創作は修行—— 虚と実に悟りを得る 黄承遠の絵画の世界

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2017 / 3月

文・黃立琦 写真・黃承遠 翻訳・久保 恵子


10歳のころから画家を志した田舎の少年は、台北に進学し、思いがけずも留学することになった。海の向こうのアメリカで異文化の洗礼を受けてから、台湾に戻ると今度は理想と現実の間で葛藤することとなった。だが、その作品、「獅子吼」「躁進(進歩を焦る)」「咖啡(コーヒー)」「抱擁」から、不思議な世界に入っていった「神・画」シリーズまで、長い道のりを歩き、生の探求を続けてきた彼の歴史は、芸術家としての鍛錬の証でもあった。現代抽象絵画の表現と東洋の水墨美学を巧みに融合させ、独自のスタイルで近年は国際的に注目されている台湾の中堅画家・黄承遠は、絵画に鍬を入れる農夫であり、田を鋤いていく画家でもある。


新竹県の照門地区に位置する画家・黄承遠の照鏡工作室(アトリエ)は、三階建ての質朴な客家の古民家である。台中に居を構えた黄承遠は、この10年、毎週三日間をここでの創作に充てている。その言葉によると、ここは喧騒から遠く離れて、母体に戻ったかのように悠々自適に過ごせる場所だという。このアトリエでは創作に勤しむと共に、多くの時間を近隣の散歩に充て、あれこれと拾って帰るという。シロアリに食い尽くされたかのような木片であっても、黄承遠にとっては独特のスタイルを有する芸術品なのである。

10歳で画家を夢見る

台南県七股塩村に生れ育った黄承遠に、なぜ絵画の道に進んだのかと尋ねると、考えるまでもなく「小学校三年の時の作文に、画家を志すと書きました」と答えた。その頃は、村中の人が子供を画家になんてするなと、両親に忠告したという。「両親は私の興味を他にそらせようと試みましたが、それが無駄と知ると、二人とも開明的なところがあって、好きなようにさせてくれました」と言う。生家は市内から離れていて行き来に時間がかかるので、高校に上がるまで絵画を習ったことはなかった。そこで、いつも昼休みや放課後に学校で絵を描いていたそうである。「教科書には多くの絵が載っていて、各種の筆法も説明がありました」と黄承遠は子供時代を思い起こす。それは昨日のことのように、忘れたことのない絵画への執着である。

黄承遠の画業の最大の転機は、アメリカ留学時代に訪れた。国立芸術専科学校(現在の台湾芸術大学)を卒業した後、縁あって1997年にアメリカのミズーリ州セントルイスのフォントボン大学修士課程に進学した。アメリカでは文化の大きな違いにカルチャーショックを受け、さらに大きな困難にぶつかった。「外国の友人に東洋文化を紹介しようと思ったのですが、自分の文化をまるで知らないことに愕然としたのです」と言う。これに気づいたことが、自己の絵画を改めて考えなおすきっかけになった。

かつての自分のタッチや彩色、筆法と人生を思い起してみると、その中で忽然と悟るものがあった。こうして何かが見えるようになると、清々しく清明な心持となり、突然に絵を理解し、どのように描けばいいか分るようになったのである。

「突然のことに、自分には水面下にある氷山の大きな塊を探し求める能力があることに気づき、無限に広がる潜在意識の下に潜っていけるようになったのです」と言う。これより、黄承遠の創作は新しい段階に入り、「アメリカで西洋絵画の技巧を学んでから、それを東洋絵画の概念と理念で新しく解釈し直したのです」と言う通り、台湾に戻ってからの絵画理念は東洋的視点に基づくものとなった。

虚実の会得、重要なのは過程

そうして、「獅吼」「躁進(進歩を焦る)」「咖啡(コーヒー)」「抱擁」といった作品から、最近の「神・画」シリーズに至るまで、黄承遠は毎回新しい境地を切り開いてきた。それぞれのシリーズは、すべて自己探求の過程といえる。「獅吼」はアメリカで得た悟り、「躁進」は理想と現実とのせめぎ合いの苦渋、「コーヒー」は感情を整理した後の心境、「抱擁」は全身で生を受け入れる包容であった。「私は生活を以て描くので、これらシリーズは生の起伏なのです」と、黄承遠は生との対話を深く掘り下げ、そこでの覚醒はすべてが喜びだったと語る。

