絵を見て物語る
もう一つの学派の学者によると、アートセラピーは芸術を通した心理療法ということになる。この学派においては、芸術創作の過程は治療の一部に過ぎず、より重要なのはその作品の解釈で、作品に現れる象徴的な記号から患者の心理を探っていくことだと考える。
ダンス療法を例に取ると、同じような動作をさせてもある人はロボットのように動き、筋肉が張り詰めていて、暴力的な傾向を強く見せる。また軽くひらひらと重量感を感じさせない人もいて、それが現在の心理状態を反映しているのである。絵画療法では、線の構成やタッチの質感、図柄の空間構成などから、その人の心に潜む声にならない言葉が聞えてくる。
そこでアートセラピーでは精神病患者の臨床心理であっても、一般の人のカウンセリングであっても、芸術と心理学の両方のジャンルに通じていなければならない。心理治療の基礎訓練の上に、患者の時々における状況を評価し、そこから適切な媒介手段を選択し、テーマと活動を設定すると共に、話を聞くべき時、深く関るべき時、そして止めるべき時を理解するのである。
「流動性のある絵具は積極的で発散できるエネルギーを持ち、絵を切ったり抉ったりする時にも何らかの目的があります」と陸教授は例を挙げる。患者に粘土を与えたとき、それを投げつけるのか、刺すのか、それとも捏ねるのか。そして力の入れ方まで、療法士はその状況を判断しながら治療方法を変える手がかりとする。美術教室と違うのは、美術の先生であれば素材とデザインの課程を把握していればいいのだが、その過程を通して判断するには、アートセラピーの専門的知識がなければできないのであると、陸教授は説明を続ける。
日本の国立大学の大学院音楽学科を卒業した音楽療法士の徐麗麗さんは、音楽教育を専攻していた。音楽を患者との媒介に使うには、その音楽を患者が受け入れられなければならないと、彼女のカバンには数多くのテープが入っている。クラシック、ソウル、中国語のスタンダードから日本のポップス、台湾の民謡まですべて揃っている。
中国語のスタンダード「不了情」は中高年の思い出をかきたて、心に深くしまいこんだ悔いを呼び起す。ある中高年の女性は、病院でしばしばため息をつきながら「親孝行はしておくものですよ」と人に勧める。そこで徐麗麗さんは、親子の情を歌った音楽を聞かせてみた。そのうち不了情になると、彼女は最初は口ずさんでいたが、次第に涙を流し、心の奥の思いを打ち明け始めたのである。それによると、若い頃に家族の反対を押切って夫と駆落ちし、それ以来、家族との連絡を絶ちきってしまったという。それが母となり祖母となってみると、母への申し訳ないという思いが募ってきた。患者の思いを知ってから、徐さんは音楽の中で亡くなった母親に話しかけるように勧めた。こうして少女時代に戻った彼女は、母が自分を許していたのだと感じるようになったという。
幾重もの意識の層を潜り抜け、心の核心へと進む。夢の世界を訪ねることで、盛正徳は潜在意識の中の暗く深い心の世界へと入っていく。