ネットの効果を最大限に
ネット社会運動世代が関心を注ぐのは、さまざまな反対運動組織の連携だけではない。彼らはネットの優位性をうまく活かし、テクノロジーに不慣れな行政部門が見落としがちな分野の不足をも補っている。ここ数年、優れた業績をあげている「台湾デジタル文化協会」はそうした例の一つである。
この組織は3年前、国内の著名なブロガーやオンライングループの数十人が集まって組織した。彼らは、ネットのプラス効果を最大限に発揮することを趣旨とし、バーチャルな世界に浸っているオタクやニートといった社会一般の悪いイメージを払拭したいと考えている。
彼らは定期的にオフ会を開き、互いを好漢と認め合うブログ同士の交流を深め、毎年秋には大規模なイベントを開催している。座談会やシンポジウムなどを通して、台湾のWeb2.0、ニュース交換プラットホーム、ブログ、マイクロブログなど、新しいデジタルコンセプトの良し悪しについて意見を交換しているのである。この活動は非常に好評を博しており、今までに千名以上のネットユーザーが参加している。
定期的な活動でブログ間の連携を深める他、同協会ではこの新テクノロジーの力を、サポートを必要とする分野に広げようとしている。
例えば、2008年中頃から開始したパンカー・デジタル・プロジェクトは、熱心なブロガーたちがポンコツのライトバンを運転し、中南部の100余りの僻遠地域を訪れ、現地のおじいさんやおばあさん、子供や外国人配偶者などにパソコンの使い方を教えるという活動だ。パソコンの電源の入れ方や文字を入力する方法から始め、ネットにつないで情報を検索し、さらにはサイトを立ち上げる技術まで教えている。
ネット上で「スライム」のハンドルネームで知られるデジタル文化協会創設者の徐挺耀はこう話す。政府機関や企業系の公益団体もデジタルデバイドを解消するために地方でパソコンを教える活動をしているが、それらは型にはまった教え方であることが多く、学ぶ人々はそれについていかなければならない。ワードやエクセルなどの基本文書処理から教え始めるので「つまらないし味気ないというので、1回の授業でやめてしまう人が多いのです」と言う。
それに対して、資源も少ないパンカー・デジタル・プロジェクトでは、「興味を持ってもらう」ことから始め、カスタマイズした教え方を採用している。学ぶ側が求めるものを教えていくのである。例えば、おばあさんは株価の変動に興味があり、また中国に単身赴任している息子に孫の写真を送りたいと思っているかもしれない。自分の畑の作物をブログで紹介したいというおじいさんもいれば、ベトナムから来たお嫁さんはSkypeで実家に電話をしたいと思っている。いずれも人気のある講座内容である。
「実際のニーズがあるので、学んだことも忘れずにすぐに活用できます。そうしてこそ僻遠地域の生活の質の改善という目的を達成することができるのです」という。
政府が機能しない部分を補う
この「オタクを地方に宅配する」プロジェクトは、2009年の台風8号災害の時にも大きな力を発揮した。パンカー・プロジェクトはもともと台南県を活動の拠点にしている。現地に駐在していたメンバーは8月9日の台風当日、Plurk上の蘇煥智・台南県知事のページで、助けを求める人からのメッセージを見つけた。パンカーのメンバーが通報したおかげで、県は孤立していた被災者十数名を救い出すことができたのである。
被災状況の監視で成果を上げたネットの達人たちは、自治体や政府から高い信頼を得た。そうして台南県、高雄県、屏東県、そして中央災害対応センターからも招かれ、公的部門による各地の被災情報や救援進度、物資分配などの情報をリアルタイムに伝達する任務を負うこととなったのである。これと同時に、彼らは民間の「被災状況対応センター」を設立し、各地のネットユーザーからの情報を整理し、台風災害の間、政府と民間の情報交流の重要なプラットホームとなった。
