
2012年、台湾では人権に関する議論が盛んに繰り広げられた。さまざまな公共のテーマに関する意見が出され、冷静で深い対話がなされたと言える。政府も我が国初の『国家人権報告書』を中文・英文で発表した。
2013年、人権に関する議論のレベルはさらに高まっている。法務部は2月下旬、世界から人権専門家10名を我が国の人権状況の審査に招いた。かつては注目されなかったようなニュースが、今はメディアのトップをにぎわすようになっている。
1987年に戒厳令が解除されて以来、台湾は民主化されて多様で開放的な社会となり、今ではそれは当然のこととされているが、なぜ今、人権が議論されているのだろう。何事も国際標準が強調される人権問題だが、なぜ死刑廃止というテーマについては、常に大きな反対の声が上がるのだろうか。
2012年12月、台湾では人権に関する議論を巻き起こす事件がいくつも起きた。
12月8日、政府が『国家人権報告書』英語版を発行すると、いくつかの国際人権団体が台湾に対して死刑廃止を求めた。『国家人権報告書』を審査する2人の専門家も、彼らの来訪前に死刑執行を一時猶予することを希望する旨の書簡を送ってきた。
これまで世界の進歩的な人権保障理念を常に歓迎してきた台湾社会だが、これに対しては大きな反対の声が上がった。「国際人権組織は台湾の国情や国民の心情を尊重せず、最近開かれたばかりの傷口に再び塩を塗られた」と反発したのである。
それは12月初旬、台南で男児が通り魔に殺害された事件がきっかけだった。逮捕された容疑者は「台湾では一人や二人殺しても死刑にならない」と言い、刑務所でタダ飯を食いたかったから殺したと言ったのである。これに社会は大きなショックを受け、死刑存廃の議論に再び火がついた。この時期に、国際人権団体が台湾に死刑廃止を求めたため、多くの人は受け入れられなかったのである。

近年、台湾では社会運動が再び盛んになり、さまざまな人権を求める声があがっている。
台湾は長年にわたり、高いレベルの人権保障理念をそのまま受け入れ、追従してきた。台湾は国連の加盟国ではないが、国際標準の法律と社会保障を追求し、2009年には「市民的及び政治的権利に関する国際規約」と「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」を正式に国内法化した。
民間の死刑存廃に関する議論も、台湾における人権活動の活発さを反映している。2012年の多くのニュースからも台湾で人権がいかに重視されているかがわかる。
1月、台北師範大学エリアで一階商店の無制限の拡張に対し、住民から地域の静けさや安全が脅かされ「居住権」が侵害されていると苦情が出た。一方の商店側は、自分たちが地域発展にもたらした貢献が無視され、都市の文化資産が消滅し、自分たちの「経営権」と「文化保存権」が軽視されていると反発した。
3月、作家で立法委員の張暁風は立法院での質疑の際に、諧謔的な表現を用いた。――台湾の「雄性動物」は婚姻習慣を変え、好んで異国の「雌性動物」と結婚していると述べ、政府は未婚の「残り物の女性」の結婚環境を改善すべきと発言した。だが、独身女性たちはこの発言に反発、女性団体は、独身女性の「婚姻を自主的に選択する権利」を無視するものだとし、また外国人配偶者団体も「外国人との結婚は基本的人権」だと主張した。
7月、学生団体はNCC(国家通信放送委員会)前で、旺旺中時メディアグループによるCATV事業者・中嘉グループ買収でメディアの怪物が形成されると抗議した。一方、同メディアグループは、これらの学生は金銭を受け取って参加した「アルバイト」だと報じて文化界の強い反発を買った。この「メディア権」と「言論の自由」の論戦は今も続いている。
9月、台湾は欧州信用不安の影響で経済成長率が下がり、政府は緊急対応策を講じることとなった。一部の企業はこの機に乗じ、外国人労働者と本国人労働者の最低賃金を分けて製造業のコストを下げることを建議した。これに対し、労働者団体は「働く権利の軽視」「外国人労働者差別」と抗議し、最終的に行政院が表に立ち、そういう計画はないことを表明して争議はようやくおさまった。
11月末、第10回同性愛者デモ行進が行なわれた。テーマは「婚姻革命――婚姻の平等、伴侶の多元化」というもので、同性愛者同士の結婚の合法化を求め、過去最多の7万人が参加した。その後、ニューヨークタイムズ電子版は「台湾はアジアで最初に同性愛の結婚を認める可能性がある」と題し、我が国の立法院が初めて同性愛者同士の結婚に関する公聴会を開いたことを報じた。

