心のマーケット
3人は早くから起業を目指していた。蔡閔;帆と陳文政は、3年前にショッピングモールの京華城で商品企画を担当していた時から起業構想の意見交換をしていた。「大きな資金はありませんから、できるのは小さい商売です。当時流行っていたメキシカン・タコスも考えました」と陳文政は言う。
同じ経営学修士の学位を持ち、ともに起業を目指す2人は、京華城を辞めてからも連絡を取りあっていた。そして2人はついに小物・アクセサリーの分野を選んだ。「2人とも女性の気持ちは理解している方だし、アクセサリーの市場は大きいので」と蔡閔;帆は言う。陳文政は、ガールフレンドの陳佳鈺;を仲間に引き入れ、3人で台北東区に店を開いた。彼らは毎月、東南アジアへ行ってエスニックなイヤリングやネックレスなどを仕入れては販売し、経営の経験を積むと同時に、事業を成長させる機会をうかがっていた。
2005年の初め、タイのチェンマイで仕入れをしていた陳文政は、現地の3人の若者が道端で手作りの人形を売っているのに気づいた。太い木綿糸で作った人形は新しい発明ではないが、手先の器用な若者は30分で一つ完成させる。高さは8センチほど、頭から手足まで一つにつながった形だ。ビニールシートの屋根の下に、可愛らしく、また奇妙な人形が並んでいたのである。
値段は1個わずか50バーツ(台湾ドル約40元)で、陳文政はすぐに仕入れることを決めた。それを台北の店に並べてみると、思いがけないことに大きな反響を呼んだのである。
「よく売れるので、タイ側と協力して夢を実現しようと考えたのですが、どうすればいいのか分かりませんでした」と陳佳鈺;は言う。彼らは、とりあえず関連商品を研究することにした。
まず過去1年間の流行商品を見直した。その中には日本の「癒し系」のキャラクターも含まれていた。どんな人が、いくらで買い、市場規模はどれぐらいか、と調べていった。その結果「現代人は人間関係が疎遠なせいか、感情やストレスのはけ口を求めていることがわかりました」と蔡閔;帆は言う。癒し系商品のように、心の隙間を埋める、悪と戦う物語を商品に語らせることが重要だ、と考えたのである。そう考えるうちに、シャーマンが藁人形に呪いをかける映画のシーンが浮かんできた。
ブードゥーとは「精霊」の意味で世界に5000万人の信者がいる。その呪術の方法は、中国の茅山の道術に似ていて、願いをかなえるために人形が使われる。この信仰はアフリカから中南米へ広がり、アメリカのニューオーリンズでもブードゥー教関連の小物が売られているが、いずれもブラック・マジックといったイメージが強いものだ。
手作りで素朴な味わいのある人形を見て、エスニックの3人はその性格や要素を考えながら、デザインを描いていった。大きなハートを抱えた赤い糸の人形は「熱愛ドール」になった。
そのハートには、キューピッドの矢に見立てて針を1本刺し、黒い目をハート型の目に変えた。こうしてまとめたアイディアをタイに送り、3人に手作りしてもらうことにしたのである。
訪れたこともないアフリカの民間信仰がインスピレーションとなり、タイの若者の手作りの人形が「ブードゥー人形」として台湾に登場したのである。
台湾の3人とタイの3人が一つのチームになった。台湾側が販売とデザインを担当し、タイ側がサンプルを送ってくる。それを修正して確認し、台湾側が製作個数を決める。個人的に仕入れてきた物を売るだけだったのが、国際分業の企業となったのである。
現在までに、エンゼル/デビル、ブードゥーの呪術、癒しシリーズ、恋愛シリーズ、守護シリーズの5シリーズ、80種類以上の人形を売ってきた。上述の「熱愛ドール」は恋愛系に属する。
「ストーリーによるマーケティング」は、木綿糸の人形に価値をもたらした。販売員も、人形の「魔力」を魅力的に説明できなければならない。
上述の5シリーズの中でも、恋愛運を高める恋愛シリーズが最もよく売れ、プレゼントにもなる守護シリーズも売れている。左手に盾、右手に剣を持った「小公子」は、ネットで調べると「童話の中の優しい王子様が、あなたを守ってくれます」と書いてある。店員の説明を聞いて買って帰り、毎日「小公子」に向かって30分も話しかける人もいる。
ブードゥー人形の魔力にはまってしまう人も少なくない。ネットや電話で「『偸心賊』(恋愛シリーズのひとつ、魅力と愛情が倍増する)を買って毎日話しかけているけど、早く願いをかなえる特別な呪文はありませんか」などと問い合わせてくる人もいれば、人形を買ってから恋愛が順調に進み、その「神秘性」をネット上に発表する人もいる。
アフリカの信仰の物語とタイの手工芸に、さまざまな流行の要素を取り入れることで、エスニック社はヒット商品を生み出した。