台湾デジタル文化協会副執行長の駱呈義は「政府に新しい情報伝達の思考を提供した」ことが、今回ネットユーザーが災害救助に参加して果たした最大の成果だと考えている。
駱呈義は次のように説明する。例えば、どこの橋が寸断したとか、どこの道路が不通であるとか、あるいは救援ヘリコプターの出動時間や物資配給の時刻などの情報を、政府はこれまで政府のサイトの片隅で告知するだけだった。それは内部の情報伝達であって、対外的に発表するという位置付けではなかったのである。
「しかし、これらの情報は、被災者や被災者を心配する親戚や友人にとっては喉から手が出るほど欲しいものです。私たちがやったのは、ネットの検索手段などを通して、これらの『役に立つ』情報を整理し、外部に発信するという作業だけでした」と言う。
現場へ出ていかない
社会運動の呼びかけや連携から始まり、実際に体制内に入って政府や主流メディアの情報力不足を補うという役割において、確かにネットは若い世代が公共の問題に参画する重要な手段となった。だが物事には両面がある。一部の学者は、ネットの世界が提供するバーチャル性は、現実社会における社会運動のエネルギーを減退させる可能性もあると指摘する。
中正大学コミュニケーション学科准教授の管中祥はこう説明する。ネットのスピードと利便性は、多くの人を公共のテーマへと引き寄せるが、その一方で多くのネットユーザーは、オンライン署名運動のEnterキーを押すだけで、あるいは抗議活動の中継画像を見るだけで「自分は運動に参加している」と錯覚してしまう可能性がある。
社会運動は、生身の街頭運動にあってこそ既存の体制への挑戦と衝撃力となるものだが、ネットが「代替的参加」の場を提供してしまうため、本来なら現場で声援を送っていたかもしれない潜在的な行動者も傍観者と化し、かえって体制にぶつかっていくエネルギーが減退してしまうかも知れないと管中祥は指摘する。
「例えば野イチゴ運動の時、多くの人は家のパソコンの前で『一緒に座り込みをする』という手段を選びました。こうした精神的にサポートするという参加方式は、社会運動の勝敗のカギとなる実際の行動者の人数や活動の勢いには大きな助けになりません」と言う。
また、いかなる社会運動もface to faceという人と人との信頼関係を基礎としていなければ、真の影響力は発揮できないと管中祥は考える。
例えば、青年楽生連盟の抗争エネルギーが何年にもわたって衰えないのは、参加する青年たちが楽生院の保存という主張に賛同しているからだけでなく、青年楽生連盟という団体自体にシンパシーを感じ、楽生院に暮らす老人たちとも心の交流があるからだ。彼らは何回にもわたる現地調査や実際の抗議行動などの経験も経てきた。「こうした現場での行動や仲間との交流によって形成される運動意識は、パソコンの前で口だけで声援を送っている者には遠く及ばないものです」
苦労ネットの「人と土地との物語」シリーズ報道で「卓越報道賞」を受賞した市民記者の江一豪は、ネットでの社会運動の参加はやはり間接的なものに過ぎず、弱者の権利獲得への貢献は限られていると話す。
彼は「三鶯集落強制移転問題」を取材して初めて都市原住民族というテーマに触れた。「あの時に、記事を書いてネット上で発表しただけでも受賞はできたかも知れませんが、それっきりにしたのでは現実は何も変えられなかったでしょう」と江一豪は言う。彼は記事を書いた後も三鶯集落に残り、集落の人々と一緒に剃髪して抗争し、住民たちの家を守ってきた。自ら運動に参加してこそ、拠り所を失いかけている原住民族の運命を変える手助けができるかも知れないのである。
新しい情報伝達手段と動員のプラットホームであるネット社会運動の可能性は、まだ模索と実験の段階にあると言えそうである。しかし、次々と生まれる新しいテクノロジーによって「キーボードを一つ叩くだけでできる社会運動」は、知らず知らずのうちに21世紀の運動の新たな形となっている。いかにしてそのマイナス面を抑えつつ、ネットの戦闘力を最大限に発揮していくか、若い社会運動家たちが考えなければならない課題であろう。