「台北を撮る」ことが、都市のスタイルにつながる。映画制作への友好的な協力の裏に、達成される効果は都市のプロモーションを遥かに超え、台湾映画産業のアップグレードに期待が集まる。台湾が国際的共同制作におけるアジアの中心になり、映画文化が台湾人の肩に負う自信と栄誉になることが望まれる。その目標に向けて、台北市映画委員会の「台北で撮影し、世界に目を向ける」取り組みが、第八芸術としての映画にエネルギーを注いでいる。
4月末、台湾映画『紅衣小女孩』制作陣が台北市北投区文化三路わきで撮影する。新進気鋭の監督・程偉豪が俳優の黄河、ティファニー・シュー、張国舟らを引き連れて、北投署の警官の支援の下、2晩かかけてパトカーのあるシーンを撮り終えた。北投撮影所のセット撮影は2ヶ月を超えている。同じ時間、撮影所の別のエリアでは映画『沈黙』のスタッフがサポートセンターを設置し、近々付近で撮影が始まる夜のシーンの準備のためにスタッフが打ち合わせをしている。
数日後、クレーン2台で超大型照明機材を吊るし、マーティン・スコセッシ監督と主演のアンドリュー・ガーフィールド(映画『アメイジング・スパイダーマン』主演)が現場入りして、5日連続のナイトシーン撮影が始まった。北投秀山路の坂道のロケ地は、2年前に計画が動き出し、関係当局は数十回は下らない会議を重ねてきた。さらにスコセッシ監督がこの場所の使用を決める前から、撮影に提供するための準備をしていた。撮影協力を担当する台北市映画委員会(台北映画委)は、制作チームの誘致に全力を尽くしたと言える。
専門的な撮影協力で信用蓄積
台北市映画委員会総監・饒紫娟によると、準備段階のロケーション・ハンティング、関係当局とのリソース調整、申請、道路・橋梁封鎖など、あらゆる細かい撮影協力作業があるという。撮影協力が最も多い台北映画委は経験豊富だが、スコセッシ監督を台湾に誘致するには、アン・リー監督の推薦だけでなく、台湾なら専門のチームが様々な支援を提供できることが最大の決め手になった。スタッフを大勢台湾に移動せずに済むから、コストとサポート面で効率が高い。
「誘致が決まる前、スコセッシ監督はアジアの都市を数多く検討していました。もちろん日本もです。『沈黙』は日本の小説が元になっているからです。しかし監督は最終的に台湾を選び、随行スタッフ68人だけで、後は台湾現地のチームが協力することになりました」と饒紫娟が説明する。スコセッシ監督が台北を信頼していることの現われだが、それが台湾映画人の自信にもつながり、同時に、台湾の強みがあまり認識されていないことに気づくきっかけにもなった。
『沈黙』は台湾での撮影期間中、常態的なスタッフ約350人、エキストラ3000人以上を雇用し、台湾での総支出は4億元を超えた。さらに台湾の映像産業の成長と発展を実質的に促進した。スコセッシ監督は台湾の映画制作チームの気さくさと専門性の高さと、多彩多様な地形を絶賛した。もちろん台湾の食を堪能したことは言うまでもない。「毎日満腹でした」と監督は笑う。
歩いた後には足跡が残る。専門的な経験が継承されるように、台北市文化局と映画委員会は『沈黙』の撮影監督(アカデミー賞受賞3回)と美術監督(アカデミー賞受賞4回)とプロデューサーを台湾に招聘し、年末に開催される「台北映画アカデミー」で講演してもらい、国内の映像産業にハリウッドの最新技術を学ぶ機会を提供する計画である。饒紫娟はいう。「文化と技術が結集してこそ映画産業のアップグレードが可能になります。経済力の成長が伴えば産業も活性化します。こうした撮影協力は、台湾の映像産業に真に良い影響を与えます」道路や橋を封鎖ばかりしてはいられない。映画産業は外資を誘致し、SFXやグラフィック技術の進歩を基盤に、映画に期待される効果を精確に達成しなければならないという。
撮影協力 大作の再来に期待
