2.H1N1の毒性は?
新型インフルエンザはSARSとは違うと、感染症医学会の広報担当で、台湾大学小児科の李秉穎准教授は言う。
両者共に高熱、咳、呼吸困難などの症状を伴うが、2003年春に出現したSARS(重症急性呼吸器症候群)は、これまで見られなかったコロナウイルスによるもので、インフルエンザのウイルスとは関係ない。初めてのことで医学界でも識別できず、治療法も見当たらず、最初にSARSウイルスを培養したイタリア人医師カルロ・ウルバニは、この病気で命を落とした。SARSは22ヶ国に広がり、感染者数は多くはなかったが、患者の肺組織が繊維化してしまい、治療を難しくした。世界で229人が死亡し、致死率は7-15% と見られる。
今回のH1N1新型インフルエンザは、季節性のインフルエンザに比べると初期の致死率がやや高い(WHOの公表では0.45%、季節性で0.1%)ものの、典型的なインフルエンザである。その症状は高熱、倦怠感、筋肉痛、喉の痛み、咳、頭痛、下痢などで、普通によく知られた症状である。通常であれば患者は1週間程度で回復し、また3割程度の人は感染してもはっきりした症状が出ないままに治ってしまう。
新型インフルエンザは治療薬がある点でも、SARSとは違う。季節性のインフルエンザに使われるタミフルが新型インフルエンザにも効果があり、言い換えれば新型インフルエンザの構造はすでに把握されていて、量産可能な成熟した薬品が手元にあるということである。新しいワクチンが順調に生産できれば(国産のワクチンがすでに臨床試験中)、これをコントロールするのは難しいことではないのである。
3.簡易検査と薬の使用
SARSが、発熱しなければ感染しないのとは異なり、新型インフルエンザは感染力が強く、発病前1日から発病後7日間は感染力があり、しかも発熱せず、赤外線センサーにかからない患者が3割もある。したがって、新型インフルエンザの予防は、飛行場の水際防疫を諦め、一歩下がって地域での予防に力を入れるしかない。
現在、一般病院で使用されているのは1時間で結果が出る簡易検査で、喉や鼻腔から検体を採取しA型ウイルスの抗体を検出するものだが、60〜70%の精度に過ぎず、陰性の結果が出ても感染の可能性を否定できない。しかも陽性の結果が出ても、精密検査を行わなければ、感染したのがH1N1なのか、それとも今年の季節性インフルエンザH3N2か、あるいは鳥インフルエンザH5N1なのか確定できない。李秉穎准教授によると、疾病管制局の地域ウイルス観測の結果、今回のA型の87%がH1N1であるという。
新しいウイルスの流行に、誰もが神経質になり、重症化を避けるため、簡易検査で陽性の結果が出ると、医師は直ちにタミフルを使う。重症化してからでは間に合わないからである。
タミフルの作用はノイラミニダーゼ阻害で、インフルエンザのウイルスが体内で複製されて他の細胞に感染するのを妨ぎ、重症化を防いで治療過程を短縮するところにある。
李准教授によると、タミフルの在庫は十分なので(現在、総人口の18%分、30%分まで購入予定)、早めに投与するほうが安全かもしれないが、投与量が足りずに耐性ウイルスが出現すると(5日分の投与量を服用しないなど)、タミフル使用を考え直す必要があると言う。
臨床的に見ても、重症化を防ぐために感染から48時間が本当に鍵となるのか、そのときにタミフルを投与すべきなのか、まだ結論は出ていないのである。
医師組合の李明濱理事長は、インフルエンザ感染者のすべてにタミフルを投与すべきとは考えていない。症状の出ない3割は別にしても、すでに発熱し咳の出ている患者でも、投与を急ぐことはないというのである。毎年、秋冬のインフルエンザ流行のときでも、台湾の医師は軽症患者にタミフルを使用してはいなかった。
軽症患者が急激に増加していくときにタミフルを使用すると、患者は直ったと思うと薬を服用しなくなる。そこで体内に残存したウイルスにタミフル耐性が生じ、感染が続くと、それこそ医学界最大の悪夢となる。そうなったら、疾病管制局が心配するように、緊急体制をどれだけとっても間に合わないのである。
基本的にはタミフル使用に賛成の李准教授だが、季節性のインフルエンザは一日、二日で終るため、最初の48時間が鍵なのだが、新型インフルでは発熱が2週間近く続いて、状況は異なると違いを強調する。病状が悪化するようなら、発病から何日目かを問わず、タミフルを使用すべきである。