「神・画」シリーズに話が及ぶと、黄承遠は深い感慨を込めて語る。「私はひどい喘息だったのですが、後にある神人に出会い、その助けがあって健康を取り戻しました」と言うのだが、これを機縁として、黄承遠は宇宙のエネルギーと不思議な変化を感じ取るようになり、さらには物事の変化発展は複雑となりゆくことの伏線で、すべては定まっているのだと悟ったのである。

絵を描き続ける中で、ある種の型や形式にはまり込む不安はないかと尋ねると、「私は鉱脈を探って掘るように、より深い方向へと探索を続けることを自分に課しています」と答える。それは彼にとって、「神・画」へと進むのが自然な方向性であったように、自分はより深く研鑽を続けているだけと言うのである。

黄承遠の作品に見られる虚実は、観る者をいつも惹きつける。「虚実の中を歩き続けて20年経ちましたが、重点は虚にも実にもなく、虚と実の間の過程にあるのだと、ようやく気づきました」という通り、このことに気付いてから完成度の変化が重要なのだと認識するに至った。そこで「私の絵は最初の描き始めから、最後の百回目を描くまで、すべて一種の呼吸であり感情で、絵画の過程が一番の魅力なのです」と語る。

感性の豊かさが理性の豊かさ

黄承遠の作品において、線は常にもっとも重要な要素の一つである。「かつては線が生命のエネルギーの現われだと感じ、自分の感情表現に偏っていて、線と線は自然に絡みあい揺れていました」と言う。それに対して、現在の線は道筋であり方向である。「線は私自身の堅持すべき目標なのです。長く伸びたり、折れ曲がったり、交錯したり、纏いついたりしても、私の目標は常にそこにあるのです」とする理解が、黄承遠の現在の心境でもある。

西洋絵画を学んだ黄承遠だが、その作品には東洋の境地が透けて見える。「私自身は水墨画を好み、東洋文化を熱愛しています」と語る。当時、アメリカにおいて創作に悟りを得た黄承遠は、再び東洋を顧みた時に、あたかも雲間から太陽が現れたかのように、虚実、強弱、静と動とがくっきりと浮かび上がったそうである。作品の余白は東洋文化の影響を受けたものだが、それだけではない。山水や風景の感覚によって作品に雰囲気を生み出しており、構想のインスピレーションも、黄承遠が東洋絵画の理論から得た逍遙自在から来ている。

創作に対する理性と感性のせめぎ合いについても、黄承遠は独自の見方を有している。「感覚は重要ですが、実は感覚は始まりにすぎません。表面的な技巧とか形而上の部分などを理解できないと、そのレベルに留まるしかありません。常に掘り下げていかないとわからないのです」と話す。では彼の絵画に理性はあるのかと質問を続けると、「理性はもちろんありますが、理性で全体を把握することはできません。感性が豊かであればあるほど理性も豊かになるのは、静と動、陰と陽、虚実、強弱が併存するのと同じことです」と断言する。

創作は破壊と建設の繰り返し

黄承遠は自身の画業について、農夫が田畑を耕すように、破壊が先にあってから種まきや植付が始まるので、破壊と建設の循環の中で、最終的に作品が完成し、作品は破壊と建設から生まれてくると説明する。黄承遠の作品を観た人の多くは、その作品が瞬く間に完成したのだろうと思うが、実は一枚一枚長い時間がかかっている。「いつから絵を描く状態に入っていくのか、その効果はどうなのかとしばしば聞かれますが、自分でもよく分かりません。それは破壊と建設の過程から出現するものだからです」と黄承遠は説明する。

黄承遠の作品は中国大陸と台湾の両方でしばしば展示されている。そして2015年からは積極的にドイツで開催される美術フェア、アート・ケルンに参加するようになった。「アーティストは自己に目標を設定しなければ、潜在能力を刺激することはできませんし、そうしてこそスケールや視野を広げることができます」と語る。こうした国際展に参加することで、自己の作品をより良く理解できるようになったと言う。

近年、欧米に軸足を移しつつある黄承遠の評価は海外でも高まっている。その鍵となるのは、「私の絵画表現において欧米の人々に理解できるところがありながら、東洋的要素から来る抽象性が、彼らにはまた別の魅力を持つのでしょう」と説明する。

