親密だが難しい関係
作家の廖鴻基は遠洋に出た経験から『漂島』を著した。船は一つの王国で、船長は国王であり、そのスタイルで船の態度が決まると述べている。
だが、オブザーバーはその王国の臣民ではない。彼らは漁業署の手配で乗船し、政府の公権力を執行するのだが、船長が承服するとは限らない。
船上は週休二日制ではないので自分も休めない、と60歳近い蔡明山は言う。ケープタウンに出発する前、彼と36歳の同僚の張晋瑋が船上生活について語ってくれた。
規則ではオブザーバーは毎日12時間、週に1日は16時間観察しなければならない。オブザーバーの乗船は漁業署と船のオーナーの取り決めなので、船長には口を挟む権限はない。
彼らは船上で独立して作業をする。観察、記録した結果をコンピュータに入力し、船上の衛星通信システムを使って送信する。船長の指揮下にないため、船長の「主権」に挑戦する立場と見られがちだ。
それを我慢できる船長ばかりではない。オブザーバーの存在を完全に無視する船長は良い方で、気性の荒い船長だった場合は大変だ。
口汚く罵られることもある。表向きは他の船員を罵っているようで、実は目障りなオブザーバーを罵っているのだと蔡明山は言う。自分たちを監視しに来たと思う船長もいる。
表立って嫌がらせをすることはないが、寝る場所が与えられず、機械室で寝なければならないこともあると張晋瑋は言う。船の衛星通信設備の使用や魚の計測を邪魔されることもあるが、我慢する他ない。
漁業署の説明では、オブザーバーの任務執行を邪魔すれば、困るのは船会社である。昨年、あるオブザーバーが船長に幾度も邪魔されたと申し立て、それが事実と判明した後、漁業署は罰としてその船を2ヶ月港に留め置くこととし、その間、船は漁に出られなかった。
一般にオブザーバーは船員や船長のプレッシャーを理解しており、船上でトラブルが発生しても、船長の処理に任せる。
海上のフィールドワーク
蔡明山は今回、大西洋のマグロ延縄漁船に乗り、米国の国立海洋大気圏局と共同の計画を執行する。延縄針の形状を現在のJ字形から円形に変えた時、海亀の混獲率が下がり、ターゲット魚種の捕獲率が高まるかどうかを観察するのである。
漁業署署長の沙志一によると、我が国の400隻のマグロ延縄漁船は膨大な科学データの蓄積に協力しており、混獲研究で世界をリードしているという。
今回の米国との研究は9ヶ月の実験の後、ICCAT(大西洋まぐろ類保存国際委員会)で発表される。オブザーバーは科学研究にも重要な役割を果たしているのである。
オブザーバーは、防水の記録表、巻尺、ノートPC、カメラの他、魚の頭に穴を開けるドリルも持っていく。魚の「耳石」から年齢や生活史が分かるからだ。また、生殖腺や筋肉、背びれ、尾椎骨、胃の内容物などのサンプルも採集して科学分析に提供する。
4週間にわたるオブザーバーの訓練の中でも、サンプル採集や計測などの実技が多い。大卒の蔡明山でも、訓練は厳しく、どの講義も試験があるので、夜も勉強したと言う。
船に乗る意味
誰もが広大な海に憧れるが、そこは陸と隔てられた危険に満ちた場所であり、廖鴻基は『漂島』に「海は預言者が必ず通る荒野」と書いている。
彼らはなぜ家族のいる陸を離れ、漁船に乗るのだろう。
「大きな理由はお金のためです」と蔡明山は正直に言う。
漁業署との契約では、海に出ている間のオブザーバーの月給は6万元余り、陸上の期間は4万元ほどだ。非常に高い待遇というわけではないが、安定した頼りになる収入である。
だが、経済的誘因だけで長続きするものではない。オブザーバーになって5年の張晋瑋は、数年の間に10人のうち7人は辞めたと言う。
興味があるかどうかこそ、この仕事が続く要因だと蔡明山は言う。彼は48歳でオブザーバーになる前からディスカバリー・チャンネルのファンで、海に出ることが夢だったのだ。