近年、台湾では社会運動が再び盛んになり、さまざまな人権を求める声があがっている。
男女平等、外国人労働者や外国人配偶者の権利、メディアの発展、住環境、そして死刑存廃問題まで、台湾には何でも議論できる環境があり、あらゆる社会層が自らの権利を主張する。
政治大学法律学科の廖元豪・准教授は総統府人権諮問委員会の委員も務め、『国家人権報告書』の編纂と審査に携わってきた。その話によると、近年の台湾の抗議活動に共通するのは、「人権」を掲げている点だという。その理由には三つの面がある。一つは、社会運動で人権を訴えることが新たな戦略となり、それが新鮮で流行しているという点だ。
台湾では戒厳令解除前後に社会運動の大きな波を経験した。当時は女性、児童、環境保護などのテーマも、すべて「権威主義体制への抵抗」という政治的な流れにのみこまれ、なおかつ在野勢力と合流していった。しかし、その後の二度にわたる政権交代を経て、社会運動はもはや一元的な思考では成り立たなくなった。そこで「人権」が新たな戦略となったのである。
第二に、権益を主張する側が「人権」を訴えると、即座にその人が弱者・被害者となり、守るべき対象となることが挙げられる。師範大学エリアの争議で、商店と住民が、それぞれ「営業権」と「居住権」を掲げたのは、その一例と言えるだろう。
第三に、「人権」を掲げることで、社会運動は政党に従属することを避けられ、焦点がぶれずに済むという点がある。外国人配偶者や同性愛者、楽生院取り壊し反対運動などは、当初は弱者だったため政党からも重視されなかったが、大きな力を形成してからは政党に吸収されることもない。
「人権は民主主義と異なり、多数決で決められるものではなく、少数の弱者を守ることが出発点となります」と廖元豪は言う。そのため、問題が起ると誰もが被害者の立場を取ろうとするのである。

近年、台湾では社会運動が再び盛んになり、さまざまな人権を求める声があがっている。
これら人権に関わるテーマを見ていくと、注目される人権の焦点が変化していることがわかる。戒厳令解除前後に注目されたのは子供や女性の福祉だった。これらの問題は、社会的なコンセンサスも得やすく、立法も速かったため、最近は大きな社会運動は起こっていない。中には国際標準の先を行く制度も整っている。
子供の人権を例にとると、義務教育の普及率や予防接種などの指標は世界をリードする地位にある。
1973年に成立した「児童福祉法」は台湾で最初に制定された社会福祉法規であり、「子供は親の私有財産ではない」という概念を明確にした。
成立から40年の間に児童福祉法は二度にわたって改正された。1993年には、児童虐待やネグレクトなどに関する内容が加えられ、その概念が国民の間に普及し、今では虐待や育児放棄などが疑われる時、多くの人が能動的に通報している。
2011年、「児童福祉法」は「児童および少年の福祉と権益保障法」と名称が変り、受身で子供を守るのではなく、積極的な予防措置が採られるようになった。リスクの高い家庭を早期発見し、親に薬物依存や精神疾患などが見られる時は公権力が積極的に介入し、家庭状況を改善して児童虐待を防ぐ。
「虐待や性的侵害の通報件数が増加しているのは、悪化しているのではなく進歩だということを多くの人が理解しています。児童への関心が高まっていることを示しているのです」と国立師範大学ソーシャルワーク学研究所の彭淑華教授は言う。そのため、すでに「児童の人権」という言葉が使われることは少なく、問題の核心が直接議論される。
最も顕著なのは、学校での「いじめ」が非常にデリケートな問題として扱われるようになったことだ。2012年9月、ある大学教授の娘が長期にわたるいじめを受け、裁判所に直接4人のクラスメートを訴え、教育界に衝撃をもたらした。
「社会の変化が速すぎ、学校や教員、生徒や親の間でどう解決すべきかが複雑な課題となっています」と彭淑華は言う。
女性の権利に関する法令も急速に進歩してきた。結婚後の住所、子供の姓、既婚女性が自分の財産を持てることなど、すでに男女平等が実現している。そのため現在では逆に男性の権利に関心が寄せられ、シングルファーザー支援や男性の育児休暇などが新たな議題となっている。
女性の権利保障から、さらに進んでジェンダーの問題へも関心が広がっている。同性愛者同士の結婚や学校におけるジェンダー教育などが、社会運動の新たなテーマとなった。