「自身で世界を見つめ、絵画で生命を解析し理解する」と言う黄承遠は、画業を修行と見なすことを原則として生を観照してきた。「シンプルであることが力になる」と言う黄承遠は、はっきりと見通していくことでよりシンプルになり、エネルギーがそこから溢れてくると言う。

王維の詩に言う「行到水窮処、坐看雲起時(行いては到る水の窮まるところ 坐しては看る雲の起きるとき)」が、その創作の道のりから得た悟りである。

「行くべき道が見えない時、出現するのは生の一種の境地であり、その価値と意義は全く異なってくるのです」と黄承遠は語る。日没が近づき、新竹に特有の強い風が屋外に音を立てる。現在の黄承遠は、心の欲するままに山を見れば山を描く。この芸術の長い道に、生命力に満ちた線と清々しく豊かな心と目をもって、立ち止まることなく新しい可能性を開墾していくのである。

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繞境修行覺醒 於虛實揮繪間—黃承遠耕畫耘彩

文‧黃立琦 圖‧黃承遠 翻譯‧Jonathan Barnard

從一個十歲就立志當畫家的偏鄉小男孩,歷經北上求學、意外赴美接受文化洗禮,返台後走過理想與現實的拉鋸,從《獅吼》、《躁進》、《咖啡》、《擁抱》,到如入奇世異境的《神.畫》,這條漫漫長路,是他持續探索生命的進程,也是一位藝術家不斷凝煉的見證。巧妙融合現代抽象的繪畫性與東方水墨美學的他,是近年在國際深受矚目的台灣中生代畫家黃承遠,是一個耕畫的農人,也是一位耘田的畫家。


畫家黃承遠位於新竹照門地區的照鏡工作室,是一座三層樓高的古樸客家民宅。這裡是定居台中的黃承遠,十年來每週固定駐留三天的創作場域,也是他口中遠離塵囂,像回到母體般自在悠活的居所。工作室裡,除了畫作,絕大部分都是黃承遠在附近鄉間散步時,撿拾回來的物件。就連幾乎要被白蟻蛀光的木塊,在黃承遠的眼中,也是一件別具風格的藝術品。

 

十歲就開始的畫家夢 

自小生長在台南七股鹽村的黃承遠,談起當初如何走進繪畫領域,他不假思索地答道:「小學三年級的第一篇作文,我就立志當畫家了。」當時整個村莊的人都勸告他的雙親,別讓孩子當畫家。「父母親曾試圖轉移我的興趣,但幸好他們也開明,知道管不住了,就放手讓我去做。」由於老家到市區往返過於耗時,所以直到高中,黃承遠從未學過畫,都是趁學校午休或是下課後留下來畫。「課本上也有好多畫,有各種皴法和筆法。」黃承遠笑著回憶起這些事情,就像是昨天才發生的一樣,也是他一直以來不忘的堅持。

黃承遠繪畫的最大轉捩點是在美國留學的時候,當年國立藝專(現為台灣藝術大學)畢業後,因緣際會在1997年赴美國密蘇里聖路易芳邦大學攻讀碩士。到了美國,不僅文化之間的巨大差異,帶給黃承遠極大的感官與心靈衝擊,還面臨另一個難題,「當我想向外國友人深入介紹東方文化時,才恍然發現原來對自己的文化如此陌生。」也因為這樣的「發現」,讓他重新省思自己的畫面。

當黃承遠回頭去看自己過往的筆觸、顏色、用筆和人生時,恍然間他突然就頓悟了,整個人變得清明,不但突然會看畫,也懂得怎麼畫畫。「我突然有能力去尋找冰山下的那一大片,可以游下去看潛意識下的廣袤無垠。」從此,也讓黃承遠的創作生涯進入一個新的階段,「在美國習得西方的繪畫技巧後,我便開始以東方的繪畫觀念和理論去重新詮釋。」返台後,黃承遠的繪畫理念也全以東方的角度來思考。

 

從「虛實」領悟最重要的是過程

從《獅吼》、《躁進》、《咖啡》、《擁抱》,到近期的《神.畫》系列,黃承遠就像走入了一個新的境界。每個系列,都是他的自我探索歷程。《獅吼》是在美國頓悟後的宣洩,《躁進》是理想與現實的拉鋸下的苦澀;而《咖啡》是調整心態後的釋懷,《擁抱》則是全心接納生命的開闊。「我是用生活在畫畫的,這些系列是我生命中的高低起伏。」黃承遠是以一種深掘的方式和生命進行對話、修行,領略處處皆有喜。