今年初めにインド洋の漁場から戻ってきた蔡建宏は、ブログに船上の日誌を整理し、16日目にこう書いている。「夜が開けた。遠洋のマグロ延縄漁の作業には夜も昼もなく、一日24時間では足りないのだ」。蔡建宏は連続26時間働き、5時間休んだ後、再び作業を見守った。
「私は辛く危険な作業環境に甘んじている。これは私がやりたかったことだからで、だからこの仕事が好きなのだ」と語る蔡建宏は大学の数学科出身で、数年前に漁師になるという夢を実現した後、科学オブザーバーになった。
だが、この仕事が好きなだけではまだ不十分だ。体質もオブザーバーが続けられるかどうかの大きな要素である。誰もが海の暮らしに向いているわけではない。
「『船酔い』は大きな障害です。1~2年働いても、どうしても船酔いが克服できず、辞めていく人もいますし、初めての航海で酷い船酔いに苦しみ、運搬船に迎えに来てもらう人もいるのです」と漁業署研究員の楊先耀は言う。
オブザーバーが不足しているので、漁業署は毎年不定期に人員を募集しており、今年はすでに23人の新人が採用されている。そのうち4人は修士の学歴を持ち、1人は52歳のベテラン船員で、現在オブザーバーの合計人数は約70人である。
三大洋の国際的マグロ保存機関は、主要ターゲット魚種を獲る漁船に乗るオブザーバーの最低人数を定めている。例えばWCPFC(中西部太平洋まぐろ類委員会)では、オブザーバーのカバー率を5%としており、大型漁船100隻に少なくとも5人のオブザーバーが乗ることを求めている。
楊先耀によると、我が国では人手は不足しているが、大西洋のメバチマグロとビンナガマグロ漁船を優先させ、そのカバー率はそれぞれ10%と5%を達成していると言う。
血の教訓
大西洋を優先させるのは、台湾の船団が国際的に非難され、割当量を削減されたからだ。
三大洋では台湾籍のマグロ延縄漁船400隻近くが一年中操業しており、経済価値の高いメバチマグロ、キハダマグロをターゲットとしているので目立ちやすく、ライバルから妬まれることもある。2005年「大西洋まぐろ類保存国際委員会」の総会が開かれた時、日本は他の加盟国とともに、我が国に対する貿易制裁を提案した。総会は、我が国の過剰な漁獲と違法な転売などを認め、翌年の台湾の漁獲割当枠を1万4900トンから4600トンへ引下げ、大西洋でメバチマグロ漁を行なう漁船の数を15隻までと制限し、残りの42隻は台湾に戻って一年間航行を停止することと決議した。
漁獲枠が7割も引き下げられ、生産額の損失は25億台湾ドルに達した。「本当に心が痛みました」と台湾区マグロ組合理事長の謝文栄は当時を思い出し、今も悔しさを募らせる。
この総会の決議では、15隻の全漁船にオブザーバーを乗せることとしたため、漁業署は大きなプレッシャーを感じた。
「その年(2006年)、私たちオブザーバーは15隻すべての船に一人ずつ乗り、毎日漁獲量を報告しました。翌年、国際機関は私たち努力を認め、漁獲枠を回復することができたのです」と蔡明山はオブザーバーと遠洋漁業者の当時の努力を誇らしそうに語る。
張晋瑋は、各漁船が確実に漁獲を報告することが漁獲枠回復に役立ったと考えている。オブザーバーが乗船するのは漁獲資料の正確さを確保するためであって、船長の邪魔をするためではないのである。
世界のマグロ資源は、すでに保護と管理の必要な段階に来ている。遠洋マグロ漁で競われるのは、漁船の数や漁獲の多寡ではなく、割り当てられる漁獲枠なのである。
生命の母である海は神秘的で、私たちが知ることのできる範囲は限られている。海洋資源があとどれぐらい残っているのかも分からない。遠洋漁業の科学オブザーバーが船上で記録するすべての資料は、海に関する私たちの理解の不足を補う重要な役割を果たす。海上で働く無名の英雄たちに喝采を送ろう。