2013年に台北で撮影した外国映画は56作品だった。昨年は92に増えた。今年クランクアップしたばかりの『沈黙』は、フランスのリュック・ベッソン監督の『ルーシー』、イギリスのモーガン・マシューズ監督の『X+Y』、日本の三池崇史監督の『藁の楯』に続いて、台北映画委が制作協力する最大規模の国際共同制作映画であり、ハリウッド制作スタイルとの初の本格的な共同制作になる。職員が8人しかいない撮影協力係にとっては大変なチャレンジである。特にロケハン期間は秘密保持の原則から少人数で業務を処理しなければならない。スコセッシ側はロケハンだけで4回来訪し、撮影箇所は陽明山、九份、花蓮、台中などにわたった。最初はすべて台北映画委が折衝し、後に各地行政機関が引き継いだ。
台北映画委撮影協力係のプロデュースマネージャー謝慧雯は、2013年末に『ルーシー』の台北機廠(鉄道工場)ロケを手配していた。残しておける古い機関車の車軸と設備配置を、撮影チームに大至急一つ一つ写真を撮って返信する。同じ時にジョン・ウー監督の『太平輪The Crossing』が、陽明山の小油坑にセットを組んで撮影していた。国立公園の環境と生態保護法令に関わるため、建築物の材質と工法について調整を行い、関係者の要求を満たさねばならない。折から12月の東北季節風が吹く雨の中、スクーターで陽明山と台北市中心部とを何度も往復した。同時に2作品の撮影協力に奔走した経験は忘れがたい。
それから間もない2014年の春節2日、マーティン・スコセッシが自ら訪台し、スタッフを率いて北投にロケハンに向かい、謝慧雯は最初から最後まで随行した。「同僚のバックアップがあっても、海外の大型案件が続けて入ってくると、情報が漏れて協力に影響するのを防ぐためには『沈黙』を保って何も口外できません。家族や友達が私が休みもなく忙しくしているのを見て興味津々でも、何も言えないのです」
2つの撮影クルーは互いに1km以内の距離にあり、1つは台湾映画、もう1つは世界的な著名チームが、それぞれロケーションを決めて撮影している。こうした状況は台湾、特に台北ではよくある。台北映画委の統計によると、2013年の撮影協力は計477作、2014年は577作、2015年は現時点で223作に上り、年内に600作を突破すると予測される。これだけの数を撮影協力職員8人で担当すると、1人当り10件、8件といった具合に同時進行することになる。膨大な業務量は、台北ロケの需要が年々増加している事実を示している。
2年前、ベッソン監督が台北に『ルーシー』のロケに来たとき、美しい街が撮影しやすいとは限らないと言った。ニューヨークは美しいが、撮影のアングルが見つけにくいのに対し、台北はカメラ映りのいい街だという。「台北の人はこれまで会った中で最もフレンドリーで、スタッフをよくサポートしてくれます。多様な実景を撮影しましたが、街の建物も、森も山も、海も浜辺も、すべて半径100km以内にあります。いちばん重要なのは、政府が信頼できることです」
ベッソン監督の言葉は、海外チームが「台北を撮り」に来る最大の理由である。官民のサポートで、ベッソンが台湾に連れてきたスタッフはわずか35人である。台湾での制作クルー構成は約150人の常態的なワークグループで、雇用したエキストラは600人を超えた。台北で何の不安もなく撮影ができると全面的な信頼を寄せていた。
アン・リー監督は、台湾映画の強みは優秀な人材と発想の自由だという。スコセッシ監督に台湾でのロケを勧め、台北映画委もこれを機に要望を出し、台湾チームと一定の協力を行うよう求めた。映画を学ぶ人に視野を広める機会を与えたに等しい。委員会は周到である。