談起《神.畫》系列,黃承遠深有感觸地說:「我有嚴重的氣喘,後來碰見一位神人,透過他的關懷與幫助,才慢慢恢復健康。」因此機緣,不僅讓黃承遠感受到宇宙能量的奧妙變化,也讓他覺察到很多事情的開展,其實全都是為了之後越來越複雜的東西在鋪陳,就像冥冥中注定一樣。問他是否會擔憂陷入某種風格或形式?黃承遠坦言,「我一直迫使自己往深的方向去探索,像挖礦一樣往下深掘。」就像他認為會走進《神.畫》是自然而然的事,自己只是持續深入鑽研而已。

黃承遠作品裡的虛實,總令觀者著迷。「在『虛實』走了一、二十年,我才知道原來重點不是虛或實,而是虛實中間的過程。」因為這個發現,也讓他體認到,作品完成度的變化很重要,「所以我的畫面裡,有剛開始畫一次,有到最後畫一百次的,這是一種呼吸、一種情緒,是繪畫的過程,也是最迷人之處。」

 

有多大的感性,就有多大的理性

線條一直是黃承遠作品裡一個很重要的元素。「以前覺得線條是展現生命的力量,偏重於表現個人的情緒,線條很自然會糾結或是晃動。」現在線條不僅是他的路徑、也是方向,「線條就像我的目標與堅持,可以拉得很長、曲折,或是交錯糾纏,然而我的目標還是在那。」這樣的了然,也是黃承遠如今的心境。

學西畫的黃承遠,作品卻處處透著東方意境,「我很喜歡水墨,也很熱中東方文化」。當時在美國頓悟創作後的黃承遠,再回頭看東方時,也有如撥雲見日般明朗起來,虛、實、強、弱、動、靜一目了然。而不僅作品中的留白,是受東方文化的影響,黃承遠以山水、風景的感覺,來營造畫面的氛圍,靈感也是來自東方繪畫理論中的可遊、可居。

對於創作的理性與感性,黃承遠有一套獨特的看法。「感覺很重要,但感覺只是一個開始。若無法理解那些表面上的技巧,或是形而上的部分,就只能停留在某一個層次,只有繼續深掘下去,才能明白。」談到他的繪畫中是否有理性?「理性是一定有的,但理性無法掌控全局,有多大的感性,就有多大的理性,就像動靜、陰陽、虛實、強弱必須同時並存。」黃承遠毫無猶豫地說。

 

創作是反覆的破壞與建設

黃承遠形容自己在作畫時,也像農夫耕田一樣,要先破壞,才能開始種植,然後在破壞與建設中反覆循環,「最後完成的作品,就是在破壞跟建設下創造出來的。」很多人看黃承遠的畫,總以為他作畫很快速,但其實每張畫都畫很久,「很多人都會問我,何時開始進入繪畫狀態的?那個效果是怎麼做的?其實我也不是很清楚,因為它就在破壞與建設的過程中出現了。」黃承遠解釋道。

作品不僅頻繁在兩岸交流展出,2015年起,黃承遠也積極參與德國科隆藝術博覽會,「藝術家必須給自己設定目標,潛力才會被激發出來,格局和視野也才會大。」透過國際參展,也讓他更了解自己的作品。近年,逐漸將腳步移往歐美的黃承遠,作品在當地也受到不錯的評價。他認為關鍵在於「繪畫表現上有他們讀得懂的地方,而以東方元素營造出的抽象感,對歐美來說又有莫名的吸引力。」

「從自身去看世界,以繪畫剖析理解生命。」將繪畫視作修行的黃承遠,一直來都秉此原則觀照生命。「簡單就是一種力量」對他來說,看得越清楚,就會越單純,力量也就隨之迸發。王維的「行到水窮處,坐看雲起時」是他創作歷程的體悟,「在你沒有路的時候,出現的就是生命的另外一種境界,其價值和意義完全不同。」日暮時分,竹塹特有的九降風仍在屋外呼嘯,如今的黃承遠,卻已然隨心所欲、見山是山,在這條藝術的長路,繼續以充滿生命力的線條,以清明寬厚的心和眼,不斷為生命開墾新的可能。      

