北極圏のグリーンランドへ
こうして台湾は、望遠鏡の建造と稼働に関して豊富な経験を積んできた。ブラックホール観察においては、中央研究院天文研究所アカデミー会員の賀曾樸が日本の電波天文学者である井上允を招いてチームに加わってもらった。2009年、井上は天文学博士の浅田圭一とともに中央研究院天文研究所に加わり、VLBI(超長基線電波干渉法)による観測プロジェクトをスタートさせた。世界各地に分布する望遠鏡を一つの巨大な望遠鏡と見なし、同時に観測した宇宙からの信号をスーパーコンピュータで分析し、画像化するというプロジェクトである。
2010年、アメリカ国立科学財団はALMAプロジェクトのメンバーから「北米アルマ望遠鏡原型機」の使用構想を募った。ニューメキシコ州の砂漠にあるこの望遠鏡は、長年放置されていたのである。中央研究院天文研究所は、この原型機を操作する機会を得たいと考え、浅田圭一の指揮の下、その望遠鏡の設置にふさわしい場所を探した。乾燥していて標高が高く、ハワイのSMAとチリのALMAと陣を組める位置が求められ、最終的に地球の最北端、グリーンランドを選んだ。
グリーンランド望遠鏡の建造計画を指揮した陳明堂によると、この計画を知った時、海外の学者の多くは台湾チームは「頭がおかしい」と思ったそうだ。だが、中央研究院と中山科学研究院が手を組み、各国の技術者の協力を得て、ついにこの「不可能な任務」が完了した。
中山科学研究院の技術者である夏協鵬は、グリーンランドでの作業は冒険だったと振り返る。「飛行機は北極の強風にあおられ、窓の外を見ると、あと1メートルで氷にぶつかるところでした」。極寒の風の中で、3~4階の高さのある望遠鏡に設備を取り付けなければならない。「高いところに上ると、もっと寒いのです。しばらく作業をしたら、手をポケットに入れて温めなければなりませんでした」と言う。資源の乏しい環境で、台湾の技術者たちは現地で修理の設備を調達し、優れた対応能力を発揮した。
グリーンランドのメンテナンス作業も中央研究院天文研究所の技術者が行なうこととなった。ここ数年は、コロナ禍でメンテナンスが先延ばしになっていたが、望遠鏡のコールドヘッドを交換しなければ、ブラックホール観測の質に影響してしまう。そこで張書豪は冬の極夜のグリーンランドで作業をすることとなった。現地での作業では、皆が助け合い、現地にいたデンマークのチームが「無」から機材を生み出し、材料不足の解消に協力してくれたという。
毎年4月が最も良好な観測の時期で、台湾チームは順調な作業のために予行演習も行なう。
グリーンランド望遠鏡(GLT)は北米アルマ望遠鏡原型機を再利用したもので、台湾がこれをニューメキシコ州からグリーランドへ移して改修した。