのように、価格に見合った価値や意義を持たせて消費者を引きつけることはできないか。

稲作専業区ではマーケット志向の生産が進んでいる。米卸企業が求める米を契約農家が生産する。
「私が考えているのは、いかに価値を高めて利用してもらうか、です。そのためにはパッケージングが重要です」と話すのは1971年生まれの米圃企業CEO、林璐だ。
米圃企業は嘉義県唯一の稲作専業区で、60人近い農家と契約して160ヘクタールで台粳9号を栽培している。農家は生産を担当し、販売は米圃が行なう。
林璐は、パッケージングの前提は当然おいしい米であることであり、パッケージングに必要なのは、ストーリーと雰囲気だと言う。
彼女は自ら商品のデザインを手がけている。例えば、台粳9号米の真空パックの袋を台湾島の形にし、表には北回帰線の通る嘉義が描かれていて、米の産地の物語を連想させる。
また、農家の人の肖像画をパッケージに入れて、生産者の物語を伝える。
彼女にとって台湾米は食品であると同時に商品であり、ギフトやアートでもある。例えば、白米がびっしりと貼りついたハイヒールの写真を台湾米の写真集に入れ、人々の食欲をかきたてる。また、彼女は業界で初めてファッション誌「Brand」に米の広告を載せた。
米圃企業は昨年オーストラリアへの輸出を開始した。現在は隔月でコンテナ1基(25トン)を10キロ、5キロ、2キロの袋詰めで輸出しており、その包装のまま現地で販売される。輸出は順調だが、林璐は、台湾米は価格が高いので海外での販売は容易ではないと言う。
財政部の統計によると、オーストラリアは昨年台湾から336トンの米を輸入している。台湾米を最も多く輸入している香港(542トン)に次いで多く、三番目に多いのはマレーシアの253トンだ。台湾からの年間の米の輸出量は1885トンで、1億台湾ドルの外貨を稼いでいる。
華人のいるところでは必ず米が消費されるが、輸出先を華人市場に限る必要はない。台湾の米卸企業は、海外の消費者に台湾の農家がつくるおいしい米を食べてもらうために、世界中を飛び回っている。

米はギフトにもなる。右は聯米企業の荘麗珠董事長と同社の米のギフトセット。