冬が終わり、私たちは澎湖に水中考古学ワークステーションを訪ねた。控えめな空間にはかすかに海水のにおいが漂う。床には大量のプラスチックケースが置かれ、出土品が水に浸かっている。棚には潜水装備や防水ホワイトボード、グリッドマーカー、浮き玉、高性能のソナーなどもある。事務所のホワイトボードには今年の予定がびっしりと書き込まれている。

「JG1は将軍一号、GBは広丙艦」と隊長の黄漢彰は教えてくれ「すべて私たちの仕事の成果です」と胸を張る。

中央研究院アカデミー会員の臧振華は、アメリカで水中考古学に触れ、帰国後は台湾での同分野発展の重要性を説いてきた。台湾の水中考古学の開拓者である。（林旻萱撮影）

水中考古学の開拓者

台湾で正式に国名を冠して水中考古学の研究が始まったのは十数年前に過ぎない。その推進者となったのは、考古学者の臧振華だ。

「海底は巨大な博物館に譬えられます。海底における遺構や文化的景観の重要性は陸上に引けを取らず、より重要だとさえ言えます」と臧振華は言う。海に沈んだ船や飛行機、文明の遺構、化石遺跡などは、長年にわたって水中に封じ込まれてきたため、まるでタイムカプセルのように造船や貿易、工芸、重大事件などの情報を秘めており、貴重な文化遺産なのである。

臧振華はハーバード大学で考古学を学んでいた時に水中考古学に触れた。「すぐに面白いと思い、台湾でもこの分野を発展させるべきだと思いました」と言う。その話によると、台湾周辺の海域は1万2000年前に大陸とつながっていて、後には海のシルクロードや大航海時代の重要な航路が通っていた。一方で「黒水溝」と呼ばれる台湾海峡は流れが強くて多数の暗礁があり、航海が困難だったため海底には多くの遺物が沈んでいる。帰国した臧振華は水中考古学発展の重要性を説いた。

その後、2001年に国連のユネスコ総会で「水中文化遺産保護条約」が採択された。水中文化遺産の範疇や価値が明確に定義され、保護の重要性が宣言されたのである。そこで2004年、台湾政府もこれに応え、行政院が正式に「国家海洋政策綱領」を採択し、2006年8月に「水中文化遺産保存維護計画」が定められた。臧振華は文化建設委員会（現在の文化部）の委託を受け、専門の水中考古学チームの結成に着手したのである。

よく訓練されたチームには、考古学、海洋技術、文化遺産修復など各分野の専門家が揃っている。

考古学を海底へ

映画『タイタニック』の影響で、多くの人は海の底に沈む遺品にさまざまな空想をめぐらせるが、海底の宝探しと水中考古学はまったく異なる。「水中考古学というのは専門的な技術であり、忍耐力と精神力を求められる学問の一分野です」と臧振華が言うとおりである。

水中考古学は、考古学と潜水技術、海洋探査技術を融合させたもので、さらに航海や歴史、遺物の保存･修復といった分野の専門家の力も借りなければならない。異分野融合型の学問であり、チームには水中考古学、海洋技術、潜水、出土品保存などの専門家が集まる。

だが広大な海を前に、どこから着手するのだろう。訓練を受けた専門家チームには明確な作業手順がある。彼らはまず、港湾や貿易航路、海戦などの史料から手掛かりを探し、その水域の地形と環境資料に当たる。民間にも、冒頭にあげた黄加進のようなダイバーや船長など、隠れた水中考古学者がいる。彼らは漁業の経験から沈没船の位置を知っていることもある。水中考古学チームは、こうした民間人と良好な関係を作り、情報を集めていくのである。

最後に、こうして集めた情報を相互に参照し、ターゲットが発見できる可能性が最も高い調査エリアを定める。続いて、目視、またはサイドスキャンソナーやマルチビーム音響探査機、サブボトム･プロファイラー、磁力計などを用い、時には無人探査機などを使って系統だった調査を行なう。

考古学者は海底にグリッドパターンを設定し、エリアを精確に区切る。

海底の名探偵

陸上の考古学と異なり、水中考古学は気候や海の状況の影響を受ける。澎湖の場合、季節風の影響で海に出られる期間は4～10月に限られる。水圧の関係もあり、ダイバー1人が作業できる時間は30分しかない。

意外なことに、科学技術は進歩しているものの「水中考古学は非常な危険を伴います」と臧振華は言う。その話によると、海面は穏やかに見えても、海底では予測のできない変化が起こるからだ。特に沈没船のある場所の多くは、暗流や岩礁が多く、透明度が低く、また棄てられた漁網などが漂っているため危険性が高い。そのため臧振華は、メンバーにルールの順守を厳しく求めている。出発前の確認と検査を怠らず、必ず2人一組で行動し、互いにサポートできるようにしている。

海底に眠る遺物の経済的価値は高く、台湾でも法律によって保護している。

水中文化遺産の博物館を

「動くな！」と、刑事ドラマでは混乱した事件現場に刑事が立ち、息を凝らして散乱した手掛かりに合理的なつながりを見出していく。考古学の仕事は事件捜査によく似ている。

数々の努力の末、ようやく新たな発見があった時、考古学の最も大切な仕事がようやく始まる。専門家たちは、現場の手掛かりの中から目標物の内容と意義を推論し判定し、そこにつながりを見出さなければならないのだ。2020年12月現在、水中考古学チームは、台南の安平、澎湖、緑島などのエリアで97ヶ所の具体的な目標物を発見した。確認後、そのうちの20ヶ所には歴史的な沈没船があり、6ヶ所は文化遺産としての価値が非常に高いとされ、法に従って保護されることとなった。

台湾で正式に水中考古学研究が始まってから今年で13年目になる。臧振華は委託を受けて専門チームを結成し指揮しているだけではない。現在はさらに水中文化遺産に関する教育の推進と産業発展に関心を注いでいる。海外に目を向けると、スウェーデンには沈没船をテーマとしたヴァーサ号博物館、イギリスにはメアリーローズ博物館があり、文化遺産の保存の役割を果たすとともに、教育の機能も果たし、また観光産業の発展にも貢献している。

海底から出土した遺物の処理は容易ではない。洗浄し塩分を除くだけで数年から数十年かかることもある。水中文化遺産保護条約は、水中文化遺産について「原位置保存」を原則としているが、台湾のチームでは、計画に従って指標となる遺物を適度に取り出し、台湾独自の水中文化遺産博物館を設立する準備を進めている。国民に、海底に眠る宝物に触れる機会を持ってほしいからである。

海底から取り出した遺物の洗浄や塩分を取り除く作業には数年から数十年かかることもある。

単純な文物のように見えるが、それぞれの背後には貿易や航海技術、工芸、生活習慣など、豊富な歴史情報が詰まっている。（林旻萱撮影）

映画などの影響で、水中考古学は人々の好奇心をかき立てる。近年台湾で幾度も開かれている水中考古学展には多くの見学者が訪れる。（林旻萱撮影）