今年4月、華語映画圏で初のデジタルカメラによる3D実写映画「小丑魚」が公開された。劣等感を持つ男の子「呉郭魚」と目の不自由な女の子「雪柔」の心温まる恋愛物語で、物語の合間にピエロの演技が入り、立体映像の臨場感もあって高く評価されたが、宣伝費の不足のため、興行成績は200万台湾ドルにとどまった。

それでも「小丑魚」の繊細なカメラワークと編集テクニック、そして物語に合わせて立体の飛び出す効果と奥行き感を巧みに交錯させる点など、曲全立監督の実力が際立った。例えば、景色の美しい野柳でのデートのシーンでは画面全体に奥行きを持たせて風景を際立たせ、主人公がピエロに扮して演技をする時には飛び出す効果で観客を楽しませる。

こうして曲全立は華人圏の3D映画監督の代名詞となり、侯孝賢からは、上海万博台北館における難度の高い360度3D映画「台北の一日」の製作に招かれ、また「五月天3DNA」の3D技術指導もすることとなったのである。

台湾以外の華語映画市場でも曲全立は重要な3D顧問となっている。例えば、現在3Dの「新龍門客桟」の準備を進めている香港の監督ツイ･ハークは、曲全立を制作チームに招くために台湾を7回も訪れた。曲全立は台湾の会社と家族を置いて長期間大陸で働くことができたいため、この話はまとまらなかったが、こうして多くの著名監督に高く評価され、彼は「華語3D映画の第一人者」として確固たる地位を築いた。

一度は死を覚悟した曲全立は、人生に対する考え方が大きく変わったと言う。今は3D映像技術を究めて、本当に自分らしい作品を残したいと考えている。右上は、彼が若手社員に3D撮影を指導するところ、右下は、彼が撮影した3D昆虫映像を教育に役立つ3D電子ブックにしたものだ。

3Dブームで波に乗ったように見える曲全立だが、実は台湾の影像界では20年も活躍してきたキャリアがある。現在43歳の彼は、基隆商工の電子学科を卒業した当時、勉強は好きではないし、手に職があるわけでもなく、兵役を終えると不動産仲介の仕事に就いた。だが、あまりにも口下手なので続かず、失業して実家に帰るしかなかったという。

失業状態はずいぶん続いた。1990年、23歳になった彼は、新聞で当時有名だった番組製作プロダクション「飛箭メディア」のカメラ助手募集の求人広告を見かけた。しかも「経験を問わず」とある。「家で3ヶ月も飢えていた」彼は、給与がわずか6000元なのも気にせず、すぐに応募した。

カメラ助手の最初の仕事は、当時大ヒットしていた連続ドラマ「郵便配達はいつもベルを押し間違える」の製作応援で、新人の彼は撮影現場で集音マイクを持つ仕事だった。初めての撮影現場に彼は興奮し、コミカルなシーンで大声で笑ってしまい「お前は見物人か！」と怒鳴られたという。

それでも彼は映像の仕事に引き込まれた。その後8ヶ月、彼は不眠不休でカメラを学び、ついに専任のカメラマンとなったのである。そして「強棒出撃」「金曲龍虎榜」など、大ヒット中のバラエティ番組を多数任された。

曲全立は着実に映像製作のキャリアを積んできた。写真は左から、1991年にテレビ番組「金曲龍虎榜」の撮影時に香港の映画俳優･万梓良と。15年前にフランスで歌手･張清芳のミュージックビデオを撮影。1989年に北京の万里の長城で崔苔青のミュージックビデオを撮影。十余年前にデビュー当初の舒淇（スー・チー／左から2人目）のヌード写真撮影。2002年、星雲法師の依頼で「祈願文」を撮影。

カメラワークが良く、態度もまじめなので、曲全立は多くのディレクターから高く評価され、「小曲」だったのが「曲兄さん」と呼ばれるようになった。独立してからは、白氷氷、蔡秋鳳、張秀卿、蔡小虎、高勝美、沈文程など、大物アーティストのミュージックビデオを多数手がけた。

名利を手にした彼は多様な作品を手掛けるようになり、テレビ番組からCF、ミュージックビデオ、商品紹介ビデオまで、スケジュールが合う限り仕事を受けた。

「当時、私はお金が欲しくて何でも引き受けるのだと思われていましたが、実際には影像の仕事が心から好きで、だから何でも引き受けたんです。どんなテーマでも、現場に入ると情熱が湧いてきます。会社紹介ビデオも、まるでミュージックビデオのように撮れ、少しもつまらないと思いませんでした」

