言葉は生きており、変化するもの
台湾を代表する「本土作家」、黄春明の筆からは、各種各様の台湾人の姿や、たくましい庶民の生き様が生まれてきた。ただし彼は、台湾語で作品を書くことを良いこととは考えない。「台湾語で書いても理解できる人は多くない。小説は読者とのコミュニケーションだから、多数がわかる言葉で書かないと」それに、言語は生きており、時代や環境とともに変化する。台湾で使われている現代中国語にも、多くの新語が生まれており、その時代や環境で暮らしていないと、理解できない言葉は多い。「言葉はめまぐるしく変化するのに、自分の言葉を何かで束縛する必要はない。台湾の作家は中国語で創作してはいけないなんて、おかしいし、腹立たしい言い草だよ」彼のこの発言から、2011年のあの「事件」を思い出す人は多いはずだ。
2011年5月、黄春明は台南で行われた「百年小説」シンポジウムに招かれ、「台湾語による執筆と教育について」という題で講演をし、「台湾語の表記法はまだ統一されておらず、教える側、学ぶ側双方にとって困惑をもたらしている」と語った。すると会場にいた、成功大学台湾文学科の蒋為文・助教授(当時)が、「台湾の作家が台湾語を用いず、中国語で創作するのは恥だ」と大書した紙を掲げたのである。かっとなった黄春明が舞台を下りて蒋為文にくってかかる騒ぎになった。後に蒋は侮辱罪で訴えを起こし、「黄春明を支持しよう」というサイトも生まれるなど、事件はメディアをにぎわした。前科の記録を残すことになったこの事件について、今でも黄春明は不満を抑えられない。他者への尊重を知らない社会になりつつあることに痛みと焦りを覚えるという。
「家族がばらばらになり、社会的価値観が崩れようとしている。かつては家族とともにさまざまなことをし、その中で受け継がれてきた価値観が。家族全員で食卓を囲むこと自体あまりないなんて、こんな社会は異常だよ」黄春明が児童劇団や郷土言語雑誌を運営するのは、子供たちに「人生の支えとなるもの」を与えることができれば、と思うからだ。
「僕は農夫のようなものだよ。コメを作って人に食べてもらう。誰が食べているのかは知らないけれど、3日間腹をすかせた後、急にご飯にありつければ、その人は生きていけるんだ」この「農夫」が一日も早く健康を回復し、彼の美味しいコメを多くの人が楽しめる日が待ち遠しい。
『放生』は黄春明の老人シリーズの短編小説を集めた作品だ。物語を通して、台湾の高齢者への思いやりが伝わってくる。(聯合文学出版社提供)
『海を見つめる日』は黄春明の最も有名な作品の一つ。娼婦・白梅の物語である。黄春明が電器屋で働いていた頃、しばしば白梅のいる売春宿へ修理に行っていて白梅から身の上話を聞くこととなり、それを小説にした。(聯合文学出版社提供)
『愛吃糖的皇帝(飴の好きな皇帝)』は黄春明のちぎり絵を用いた児童文学。戦国時代の楚の忠臣で詩人の屈原と愚かな楚王の物語に手を加え、諫言と讒言を巧妙に塩と飴に喩えた。飴の好きな皇帝は結局国土を失い、真の愛国の忠臣をも失ってしまう。(聯合文学出版社提供)
黄春明は小説だけでなく絵画にも才能を発揮し、自分の作品の表紙は自ら描いた水彩画や油絵、ちぎり絵などで飾っている。イラスト入りの作品はユーモラスで楽しく、警世の意味も込められている。このちぎり絵は、黄春明が化学療法の合間に作ったもの。(黄春明)
黄春明は小説だけでなく絵画にも才能を発揮し、自分の作品の表紙は自ら描いた水彩画や油絵、ちぎり絵などで飾っている。イラスト入りの作品はユーモラスで楽しく、警世の意味も込められている。このちぎり絵は、黄春明が化学療法の合間に作ったもの。(黄春明)
ちぎり絵の作品『小麻雀・稲草人』はスズメとかかしの関係を物語る児童文学で、伝統的な観点を覆す内容が非常におもしろい。(聯合文学出版社提供)
黄春明は『小麻雀・稲草人』を児童劇「かかしと小さなスズメ」に改編し、自ら演出も手掛ける。黄大魚児童劇団が幾度も舞台で上演している。(黄大魚劇団提供)