隠地は昔ながらの出版人だ。作家と社員を大切にする。「経営が難しくとも爾雅は続けますよ。7人の社員を抱えていますから、社長として社員の暮らしも考えないと」おそらく、この義の厚さが爾雅に幸運を呼んできたのだろう。
白先勇の『Nieh-Tzu げっし(孽子)』は他の出版社も興味を示していた。白先勇は「先にあっちに約束していたから」と隠地に詫び、その代り『台北人』を任せる、と言ってくれた。30年たってみると『台北人』の方がよく売れた。「争うことはない」というのが隠地の経験だ。
余秋雨の『文化苦旅』と『山居筆記』も爾雅が出して人気が出た。後に彼の著作は各社から出されるが、余秋雨は隠地への恩を忘れず、後に随筆集『新文化苦旅』を爾雅から出した。余秋雨が「自分の机の上に置くのは『新文化苦旅』だ」と言ってくれたと、隠地は喜ぶ。
規模では大型出版に敵わないが、作者自身が残したいと思ってくれる本を出す。これは損得勘定とは別の話だ。「去る者は追わず、来る者には心を込めて本を作ります」
柯青華の本名を持つ隠地は、若き日は映画界に入ることを夢見たが、結局、より惹かれる文学出版の道を選んだ。ペンネームの隠地は、「影帝(映画スターの意。発音が「隠地」に似る)」から来ている。映画界で成すことのなかった偉業を出版界でやり遂げ、隠地は爾雅を残した。
『光華』の内容はおもしろく客観的で、大切な刊行物です。記事のすばらしさだけでなく、「文摘(ダイジェスト)」のページも大きな特色になっています。台湾の多くの作家の文章がこのページで紹介され、海外の読者の目に入ります。こうして台湾の作家が海外にも知られるようになります。『光華』のさらなる前進を祈ります。
――隠地
(下)かつて台湾文学出版界の「五小」と呼ばれた面々。前列右から、爾雅出版の隠地、純文学出版の林海音、大地出版の姚宣瑛、九歌出版の蔡文甫、そして後列の一番左が洪範出版の葉歩栄。