Huang Cheng-yuan: The Power of Simplicity

Esther Huang /photos courtesy of Huang Cheng-yuan /tr. by Jonathan Barnard

He was a country boy who set his sights on becoming an artist when he was ten, went north for his education, received an unexpected cultural baptism while pursuing graduate studies in the United States, and then returned to Taiwan to be pulled between idealism and pragmatism. From his series of works “Lion’s Roar,” “Restless,” “Coffee” and “Embrace,” to the oddly heterogeneous world of “Canvas of the Arcana,” his long journey of self-exploration bears witness to the continual self-refinement of an artist. Marvelously combining modern abstract painting with traditional East-Asian ink-wash painting, the middle-aged Taiwanese painter ­Huang ­Cheng-yuan is a farmer who has come to turn the soil of artistic expression.


Though a resident of Tai­chung, for the last ten years the painter ­Huang ­Cheng-yuan has spent three days a week living and working in a studio in a house in the Zhao­men area of Hsin­chu County’s ­Xinpu Township. It’s a place to come far from the madding crowd to create art and find peace, as if returning to the womb. Apart from his paintings, the studio is filled with items that ­Huang has found on his walks around the area. Even a piece of termite-ravaged wood in ­Huang’s eyes can become an objet d’art in possession of great style.

A ten-year-old’s dream of art 

Huang grew up in a village in Tai­nan’s Qigu, an area famous for its salt production. When asked how he first thought about pursuing a career in art, he doesn’t hesitate to answer: “For my first essay in third grade, I wrote that I wanted to become an artist when I grew up.” Fellow villagers urged his parents to dissuade him from this plan. “My parents tried to get me to develop other interests, but fortunately they were open-minded and realized they couldn’t control me, so they relented.” Because traveling to the city was time-consuming, up through high school ­Huang didn’t formally study art, but he did spend much of his lunch breaks and time after school painting and drawing. “There are a lot of paintings in school textbooks, which demonstrate a variety of textures and brushstrokes.” ­Huang laughs at his recollection. It seems as vivid as if it happened yesterday, and it demonstrates a determination that he has never lost. 

Huang’s biggest turning point as an artist occurred while studying in the United States. After graduating from the National Taiwan College of Arts (now National Taiwan University of Arts), he enrolled in a master’s program at Font­bonne College (now Font­bonne University) outside of St. Louis, Missouri. Not only did he face tremendous cultural differences in America, differences that had a massive impact on him both sensually and spiritually, he also faced another challenge: “When I wanted to give foreign friends a deeper introduction to Eastern culture, I suddenly realized that I was a stranger to much of my own culture.” That “discovery” pushed him to deeply reconsider his own approach to painting.

Huang thought about his brushwork and use of color, and even about the meaning of his own life, and came to an epiphany. Suddenly, everything was clear: He both understood painting in a new light and understood how to paint. “I suddenly had the ability to probe the hidden part of the iceberg. I could swim down to see the vast expanses of the subconscious.” ­Huang’s creative journey had entered a new stage: “After studying Western painting techniques in the United States, I began to ­reinterpret them through the lens of Eastern art ­theory.” Upon returning to Taiwan, ­Huang began to take an entirely Asian approach to his conception of painting.

An epiphany: Process is key

From his earlier series of works, such as “Lion’s Roar,” “Restless,” “Coffee” and “Embrace,” to his most recent series “Canvas of the Arcana,” ­Huang ­Cheng-yuan has gradually been staking out new artistic ground. All his projects have represented explorations of his personal life history. “Lion’s Roar” bears witness to the catharsis he felt after having his epiphany in the United States. “Restless” captures the bitter struggle between idealism and practicality. “Coffee” examines the relief felt after an attitudinal adjustment. “Embrace” explores the meaning of a life open fully to new experiences. “I use my life in my painting. These series captured high and low points in my own journey.” ­Huang takes a deep approach toward self-cultivation and engaging in a dialog with life, finding joy everywhere.   

Speaking about the “Canvas of the Arcana” series, ­Huang says with great emotion: “I used to have serious asthma, but then I met a psychic who gradually helped me return to health.” Because of that fortuitous twist of fate, ­Huang not only gained a sense of the universe’s capacity for miraculous change, but he also became aware that much of what happens today is just to lay the groundwork for greater future complexity, as if it were all preordained. When asked whether he is worried about getting caught in a certain style, he says in all honesty: “I’ve always pushed myself to delve ever deeper.” He thus believes that it is only natural that he moved toward his series “Canvas of the Arcana” as he continued his explorations. 

