造影剤による死亡事故
患者にとって医療サービスは「中間商品」に過ぎず、最終目標ではない。その最終目標である健康に至るまで、患者は医療を求め続ける。そんな健康への渇望にねらいを定め、自費でより良い医療を受けるよう病院は勧める。事実、台湾では近年自費医療が増える傾向にある。
10月初めに医療改革基金会が発表した調査結果によれば、46%を超える人が、診察料と部分負担費のほかに自費でその他の費用を払っているという。
また、健保局がネットで公開した資料では、病院が患者に自費支払いを求める項目のうちトップは「大量点滴注射」となっている。ほかに、一般医療消耗材(使い捨ての耳式体温計カバー、浣腸器、尿導管、排液バッグ等)、自己調節鎮痛法、高気圧酸素治療、PETスキャナーなどが上がっている。(「不可不知的100%自費陥阱;」を参照)。
自費項目の大部分は、より良いサービスを上乗せしたに過ぎない。だが、ある特殊な状況の下ではこの差が生死を決めるかもしれない。良い例の一つが造影剤だ。
ここ数年、健保検査のトップであり続け、「全身くまなく見える」とされるPETスキャンでは造影剤を注射する。だが保険給付されるのは従来からあるイオン性造影剤で、これは吐き気やアレルギーなどのリスクがある(4〜12%の可能性)。
そのため腎臓機能不全、主要器官衰弱、多発性骨髄腫、75歳以上と3歳以下の患者などの9項にあてはまる場合は、非イオン性造影剤が健保で全額給付される。ただ、これは条件付きで、受検者延べ人数の10%を超えてはいけないとされた。病院はこれを理由に、患者に自費での非イオン性造影剤(1500元)使用を勧め、その差額が懐に入ることになる。
腎機能がおもわしくない80歳の林さんも、自費での非イオン性造影剤使用を求められたが経済的余裕がなかったため、仕方なくリスク承知で従来の造影剤を用いた。そしてアレルギーを起こし亡くなってしまった。
造影剤による不幸な死亡事故が起こった後の昨年末、衛生署は10%の制限を廃止し、上述の9項目のうち1項目にでも該当すれば保険が給付されることになり、病院も騙したり拒否することはできなくなった。
自費か否かで悩む
高価な新型抗癌剤も自費か否かに関る問題だ。果たして試してみる価値があるのかと、患者や家族は真剣に悩む。
健保局医審及薬材係の沈茂庭・係長はこう指摘する。現在癌治療では自費薬が使われることが多い。個人に合わせて配合する分子標的治療薬などがそれだ。乳癌患者用のハーセプチンの場合、患者の薬代は1年80万元ほどにもなる。ところが、これら高価な新型薬剤はどれも死亡時期を延ばすだけで(数週間しか延びない場合もある)、治療効果はない。そのため健保給付の対象になっていない。
自費薬剤にはほかに「適用外使用薬」がある。例えば腸癌には治療可能な薬がないとされ、乳癌の治療薬などが使われることがある。効果があるかは「運まかせ」なので、これも健保給付ではなく100%自費だ。
また、生死に関わらずとも患者に忍耐を強いる場合がある。鎮痛剤がその良い例だ。手術の経験がある人ならわかるが、術後の傷口の痛みは耐え難い。だが自己調節鎮痛法の登場のおかげで患者は痛めばボタンを押せばよくなった。ただし、これも治療内容によって3000〜7000元が自費だ。
ある産婦は帝王切開の後、疲れ果て朦朧としながら自己調節法で鎮痛剤を使いきり、その後それが全額自費であることを知らされた。人工膝関節手術をした70歳の女性は、看護士が自己調節鎮痛剤を運んできても、費用を考えて歯を食いしばり痛みに耐えたという。
自己調節鎮痛法は唯一の方法ではない。口服鎮痛剤と注射剤は健保給付対象なのに、病院が何かと口実をつけて充分な量を提供しないだけなのだ。
陳美霞教授は一昨年、痔の治療をする際に手術は2種類あると医師に言われた。健保給付の「切除後縫合」と自費の「環状切除」だ。前者は痛みがより強く、回復に長くかかる(約3週間)。後者は痛みも少なく速く回復する(約1週間)代わりに2万元かかる。陳教授は時間と痛みの少ない方を即座に選んだ。だが後に彼女がネットで調べると、従来の縫合方式の方が確実で、異物が体内に残る心配もないと書いている医師があり、自分の選択が正しかったのか考え込むことになった。
病につけこむ?
自費治療の方がいいと「そそのかす」だけでなく、自費項目を勝手に作る病院もある。
全国25県市を対象に医改会が行なった調査によれば、病院が「病につけこむ」方法には、従来なら無料サービスだった項目を商品化したり、富裕層を対象にした特権的項目がある。例えば、カルテを見たければカルテ開示料100元、外来で医師を指定すれば250〜1000元、手術医の指定は1〜3万元、外来定数を超えて診察を受ければ200元、リハビリ・プログラム予約は200元、診断時間超過15分500元、健保給付ベッドから自費ベッドに移れば「転床費」300〜1000元、予約番号より早く診断を受ければ150元、錠剤を粉状にするには100元、といった項目だ。しかも医改会の調査によると、上述最後の3項目は各県市衛生局で徴収が禁止されている。
カルテCDコピー代など、許可されていない項目もある。しかもCD1枚に200元取る病院もあれば1000元の所もあり、5倍の差がある。カルテ開示料は18の県市で徴収禁止、4県市で徴収を勧めないとされ、医師指定料は17県市で徴収禁止、5県市で徴収が許可されている。
これでは病のほかに、病院で新たな災難が降りかからぬよう、患者は祈るしかない。
医療の極限
商品化の進む医療市場では次々と新たな商品が生み出される。だが、医療には限りがあるのに、医療体制が果てなくより良いものを求めるのは、正しいことなのだろうか。
江東亮教授によれば、この100年で台湾人の平均寿命は50歳も延び(30歳から80歳に)、経済以外に台湾が成し遂げたもう一つの奇跡と言える。だが今や医療効果の進歩は歩みを緩めている。現在、年間12万人の死亡者のうちの多くが「天寿をまっとうした」人で、より良い医療で救えるのは2割に満たない。
つまり、すでに限界に達しつつある医療は、生活の質を向上させることはできても、寿命延長では限界が見えてきたということだ。「医療が人手を増やし健保の支出が増えても、人々が長く生きられるという可能性は見えません」と江教授は言う。
教授はこう訴える。少数の富裕層がさまざまな治療を試しても命を延ばせないのなら、その資源を医療の格差の是正に回した方がいい。また、禁煙や禁酒、体重減量プログラムなどの推進、覚醒剤の危険性の教育や健康相談ネットの整備など、病を根本から断つ政策に用いた方が大きな効果を上げ得ると。
「台湾の医療支出は年8000億元にも達し、そのうち92%は末端医療に使われ、予防対策の支出は3%に過ぎません」と陳教授も本末転倒を嘆く。
健康での平等を求めるには、医療商品化という果てのない道を歩むのをやめ、資源の有効配分を真剣に考えねばならない。医療という川の川下で溺れている人を助けるよりは、川上で流れに身を投げようとする人を止めた方がいい。そういうことなのではないだろうか。