アジアの主要都市はハリウッド映画の撮影誘致に取り組んでいる。各国ともそれぞれ優遇条件を打ち出し、韓国、日本が特に積極的だ。日本は訪問団を組織してニューヨークに出向き、制作チームに自国の強みをプレゼンテーションするほどである。『ルーシー』の場合、同時期にアジア8都市からロケ地提供の申し出があり、最終的に台湾が誘致に成功した。
饒紫娟によると「撮影協力の意義は単にロケ撮影をするだけではありません。ソフトパワーをプロモートし、全世界の観客に作品の中で台北を、台湾を見てもらうことにあります。それこそ『沈黙』を誘致した理由です。『沈黙』との協力が私たちの誇りを高めました。これまでの『ライフ・オブ・パイ』『ルーシー』といった大作は、経済成長のチャンスを伴い、私たちの街を力強く育て、映像産業に携わる人の経験値を増大させました。今後、国際撮影チームを誘致するに当って大きな力となります」撮影協力職員の情熱が台湾映画を前進させている。だが産業の確立には、もっと実力が必要である。どうしたらいいのか。ニュージーランドの成功例が参考になるかもしれない。
世界は入って来る 台湾は出て行こう
映画『ロード・オブ・ザ・リング』三部作と『ホビット』シリーズを見た観客は「中つ国」の壮大な美しさが忘れられないだろう。ロケ地のニュージーランドは同シリーズで話題になり、世界に向けて国をプロモーションし、国際的映画制作のエネルギーへと転換していった。
1978年に「ニュージーランド映画振興委員会」が設立され、資金調達を行い、サポート、インセンティブ、ニュージーランド映画振興を進め、産業の基礎を固めた。
ピーター・ジャクソン監督が『ロード・オブ・ザ・リング』三部作を撮影する際、同シリーズの撮影とポストプロダクションをニュージーランドで完了できるようになっていた。ジャクソン監督が設立したWETAデジタル社は、ニュージーランドの映画産業の向上につながり、その後多くのハリウッド映画にポスプロ技術を提供することになる。『ハンガー・ゲーム2/キャッチング・ファイア』『アベンジャーズ』『プロメテウス』『タンタンの冒険』といった作品が、ニュージーランドでのポスプロを選んでいる。撮影協力により地元の映画産業が発展した最良の事例である。
映像産業を取り巻く環境の外に身を置くことはできない。台湾の映画産業が成長するには、脚本から撮影、ポスプロ、マーケティング、プロモーションにいたるまで、一貫した産業の育成には補完策が要る。良好な投資が産業強化の鍵になる。『沈黙』には台湾の資金が注入された。キャッチプレイ社による投資と配給で、より多くの国際的映画作品の台湾での撮影制作を呼び込みたい考えである。饒紫娟はこう話す。「よい作品があることがいちばん重要ですが、産業には生産量も必要です。国際映画祭の記録も無視できず、文芸作品への投資には意味があります。台北映画委は近年、国際映画祭と見本市に積極的に参加し、映像交流実施や提携、国際映画組織への加入に努め、実質的な協力関係を確立しています。台湾作品を国際的に可視化することが目的です」
最初の盟友であるイル・ド・フランス映画委員会を皮切りに、台北映画委は欧州キャピタルリージョンズ・フォー・シネマとの正式な交流を開始し、各国の映画委員会とアライアンスを結んだ。その後はヴェネツィア映画祭、ベルリン映画祭、釜山映画祭、そして映画人が最も重視するカンヌ映画祭に参加している。受動から能動へと転換し、カンヌ受賞監督と共同による「台北ファクトリー」創作計画など、国際的映像チームと台湾の協力の足跡が窺える。2015年には台湾を代表してカンヌ国際映画祭コンペティション部門にノミネートされた『黒衣の刺客』で、侯孝賢が監督賞を受賞し、林強が采配を振るった音楽も最優秀サントラ賞を受賞した。国際映画祭での記録は台湾映画界の誇りである。台湾映画が世界に飛び立ち、産業としての影響力を増すには、国際的制作チームを誘致するだけでなく、台湾映画を世界に発信しなければならない。
高雄を撮る 産業育成の一貫化
