彼と台湾の関わりは30年以上前、19歳の頃にさかのぼる。大学1年生だった彼は教会の派遣で台湾に来た。2年間左営や花蓮の地を自転車でつぶさに回るうち、いつのまにか「台湾に魅せられていた」という。
アメリカの田舎で育った彼は飛行機に乗るのも初めてで、地球の裏側に、こんなにも温かく勤勉で、家庭を大切にする人々の住む国があろうとは思わなかったという。それはまさに自分の信仰に近い価値観だった。当時は家内工業が盛んで「居間が工場」といった風景が印象に深く刻まれた。
帰国後は大学で華語を学び直した。1977年、まだ学生の時に友人と共同でICON社の前身であるWeslco社を創立したが、その後も台湾との連絡が途絶えたことはなかった。なんとかして再び台湾へ行こうといつも考えていた。初めは花蓮の大理石を輸入し、加工して暖炉に用いた。後にスポーツ器具を扱うようになり、台湾にOEMを依頼した。この10年ほどで製造の中心は中国大陸に移ったが、それでもランニングマシンのベルトや、コンピュータなどの部品は台湾で生産する。この30年間に台湾を訪れた回数も20〜30回に及ぶ。
特許の数々
ICONは世界最大のフィットネス機器メーカー兼ディーラーだ。ノルディック・トラック、プロフォーム、ヘルスライダーなどのフィットネス器具を扱い、オリンピック選手やフィットネスジムが使用するフリー・モーションといったジム器具も手がける。売上は年10億米ドルを超え、世界シェアは5割近く、181件の特許と500件以上の商標を取得している。2000年に発売したIFIT技術システムは、アメリカでヒット商品となった。
IFIT技術とは、フィットネス設備をオンライン接続したものだ。例えば使用者がモニター上でICON社の好きなインストラクターを選ぶと、使用者の年齢や体重、目的などにあわせたコースをインストラクターが組んでくれる。或いは、ランニングしながら砂浜や森林といった異なる風景をモニターで楽しめ、しかも下りや上り道などのシーンに合わせて速度も変化する。
ICONの成功は研究開発への努力だけでなく、神の祝福を得ているからだとワターソンさんは考える。自分の取得した特許も多くが神の啓示による。例えばある日、奥さんからランニングマシンは大きくて家の中で邪魔になるし、美観を損ねると言われたことがあった。するとワターソンさんは祈りの際にふと「折り畳めるようにし、折り畳んだ後、家具のように見える器具ならいいのでは」という考えが浮かんだという。
管理職を雇う際にも、必ず神のご指示を仰ぐ。アメリカでは3〜5年で転職というのが普通だが、彼の会社の幹部はすべて20年以上ともに働いてきた戦友たちで、強い団結力を誇る。
モルモン教徒が経営者である企業は多い。コダックやマリオットホテル、IT企業のノベルなど、国際的成功のもう一つの要因は、忠誠心、勤勉、誠実、家族愛といったモルモンの精神にあるとワターソンさんは考える。「家庭は事業のかなめであり、家族全員が助け合うことで力は倍増します」
神の思し召し
いくら事業が成功していても、海外宣教の任務を受ければ、3年間仕事を投げ出すことになる。急激に変化する市場を前に、任務を躊躇することはないのだろうか。
「人からの招きなら承諾しないでしょうが、それが指導者の口を経た神の思し召しである以上、栄誉として従います」とワターソンさんは言う。モルモン教本部は3年前、各地教会発展の指導者として100名余りのミッション・プレジデントを世界中に派遣した。ICONでワターソンさんのパートナーであるゲリー・スティーブンソンさんも、同じ時期に日本へ派遣され、やはりその間、仕事を休止しての奉仕となった。
ワターソンさんの業務は弟に任せたので安心だったが、唯一の難点は、家族が離れて暮らすことだった。妻と幼い二人の子供はともに海を渡ったが、年長の三人の子供は残ったし、健康の優れない90歳の父のことも気になる。最近初孫が生まれ、次男も大学を卒業したが、ワターソンさんは任務のため帰国できなかった。
夫婦仲の良さについて、彼は「1+1=1であることが夫婦円満の秘訣です」と言う。モルモン教の一夫多妻制については「旧約聖書の頃に遡るこの制度を教会はすでに1890年に廃止しました。モルモン教徒と自称して今でも一夫多妻を続ける人々は私たちとは関係なく、アメリカ以外の国ではまだ誤解している人がいるのかもしれません」と説明する。
ワターソンさんの台湾での主な仕事は、中部(北は新竹県の竹北から南は埔里、虎尾まで)の150名の若い宣教師を指導し、4000名以上に及ぶ信徒と面談して彼らの信仰を固めることだ。若い宣教師の家族がアメリカで病や事故に見舞われた場合も、手助けしたり精神的負担の軽減に努める。また、同教に関心を示す人々にも会い、入信を励ます。「いわば24時間待機です」と言う。一方、妻のミシェルさんの仕事は宣教師の健康管理だ。交通量の多い道路を自転車で行く若者たちの安全が一番気にかかるという。
水を得た魚
台中のお宅はアメリカ式の豪華な内装で、その中に中華風の骨董家具や水墨画が点在し、中華文化への思い入れが伺える。
暇な時には「孫子兵法」や故事成語、二十四孝などの物語を読む。漢字にも造詣が深く「ほら、『忠』という字は心を真ん中に置くことです。おもしろいですね」と語る。なぜ中華文化に惹かれるのかという問いにはこう答えた。「台湾人が好きだから、その文化にも惹かれるのです」