激務をこなしていた2002年、大きな挫折に見舞われた。まさに脂の乗っていた時、上海から台北へ戻る飛行機の中で、ひどい耳鳴りに襲われたのである。機内の気圧のせいかと思ったが、数日後に家で靴を履いていた時に突然転び、以来、左耳の聴覚を完全に失ってしまったのだ。すぐに基隆の長庚病院へ行ったが原因はわからず、台北と林口の長庚病院へ移ってから小脳に拳大の腫瘍が見つかった。腫瘍の中には、左半身の嚥下、視覚、聴覚、顔面触覚などの神経が包まれていた。

「すぐに手術をしないと半年の命だと言われました。しかし、手術をしても植物状態か半身不随になる確立が5割あると言うのです。妻はまだ若く、幼稚園を筆頭に3人の娘がいます。一家にとって、まさに青天の霹靂でした」と言う。

もう長くは生きられないかもしれないと知った彼は、後に家族が困らないように遺書を書いて妻に渡し、カメラマンの友人に「遺影」と一家の記念写真を撮ってもらった。ほとんど望みを失いかけていた時、以前、弘法ビデオの製作を依頼されて知り合った星雲法師が、台北栄総病院神経外科の陳敏雄医師を紹介してくれた。

「陳先生は、長庚病院の先生とは違うことを言うのです。この腫瘍は良性と思われ、手術が失敗する可能性は3％に過ぎないと。私は半信半疑でしたが、真っ暗な海の中を流されている時に、突然浮木をつかまえたような気持でした。自分に一度チャンスを与えよう、と手術を受けることにしたのです」

曲全立は着実に映像製作のキャリアを積んできた。写真は左から、1991年にテレビ番組「金曲龍虎榜」の撮影時に香港の映画俳優･万梓良と。15年前にフランスで歌手･張清芳のミュージックビデオを撮影。1989年に北京の万里の長城で崔苔青のミュージックビデオを撮影。十余年前にデビュー当初の舒淇（スー・チー／左から2人目）のヌード写真撮影。2002年、星雲法師の依頼で「祈願文」を撮影。

18時間という手術は大成功し、曲全立は生命を取り戻した。ただ、腫瘍の位置が顔の左半分の多数の神経とつながっていたため、手術後「不可逆的」な後遺症が残った。

その中で最も影響が大きいのは、左耳の聴覚を失ったことと、左目に涙が溜まりやすくてはっきりと見えないこと、そして左側の嚥下が弱くなったことだ。顔の左側の触覚という点では、まるで薄い布を隔てたような感じで、手術から半年の間は、寝る時に左眼にテープを貼らないと、目を閉じられない状態だった。

一年にわたって「後遺症のある左半分と共存する」ことを学ぶ中で、曲全立は人生を見直すこととなった。以前のように何でも引き受けるのではなく、本当に自分らしい作品を残したいと考えるようになったのだ。

そこで、2006年にハイビジョンのデジタルカメラが登場してから、彼は「美麗の歌」「香草恋人館」そして香港のTVBテレビの「幸福の選択」などのドラマを手掛けた。時間のある時には台湾各地を歩き、ハイビジョンカメラで各地の景観や文化を撮影し、それらを編集して「世紀台湾」「台湾からの絵葉書」といった作品を公共テレビで発表した。

デジタルコンテンツを制作する他に、以前から強い興味を持っていたが、ずっと試みる時間がなかった3Dデジタル分野の研究を開始した。最初は欧米へ行って教えを請おうかと考えたが、学費が高くつく上に、向うは3Dを学ぶなら、まず彼らの高価な器材を購入することを求めてきた。これに不服だった彼は、いっそのこととドイツ製の3D撮影危機を2台購入し、後はすべて独学で研究することにした。

3D撮影の基本原理は「左目と右目に別々の映像を見せる」というものだ。つまり、2台のカメラが人間の左右の目の代わりになって異なる角度で被写体を撮り、上映時には特殊な装置やメガネを用いて、観客の左右の目にそれぞれ異なる映像信号を送ることで、立体映像が見えるというものだ。従って、撮影時に2台のカメラの距離と角度を精確に計算しておかないと、観客は目眩や不快感を覚えることとなる。

病気で左右の目の視覚がアンバランスになった曲全立にとって、3Dはより一層難しいものとなった。左眼は涙の分泌が多すぎて霞みがちで、3D映像を見る時も、健康な目を持つ人より不快感を覚えやすい。