The interplay between the real and the fantastical in ­Huang ­Cheng-yuan’s works has always fascinated people. “After living in a ‘fantastical reality’ for a couple of decades, I finally came to know that the key thing isn’t whether something is fantasy or reality, but rather the journey between the two.” With that realization, he discovered the importance of the changing extent of his artworks’ completion. “There are paintings I have finished in one go, never to change again, and others that I have revised 100 times. This potential for change allows room to breathe and to emote. It is endemic to the process of painting and something that fascinates people.”

Sense and sensibility

Line has always been an important element of ­Huang’s work. “I used to believe that lines demonstrated life energy. Emphasizing the expression of personal emotion, my lines were naturally tangled or wavering.” Now, his lines not only show the path he has traveled, but they also provide direction. “Lines represent my goals and determination. They can be pulled longer, or bent, or tangled—yet my goals can still be found in them.” This comment also clearly expresses ­Huang’s current state of mind.

Although he studied Western painting, ­Huang’s work displays an Oriental mood everywhere. “I love ink-wash painting and I’m keen on Asian culture.” After ­Huang had his creative epiphany in America, when he looked back toward the Far East everything became suddenly clear, like after a rain: whether fantasy or reality, strength or weakness, movement or calm, he could take it all in at a glance. Even the spaces he leaves blank show the Asian influence. ­Huang takes landscapes and the feelings they engender to create an atmosphere. This inspiration flows from traditional Eastern painting theory, which holds that an ink-wash painting should make its viewers feel present at their location, as if they were rambling within it.

Regarding the sense and sensibility of painting, ­Huang has a unique perspective. “Sensibility is important, but sensibility is only a start. If you don’t understand the surface techniques or the metaphysical aspects, you get stuck at a certain level. But you can only gain a full understanding by continuing to dig deeper.” When asked whether there is reason to his art, he says without hesitation, “There is reason in it for sure, but reason isn’t enough to completely grasp it. There are equal portions of sense and sensibility. It’s like how movement can only exist in relationship to stillness, yin to yang, fantasy to reality, strength to weakness.”

A cycle of creation and destruction

Huang describes how, when he is painting, he is like a farmer plowing his fields: only by first breaking open the soil can he begin to cultivate it. “It is through this continuing cycle of destruction and construction that the eventual work of art emerges.” Many people look at Huang’s paintings and think that he knocks them out quickly, but in fact each painting takes a long time. “Many people will ask me: How do you get into the state of mind to paint? What brings you to this result?” recalls Huang. “In truth, I’m not all that clear myself, because it emerges from a process of creative destruction.”

Huang’s paintings are often featured in cross-strait exchange exhibitions, and in 2015, for the first time, his works were shown at Art Cologne. “Artists must create goals for themselves if they want their potential to be realized and the scope and ambitions of their art to be sufficiently large.” By participating in international exhibitions, he gains a better understanding of his own work. In recent years ­Huang has been gaining his first exposure in Europe and America, and his work has been garnering some good reviews there. The key in his mind to his success: “The art has got to be able to demonstrate something they understand, and in fact the abstraction that is endemic to Eastern art holds a certain inexplicable attraction in Europe and America.”

“Looking at the world from one’s individual perspective while using painting to analyze and explain life.” These are principles that ­Huang has consistently observed in his life and art since turning painting into a form of self-cultivation. “There is power in simplicity.” As far as ­Huang is concerned, the clearer he sees things, the simpler they are, and the more powerful he feels. “Hiking to the river’s source, I sit and watch the rising clouds,” wrote the classical Chinese poet Wang Wei. Those emotions aren’t far removed from one of ­Huang’s own creative epiphanies: “When it appears that there is no way forward, what appears is another realm of life, which in fact possesses a completely different meaning and value.” At dusk, Hsin­chu’s powerful howling winds are suggestive of ­Huang’s own untrammeled artistic passions and ambitions. On his long and winding road of artistic creation, ­Huang continues to use lines full of vitality, with a mind and eyes that are clear and accepting, constantly creating new possibilities for life. 

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