4.青壮年に多い理由
季節性インフルエンザが重症化するのは、多くが抵抗力の弱い65歳以上の高齢者(44%)であるのに対して、今回の新型インフルエンザで肺炎、心筋炎など重症の症例が出るのは青壮年と子供に多い。これがSARSのサイトカイン・ストーム(免疫システムが侵入者に過剰反応するもので、免疫力の強い若者に強く現れる)を思い起こさせ、不安の原因となっている。
李准教授は可能な説明の一つとして、スペイン風邪のウイルスが最後に出現した1957年以降は感染が見られないため、感染したことのある1957年以前に生れた3分の1の人にしか、このウイルスを識別できないという。これに対し、抗体のない50歳以下の人は、自ずとリスクが高まる。
また、今回のメキシコでの流行では死亡者が25〜45歳に集中し、台湾で入院した重症症例も25〜49歳の比率が高い(26%を占める)。これまでは夏休みで学童は家にいたため感染が広がらず、また青壮年の年齢層は活動力が高いため感染リスクも高いのだろうと、李准教授は推測する。
9月になり学校が始まると、児童の集団感染が広がり、衛生署は学級閉鎖の「325規定」(同じクラスで3日以内に2人感染したら5日間の学級閉鎖)を定めている。これは世界でも厳しい基準で、学校がきちんと守れば感染は広がらない。
5.ピークはいつか?
1918年のスペイン風邪大流行に関心のある人ならご存知のように、H1N1が最初に出現した1917年夏には余り注意されなかった。それが半年後に、世界的な大流行となったのである。同じように、夏に出現した2009年の新型インフルエンザは、いつピークを迎えるのだろうか。次の攻撃に向けて、潜伏中なのだろうか。
これに対して、医療体制が十分整っているので、早めに感染し早めに抗体をつけておくのも悪いことではないと言う人もいる。小児科外来が一杯になるのを見ると、新型インフルエンザはすでに相当の流行を見ており、ワクチン接種が始まれば、広がりを抑えられるだろう。
台湾の予防体制は?
不安と恐怖がH1N1と共に広がり、健康な人は感染を恐れ、感染すると重症化が心配になる。マスクとタミフルの品切れを恐れて買い込み、病院のベッド不足を心配し、感染を避けようと病気なのに病院に行かない人もいる。新型インフルエンザ不安症が夏の終りに蔓延し、流行する前から不安に打ちのめされている。
台湾社会の恐怖は、SARS体験から来ている。しかし、新型インフルエンザの前から、季節性インフルエンザの毎年の死亡者は4000人余りに達し、アメリカでも3万人前後が亡くなっているのである。各国が警戒を強める中で、その死亡率は季節性インフルエンザとそれほどの差異はなく、ワクチン接種が始まれば、さらに死亡率は下がっていくと思われる。
新型インフルエンザH1N1は、これまで例のなかった、治療法も分からないSARSとは違う。時間の経過と共に、そのうち季節性インフルエンザに収束していくだろうし、私たちにできるのは流行を最小限に食い止め、共存する方法を探すことである。
衛生教育や指導を実施すると共に、ワクチン接種が根本的な解決策である。台湾製のワクチンが11月中旬にはできてくるので、重症患者は大きく減ることだろう。
今回の流行をまとめると、この程度の大流行は防げないことであると楊志良衛生署長は話す。ビジネスマンでも、ブルーカラーでも、あるいは学生でも誰でも感染する可能性がある。新型インフルエンザは、最初に思われたほど恐ろしいものではなく、一般の人々も注意する必要はあるが、過度に不安になる必要はない。心身を健康に保っていれば、ウイルスに負けることはないのである。
新型インフルエンザワクチン接種の優先順位
- 医療・感染症対策関係者
- 妊婦
- 1-6歳の学齢前の子供
- 重大な疾病を持つ者(7歳以上)
- 小学生(7-12歳)
- 中学生(13-15歳)
- 高校生(16-18歳)
- 19-24歳
- 過度の肥満者(BMI値35以上)
- 25歳以上で、糖尿病、肝臓、腎臓、心肺血管などの疾病がある者
- 25-49歳の健康な成人
- 50-64歳の健康な成人
- 65歳以上の高齢者
資料:中央流行疫情指揮センター