首都台北が撮影協力に取り組むなか、影像撮影協力のもう一つの線が高雄にある。高雄市は当時、映像作品がロケ撮影に南下するのを諸手を挙げて歓迎し、都市プロモーションの顕著な効果を生み出した。近年の方針は台北映画委の期待と同じく、産業育成の強化である。
高雄影視発展及び撮影支援センターの科長・涂瑞霖は「営業面ではこの2年、撮影協力の数は減っていますが、市は別の面に着手しています。それは脚本からの投資です」という。優れた脚本が少ないことから、高雄は脚本から育成し、高雄の物語をより多く発掘したいと願う。
涂瑞霖によると、台湾の物語は多様性があるべきで、アーティスト・イン・レジデンスのコンセプトでクリエイティビティを根源から育成すれば、よい脚本がみつからないという心配はなくなる。インセンティブと育成を並行して進めつつ、高雄市はすでに4回にわたり台湾華語脚本レジデンス計画を実施し、脚本創作を奨励している。これまでに助成を受けた企画は金馬創投(フィルム・TVフィルム・プロジェクト・プロモーション)や長編助成金の対象に選ばれている。
「高雄は将来、影像産業の川上・川中・川下から一貫したプランを作りたいと考えています」影像制作会社は台北に集中するが、高雄には、ポスプロSFX会社を呼び込み、産業を根付かせる野心がある。
この2年では、東京からモーションキャプチャスタジオ規模で世界トップ3のクレッセント社が、初の海外子会社を高雄に設立している。台湾では『KANO』『大稲埕』などのビジュアルSFXを手がけたホワイトラビット・アニメーション社が会社本部を駁二特区に設けた。『ブラック&ホワイト』の制作チームPrajnaの影像運営拠点も高雄に進出して随分経つ。蔡岳勲監督は映画『ブラック&ホワイト』撮影期間の千坪のスタジオとセットを高雄に残し、6000万元を投じて台湾初・映画がテーマの「ブラック&ホワイト/タイムフリーズ記念パーク」にした。ユニバーサルスタジオをモデルに、アトラクションを通じて多くの人に映画のリアルな世界に踏み込んでほしいと願う。
リュック・ベッソン監督は、台北はカメラ映りの良い都市で、信頼できる撮影環境が整っていると述べた。(映画『ルーシー』撮影の様子/UIP提供)
日本では映画撮影の申請手続きが煩雑で容易ではないため、日本の映画『藁の楯』も台湾の高速鉄道(新幹線)を背景に撮影した。
国際映画祭での受賞記録は台湾の映画産業のグレードアップに有利となる。写真は、今年カンヌ映画祭で監督賞とサウンドトラック賞を受賞した侯孝賢監督の『黒衣の刺客』。(スポット・フィルム提供)
アン・リー監督は、台湾映画の優位性は人材と自由な発想にあると述べている。写真は『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』の木柵動物園でのロケハンの模様。
高い興行成績をあげた『モンガに散る』は、ロケ地である万華剥皮寮の古い町並みに新たなビジネスチャンスをもたらした。写真は同作品のロケの様子。水源快速道路を封鎖して撮影した。
ジョン・ウー監督の作品『太平輪 The Crossing』は台北市の陽明山でロケを行ない、台北市映画委員会が全面的にサポートした。
第一回「台北を描こう」脚本コンクールで一等を受賞した『南方小羊牧場』は侯孝賢が監督し、2012年に上映された。写真は台北市映画委員会の協力で、台北市南陽街を封鎖して行なわれた撮影の様子。
映画のロケ地になれば都市マーケティングとなるだけでなく、映像産業の育成にも有利になる。写真は王童監督の作品『風中家族』、高雄港でのロケの様子。(高雄市影視発展および撮影支援センター提供)
蔡岳勲監督の映画『ブラック&ホワイト』のセットはそのままテーマパークとして保存されており、市民が映画の世界に親しめるようになっている。(Prajna Works提供)