一国二制度の崩壊、普通選挙を求める香港市民
1997年7月1日、150余年にわたって続いてきたイギリスによる植民地統治が終わり、香港は中国に返還された。これと同時に「香港特別行政区基本法」によって中国大陸当局は香港における「一国二制度」の実施を約束し、これは50年間変わらないとした。
この約束に対し、香港市民は本当に「香港人による香港統治」が実現するのか、行政長官の選挙において本当に中国大陸当局のコントロールから独立して香港住民一人一票の普通選挙が行えるのかに注目してきた。言い換えれば、一国二制度が民主主義の精神を備えたものであるか否かは、行政長官の普通選挙の実現にかかっているとされてきたのである。
「香港特別行政区基本法」の第45条には、香港行政長官の選出方法は香港の実際の状況にしたがい、順を追って徐々に行なうという原則に基づくと規定されている。
2007年、中国大陸の全国人民代表大会(全人代)常務委員会は、第5回香港特別行政区行政長官は2017年に普通選挙で選出するとの決議を採択し、香港市民はついに民主化が始まると大いに期待していた。
ところが今年8月31日、全人代常務委員会は、2017年の香港行政長官選挙に制限を設ける決議を行なった。その結果、香港ではこれは偽の普通選挙だという声が上がり、香港市民の不満が爆発した。これにより、民主化を求めるセントラル占拠の予定は前倒しされ、学生運動と合流することとなったのである。
問題となったのは、行政長官選挙に出馬するには指名委員会の過半数の支持が必要という条件が加えられ、その指名委員会の多数が親中派で占められていることである。しかも市民や政党が候補者を立てることは認められない。このような制度では、民主派や反中派から候補者を立てることは永遠に不可能であり、一人一票の普通選挙も有名無実と化してしまう。
英国のエコノミスト誌は、投票によって選出される行政長官は、すべて中国共産党の意向に沿った人となると指摘し、これを「中国の特色ある普通選挙」と揶揄した。
一夜にして、中国大陸当局が約束した香港の一国二制度の崩壊が世界中のマスメディアから大きな批判を浴びることとなった。
例えばエコノミスト誌は、2017年の香港行政長官普通選挙は「1国1.5制度」のようなもので、香港の民主化と政治の自主的空間を縮小するものだと批判した。
米ワシントン・ポスト紙元香港支社主任のキース・リッチバーグは、中国大陸当局の眼中にあるのは「一国」だけで、最初から「二制度」などなかったのであり、一国二制度は虚構に過ぎないと批判した。
世界中の有力メディアは、一国二制度の崩壊を批判すると同時に、台湾に対しても、一国二制度は中国大陸当局の口先だけの約束に過ぎないと注意を喚起した。
こうしたメディアからの忠告を受け、馬英九総統は香港でセントラル占拠のデモが始まったころ、カタールのテレビ局、アルジャジーラのインタビューを受け、中国大陸側が打ち出す一国二制度は我が国が受け入れられるものではないと明確に表明した。
馬総統:台湾に一国二制度の市場はなく、受け入れられるのは「一中各表」のみ
馬英九総統は次のように説明する。1980年代の初期に中国共産党が「一国二制度」という構想を打ち出した当初、目標として想定していたのは香港ではなく、台湾だった。だが、台湾は後に一国二制度は受け入れられないと明確に表明した。良い制度であるなら「一国一制度」であるべきだからである。
馬英九総統は、台湾においては一国二制度の市場は極めて小さなものでしかなく、また台湾と香港は根本的に異なると述べた。中華民国は主権国家であり、自分たちの総統や国会議員を自分たちで選出し、自国のことは自国で管理しているからである。
馬総統はさらにこう述べた。一国二制度は台湾が受け入れられるものではないが、「一中各表(双方とも『一つの中国』を堅持するが、その意味の解釈はそれぞれ異なることを認める)」は受け入れており、これは1992年に台湾と中国大陸との間でもコンセンサスが得られている。馬総統によると、最近の台湾の世論調査では、「一中各表」の「中」は中華民国であるという考えを5割以上の人が支持している。
香港市民が真の普通選挙を求めるデモをしていることについて、馬総統は次のように述べた。香港の人々は台湾が世界の華人社会の中で最も民主主義を実践していることを知っているので、香港市民が普通選挙を希望する気持ちを台湾の人々は完全に理解している。将来的に、普通選挙が行なえれば、それは香港と中国大陸の双方にとって有益なことである、と。
「香港が民主化へと歩むことはウィン・ウィンの結果をもたらすはずであり、それは両者だけでなく、さらに多方面に有益な選択とも言える」と馬総統は語った。
20万人以上の香港市民が普通選挙の実施を求めてデモを行っているが、馬総統はこのような状況の進展は、香港の将来に影響をおよぼすだけでなく、中国大陸に対する世界の印象にも影響することを心配している。
香港は世界における重要な金融センターであり、政治的な混乱は香港経済に影響をおよぼすだけではない。「大陸当局と香港が、話し合いを通して双方が受け入れられる方策を打ち出すことを希望している。これは香港にとって重要なことであり、また同時に台湾の人々もこれを見ているからである」と馬総統は呼びかけた。