「ましてや最初は3D効果のコントロール方法を知らなかったため、それまでの習慣で、飛び出す映像を多用したため、初めて編集室に入った時は、目眩がして激しい嘔吐に見舞われ、その後は1ヶ月間ずっと酔い止めの薬を飲んで編集を終えたのです」と言う。

この経験について、楽観的な曲全立は、手術による左目の後遺症があったからこそ、自分が製作した3D映像の良し悪しが検証できたと言う。「私が見ても目眩がしない3D映像なら、一般の観客にも受け入れられるはずです。そういうわけで、私は『3Dにふさわしい目』を持っていると言えます」

曲全立は着実に映像製作のキャリアを積んできた。写真は左から、1991年にテレビ番組「金曲龍虎榜」の撮影時に香港の映画俳優･万梓良と。15年前にフランスで歌手･張清芳のミュージックビデオを撮影。1989年に北京の万里の長城で崔苔青のミュージックビデオを撮影。十余年前にデビュー当初の舒淇（スー・チー／左から2人目）のヌード写真撮影。2002年、星雲法師の依頼で「祈願文」を撮影。

不動産投資で蓄財していた彼は、2006年から、台北と基隆の物件を4件売り、4500万台湾ドルを超える金額を投じて3D撮影機材や編集設備などの購入と研究に全力を注いだ。こうして4年にわたって実写を繰り返し、3Dを自分のものにしていったのである。昨年の金馬賞では、昆虫と環境を扱った3Dドキュメンタリー「酷客任務」が高い評価を得た。

3Dドラマ映画「小丑魚」の製作に、曲全立はもう一つの使命感を抱いて臨んだ。

「一つには『悪口と暴力のない』映画を娘に見せたかったこと、もう一つは『台湾にも3D実写映画製作の実力があること』を世界に示したかったことです」と曲全立は言う。

彼の3D撮影技術はすでに成熟しており、「小丑魚」はわずか15日で撮影を終えた。そのため役者の出演料や場所代、製作費は200万前後に抑えることができた。残念ながら興行成績は振るわなかったが、曲全立としては、収益バランスは何とか取れている。

また「小丑魚」が後々彼にもたらした効果は計り知れない。「その後に私が引き受けた侯孝賢監督の『台北の一日』や『五月天3DNA』などは、いずれも千万台湾ドル単位の製作費をかけた作品です。さらに、現在国内で3D撮影を研究している監督は私しかいないというので、ITメーカーからもコンテンツのライセンスの話が来ています。彼らの3Dパネルのテストに使用するためです」

曲全立は、華語映画圏で自分の知名度が高まったのは、興行では失敗した「小丑魚」のお陰だと言う。「私にとっては、この作品は大変な利益をもたらしてくれました」と言う。

3D映像の発展に自信を持つ曲全立は、続いて水子霊と占いをテーマにした2つの3D作品を計画している。「魅力的な物語ですが、決して刺激的な映像を売り物にする作品ではありません」と言う。

一度は死を覚悟した曲全立は、まったく新しい立体映像で自らに新しい世界を開いた。当初は思いもかけなかった人生の収穫と言えるだろう。

一度は死を覚悟した曲全立は、人生に対する考え方が大きく変わったと言う。今は3D映像技術を究めて、本当に自分らしい作品を残したいと考えている。右上は、彼が若手社員に3D撮影を指導するところ、右下は、彼が撮影した3D昆虫映像を教育に役立つ3D電子ブックにしたものだ。

曲全立は着実に映像製作のキャリアを積んできた。写真は左から、1991年にテレビ番組「金曲龍虎榜」の撮影時に香港の映画俳優･万梓良と。15年前にフランスで歌手･張清芳のミュージックビデオを撮影。1989年に北京の万里の長城で崔苔青のミュージックビデオを撮影。十余年前にデビュー当初の舒淇（スー・チー／左から2人目）のヌード写真撮影。2002年、星雲法師の依頼で「祈願文」を撮影。

一度は死を覚悟した曲全立は、人生に対する考え方が大きく変わったと言う。今は3D映像技術を究めて、本当に自分らしい作品を残したいと考えている。右上は、彼が若手社員に3D撮影を指導するところ、右下は、彼が撮影した3D昆虫映像を教育に役立つ3D電子ブックにしたものだ。

曲全立が設立した「吉羊デジタル電影公司」は国内では数少ない3D映像を専門とするプロダクションで、メンバーの平均年齢は30歳に満たない。写真は3Dメガネをかけた曲全立（左から2人目）と社員たち。