近年、台湾では社会運動が再び盛んになり、さまざまな人権を求める声があがっている。
国家が人権を抑圧する存在ではなくなり、人々は他者の人権を侵害するのは自分かも知れないことに気付き始めた。そこで、己の心の中に隠された差別意識をいかに発見して消していくかが大きなテーマとなっている。
「聯合報」紙は2012年11月から「差別に注意!」シリーズ報道を開始し、高齢者、独身、同性愛、肥満、エスニックの五つのテーマに分けて取材と大規模な意識調査を行なった。これは近年の、主流メディアによる最も勇敢な調査報道だったと言える。
同シリーズを企画した聯合報取材センターの副主任・梁玉芳は、この報道は、進歩的であると自負する台湾人の盲点を突いたと語る。
「同じ外国人でも、なぜ肌の色が薄い人を老外(外人)と呼び、肌の色が濃い人のことは外労(外国人労働者)と呼ぶのか。台湾人は高齢者を尊敬する伝統文化に誇りを持っているのに、なぜ70歳以上の高齢者には家を貸さないのか。企業経営者や管理職は独身者を差別しないと標榜するのに、なぜ独身者に優先的に残業させるのか」梁玉芳は、台湾社会は差別に非常に敏感であると同時に、気付かない矛盾に満ちていると指摘する。
例えば、同性愛者に対する態度の調査を見ると、55%の人が同性愛者同士の結婚を合法化すべきと答えているが、同時に61%の人が自分の子供が同性愛であることは受け入れられないと答えている。
「最初、このような報道は読者の反発を買うのではないかと心配しましたが、たいへん大きな反響があり、続いて客家や外省人二世などについても報じてほしいという声が寄せられました」と言う。
社会福祉団体の活動も差別解消へと移り、道理より、「お互いさま」の雰囲気を作ろうとしている。

国際結婚が増える中、二つの文化の影響を受けて育つ子供たちはより広い国際視野を持つこととなる。
聯合勧募基金会はバス運転手に高齢者の感覚を体験してもらう活動を行なった。身体を束縛する衣服を着て、80歳の高齢者がバスに乗る感覚を味わってもらったのである。これは大きな成果を上げ、運転手が高齢者の乗降に手を貸す姿も見られるようになった。聯合勧募基金会は運転手たちに何かを要求したのではなく、自らその感覚を体験してもらうことで成果を上げたのだと、同基金会の元理事長で畢嘉士基金会執行長の周文珍は言う。
社会福祉団体は「クロスカルチャー」概念の推進にも積極的だ。例えば、新移民(外国人配偶者)は初期には「外国人花嫁」と呼ばれ、その後、外国人配偶者、新移民、新住民へと呼び方が変わってきた。そして今は「向こうがこちらの文化に融合する」のではなく「クロスカルチャー家庭」であるという点が強調されている。一部の自治体では外国人配偶者の母語も学校の郷土言語に取り入れ、子供に母親の言葉を学ばせている。
また、国際救援の面でも台湾の人々は「お互いさま」の精神を発揮し、義援金もしばしば最高額を更新している。学生による海外ボランティアでは、国際救援ではなく国際サービスと称し、相手国の文化を尊重し、他者にサービスを提供するだけでなく、自分の視野も広げているのだと位置づける。

バリアフリー化が急速に進み、盲導犬がMRTに乗り降りする様子は台北の日常の光景になった。
人権の概念は西洋に始まり、神権、君権、人権へと発展してきた。だが、台湾の文化は社会倫理と家庭の責任をより重んじるため、国際的な観点を取り入れると相容れない部分もある。
「台湾は己の民主化の成果に誇りを持っており、人権の面でも世界から評価されたいと考えていますが、西洋の概念をそのまま取り入れ、それが敏感なテーマに触れる時、より大きな反発が起きるのです」と政治大学の廖元豪は言う。先頃は、台湾での死刑執行を批判するEUの発言があり、台湾では大きな議論が巻き起こった。「人権の概念は誰が決めるのか、台湾は自分の標準を持つべきではないのか」という疑問も出始めた。
廖元豪によると、米国でも、もし民意が死刑廃止を支持していなければ、政府は国民の反対を押し切って廃止を決定することはない。少しずつ法を改正して死刑を減らしていき、時間をかけて廃止していくしかないという。同じように、台湾でも時間をかけてコンセンサスを得るべきで、政府が決めて国民に押し付けることはできない。
民主社会では、コンセンサスの得られていない概念を多数の人に強制すれば反発が生じるが、時間をかけて説得することはできる。これこそ人権の価値において強調される相互の尊重と理解と言えるのではないだろうか。
1966年、国連が採択した「市民的及び政治的権利に関する国際規約」および「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(国際人権規約と総称)と、1948年の「世界人権宣言」は、世界の人権保障体系の根本を成している。
中華民国は1967年に上記の二つの国際人権規約を批准したが、後に我が国は国連での代表権を失って国内法化の手続を完了できず、2009年に立法院は国際人権規約を国内法化した。2010年、総統府は人権委員会を設け、2012年、国連の定める書式に則って初めて『国家人権報告書』を完成させ、2013年2月には世界の専門家を審査に招き、能動的に国連の規則を受け入れる決意を示した。
『国家人権報告書』は台湾が初めて提出する完全な『国家人権報告書』であり、人権の議題と進展が完全に示されている。これは台湾の人権が、世界の普遍的価値観および国際人権規約と歩みを共にしていることを示している。

近年、台湾では社会運動が再び盛んになり、さまざまな人権を求める声があがっている。

老後を明るく生きることは、高齢化が進む台湾社会のコンセンサスとなっている。


近年、台湾では社会運動が再び盛んになり、さまざまな人権を求める声があがっている。

近年、台湾では社会運動が再び盛んになり、さまざまな人権を求める声があがっている。