電子書籍発展の軌跡
1980年代中頃、東京ブックフェアでは日本が開発した電子書籍リーダーが発表されたが、当時は出版社の意欲が低く、間もなく姿を消した。
1990年代初期、マイクロソフトとインテルがマルチメディアコンピュータを打ち出し、電子書籍の想像空間が広がった。英米の出版社はこれに積極的に取り組み、多くのマルチメディアCDが開発された。
台湾では、物故したインベンテック社元副董事長の温世仁が1998年に「デジタル書城」の構想を打ち出した。1億元を投じて「明日工作室」を設立し、コンテンツ制作のために作家を招聘し、数千万を投じて版権を購入し、マルチメディアCDを作製した。だが、当時は人々の読書習慣は変らず、ビジネスモデルの確立も難しく、明日工作室は1999年にインベンテックに合併された。
だが、温世仁は諦めず、さらに10億を投じてコンテンツをPDAや携帯電話でダウンロードできるようにしたが、膨大な投資に対して月々の売上は20万元に過ぎなかった。
では、マルチメディアCDを用いた電子書籍は失敗に終わったのだろうか。
ベテラン編集者の詹;宏志は「温世仁と電子書籍」という文章でこう分析している。「マルチメディアCDには選択の方向と表現の特色とコミュニケーションルートがあり、ネットによってその布陣は乱れたが、出版シーンの中で完全に消えたわけではない。現在の語学学習書や雑誌の多くにはマルチメディアCDがついている」
電子書籍の次の一章
電子書籍端末の雛型やマルチメディアCDの時代から、ネットの無料コンテンツ、集団の知恵とインタラクティブ性が強調されるモデルへと発展し、今日はキンドルやソニー・リーダー、iPadが大ヒットし、大きな転換点が訪れた。
キンドルの成功の要因は、アマゾンの膨大なデータベースにある。発売当初から9万冊(今は40万冊)がダウンロードでき、ハードとソフトとコンテンツを統合することで10数年停滞していた電子書籍に新たな時代を開いた。
それから3年の間に電子書籍は世界に広がった。台湾の拓墣;産業研究所は、今年の電子書籍端末の世界の売上予測を595万台から910万台へ上方修正した。そのうち台湾は約10万台で、現在はBenQ、遠流、デルタ、Netronixなど10数種の端末が売られている。
アマゾンのモデルに倣い、台湾の電子機器メーカーBenQは2009年の末にeBookTaiwanを打ち出したが、アマゾンのような蓄積がない中でどうやってコンテンツを掌握するのか。
デジタル化は手段にすぎず、読書こそ目的だとBenQの王文燦副董事長は言う。サービスモデルとしては、川上から川下までの完備したバリューチェーンが魅力になると語る。端末(6インチで8990台湾ドル)の開発、日本と共同のソフト開発、そして版権交渉やプラットホーム構築まで、準備作業に9ヶ月をかけてきた。
アメリカで電子書籍端末が注目され、多くの企業が参入しているが、サービスモデルをどう確立するかが課題だと王文燦は言い、川上のコンテンツと川下のプラットホームがなければ整った経営モデルにはならないと指摘する。今の台湾市場は、ハードはあってもプラットホームがないという状況で、これはBenQのやり方が正しいことを示していると言う。
技術先行のプラットホーム
eBookTaiwanのコンテンツを見ると、中文書籍5000冊(ネット小説、ロマンス、武侠やSF、古典文学など)と中文雑誌20種、日本の漫画300冊、英文古典1000冊以上で合計は万を超える。著作権のない古典小説が半分を占め、それ以外は城邦、希代、聯経などの作品が中心だ。
王文燦は、今年は台湾の電子書籍元年だが、コンテンツの充実にはまだ時間がかかると言う。翻訳書も中文書も、多くの出版社は著者から電子書籍の版権を得ておらず、版権を得ても、紙の本のファイルを電子書籍に変換するには3000〜6000元がかかり、中小出版社には少なからぬ負担になる。
プラットホームの構築に力を注いでいるのはデジタル機器メーカーだけではない。通信最大手の中華電信も国内の27の出版社と手を組み、Hamiネット書城を構築している。
中華電信のスマートフォンユーザーを対象にしたもので、Hamiにアクセスしてダウンロードすると、携帯電話料金と一緒に書籍代が請求される。
中華電信モバイル通信バイスプレジデントの陳長栄によると、中華電信は2005年から携帯小説を提供し始めたが、一般の携帯電話のスクリーンは小さすぎ(1画面70字)、タッチパネル機能もなかったため、普及しなかった。スマートフォンは画面サイズを調整でき(1画面200字)、ページもめくりやすく、音や映像と合わせることもできる。
わざわざ電子書籍端末を持って出かけるより、同じ機能を持つスマートフォンで読む人が増えるはずだと陳長栄は考える。スマートフォンユーザーは世界で数千万人、台湾でも60数万人に上り、今後も大きく成長すると見ている。
Hamiは書籍400冊と雑誌24種を提供しており、価格は従来の5〜7割だ。定価99元の商業周刊も50元で読める。
電子書籍と従来の書籍
巨大資本を持つデジタル機器メーカーや電信業者の参入で、出版業界の危機感は高まる。
従来の紙の本は印刷費がかかるため、出版社は「利益が出る本」しか出版できなかった。猫頭鷹出版社の陳頴青社長によると、台湾には千に上る中小出版社があり、それぞれに選書や企画(テーマ設定、著者選択、修正、レイアウト)に能力を発揮して内容のある美しい本を作り、販売戦略を立てて、ふさわしいルートで販売してきた。
現在の電子化の波においてはデジタル機器メーカーや通信業者が大挙して参入しており、コンテンツを握る出版社は、その優位性を失いつつある。
カギは、誰が良いコンテンツを手にできるかで、これは利益をどう分配するかに関わってくると陳頴青は説明する。従来、出版社と書店は利益を折半し、出版社はそこから著者へ印税(10〜15%)を支払ってきた。しかし、アマゾンはそのルートの優位性から3対7とし、7割をコンテンツ提供者(出版社または著者本人)に払っている。さらに、ここ2年は出版社を飛び越えて直接著者と取引できるようにしてきた。出版社というハードルがなくなり、アメリカでは新刊書の数が年間14万点から2倍に増えた。中華電信のHamiは、さらに大きな差をつけて、出版社には手を出せない1対3で分けている。
紙の本の時代に作家がこれほど大きな割合で印税を得ることはなかったため、今後は電子書籍プラットホームと直接取引する作家が出てくるかもしれないと陳頴青は言う。電子書籍プラットホームの編集・製作・配本などのコストは紙の本のそれに比べると遥かに安く、しかも「店はすでにオープン」していて商品の入荷を待っている状態なのだから、来る者は拒まない可能性もある。
危機感を募らせる出版社に対し、中華電信の陳長栄は、電子書籍の産業チェーンは、出版社の利益とビジョンを守らなければならないと言う。Hamiのために良い本を選んでくれる出版社は必要で、出版社の役割が奪われると心配する必要はないと言う。現在のところ、中華電信は著者と直接交渉することは考えていない。
出版社は危機感を募らせるが、現在の台湾の電子書籍市場は、端末はあり、プラットホームもあるが、コンテンツがないというのが現状である。
電子書籍と紙の本の出版業は水と魚の関係にも似ており、二つに分けることはできない。科学技術と文化がどう融合し、より便利で深みのある読書形態を生み出していくか。これは二つの産業の存亡に関わるだけでなく、人類の知恵の表現とも関わってくるのである。