「お尻に力を入れて、手を伸ばして、固くなっちゃだめよ」3月のある土曜日の午後、林秀偉舞踏花園児童バレエ教室では、張佩雅先生の声が響いていた。
「手はバーに、足半分、お尻をじっと、つま先、半分、もとに、もっと長く、長く長く、もとに。はい、上に吸って」壁一面の鏡を背に、先生はまるで暗号のような指示を出す。口調はとても柔らかだ。
だが、動作の間違いには厳しい。「何度も言ったでしょう。足を戻す時はあごをあげて息を吸う」動作と呼吸を合わせるようにと何度も注意を促す。思いきり吸うことで上半身が伸び、優雅なポーズになるのだと。
レッスンを受ける少女5名の平均年齢はやっと小学3年生、レッスン開始まではふざけ合っていたが、1時間のレッスン中は真剣そのものだ。だが体は思うようには動いてくれない。力の入れ方、バランスのとり方、どれもなかなか難しい。
女の子なら誰もが夢見る
台湾では少子化の影響で、子供の教育に力が注がれる。学校でも教育の多様化や、子供の才能を伸ばすことが叫ばれており、子供は小さい時からさまざまな習い事に通う。
衛生福利部の委託で、12歳未満の児童を対象に2010年に行われた「中華民国台湾地区児童及び少年生活状況調査報告」によれば、家計の支出のうち、最も多くを占めるのは子供の教育や習い事にかかる費用で32%、その次が学童保育や託児所の費用で22%だった。
だが同報告では、児童の半数は習い事をしていないことも明らかになった。習い事の内訳を見ると、最も多いのは外国語、算盤、絵画で、体を動かす習い事となると、水泳、スケート(ローラースケートを含む)、ダンスとなっている。
ダンスについては正式な統計はないものの、町で最もよく見かけるのはバレエ教室だ。世界中の女の子がバービー人形になることを夢見て、バレリーナーのふわふわしたピンクのスカートにあこがれる。
つま先立ちの芸術
「1、2、3、4、ゆっくりあごをあげて、ストップ、腰を伸ばして、あごを引いて、お腹を引いて、背筋を伸ばして、5、6、7、8…」台北市福林小学校バレエ部で今学期最初のレッスンが行われていた。四方が鏡になったバレエ教室で、ピンクのチュチュを身につけた女の子20名が先生のかけ声とともに基本動作を復習する。
床に足を広げて座り、上半身を前に倒して額を床につけた後、ゆっくりと体を起こして背筋を伸ばす。おかしなところがあれば、先生がすぐやってきて正しいポーズに直してくれる。50坪ほどの教室に、音楽と先生のかけ声だけが響く。
指導するのは50歳の黄琪年先生で、福林小学校のほかに芝山小学校でも教えている。一般にダンサーがそうであるように、黄先生も実年齢よりずっと若く見える。小さい時からカトリック蘭陽青年会蘭陽舞踏団で伝統民族舞踊を習っていたが、中学3年の時に初めてバレエに接し、この道に進んだ。イタリアのバレエ学校Scuola di Ballettoでロシア・バレエを学んだこともある。
「バレエの動作は多くが足のくるぶしとつま先に頼るので、ここが強くなければなりません。また、背中も強くなければバランスが取れず、片足立ちのポーズなどもできません」と、黄先生はバレエがほかのダンスと異なる点を説明する。
バレエにはさまざまな動作を表す専門用語がある。例えば「プリエ」とは、股関節を外に開き、体の重心を下げてひざを折る動作だ。各ポーズで手足をどこまで動かすかは厳格に決められており、足を上げる場合でも「とにかく思いきり上げなければならず、あげ方が足りないのはいけない」と黄先生は説明する。
世界のバレエ専門学校では一般に、あまりに幼い子供がレッスンを始めるのはよくないとされる。まだ体をうまく操れないからだ。例えば、両足を180度に開く場合でも、膝を伸ばす、尻の筋肉を引き締める、背筋を伸ばすなどの体の操り方が、幼い子供にはわからない。
興味あることを楽しむ
だが、小学校のバレエ・クラブや町のバレエ教室は、専門的なバレエ学校とは異なる。レッスンの目標や厳しさに差があるのは当然だろう。プロのバレエダンサーになろうとバレエ教室に通う子供はそう多くはないはずだ。
福林小学校バレエ部に入っている2年生の黄思涵さんは、幼稚園年長組の時からバレエを習っている。バレエを始めたのは「きれいになりたい」「大きくなって太りたくないから」だと、あどけない様子で話す。同学年の何欣菱さんは「柔らか体になりたい」、呉婷儀さんは「バレエを踊るのは白鳥みたいにきれいだから」と言う。
だがバレエを始めてみて、子供たちは気づく。「きれいになる」には代償を払わなくてはならないと。「ポーズをとるのは痛い」と黄思涵さんは言う。それでも、福林小学校バレエ部の子供たちは皆、バレエの楽しさは体の痛みに勝るので、やめようと思ったことはないという。
親が子供をバレエ部に通わせるのも、「楽しく学べる」ことが理由だ。黄思涵さんのお母さんも「子供が楽しければそれでいい」と言う。
ほかに呉婷儀さんのお母さんは、楽しさだけでなく、体をよく動かし、汗を流すので、いい運動になると考える。
自己管理ができるように
一般に町のバレエ教室の練習は、学校のバレエ・クラブより厳しい。林秀偉舞踏花園児童バレエ教室の張佩雅先生は、バレエ教室にやってきた子供は最初がっかりするだろうという。「踊る際に体のラインがよく見えるよう、子供にはチュチュを着せませんから」
バレエにはあらゆるダンスの基礎が含まれるので、バレエを習ったことがあれば、後にモダンダンスなども上達しやすい。「以前はバレエ教室に来る子供の半数以上は、学校のダンス科に入ることを目指していましたが、今はそうとは限りません」と張先生は指摘する。バレエをレクリエーションやスポーツと考える親もいるが、張先生はそう考えないでほしいと言う。「バレエの道は厳しいです。親も子供も、専門的なダンスを習うつもりでレッスンに来るべきです」
教育的な観点で見れば、バレエを習うことで、子供は自分を管理する習慣が身につく。そして、こうした習慣は、あらゆる職業の基礎となる。
「生徒は皆、レッスン開始時間より早く来て、教室でウォーミングアップを始めていなければなりません。こうした決まりごとは、先生から一度言われれば守らなければならず、先生に二度言わせてはいけないのです」ダンス、とりわけバレエを習う子供は、確かにほかの子供より自己管理ができ、しかも自分に自信が持てる、と張先生は指摘する。
バレエ・ダンサーの男女比に差があるのは子供のバレエ教室でも同じで、男の子は非常に少ない。だが、お姫様にしろ王子様にしろ、或いは後にプロのダンサーになるかどうかに関わらず、初めてバレエシューズを履いた時の感覚は、誰でも一生忘れ難いものに違いない。
幼き白鳥さんたちが、小さな胸に夢を抱き、思いきり羽ばたけますように。