媽祖信仰が生むユートピア
数十年にわたって祭りの写真を撮ってきた経験から、陳逸宏は昨年、写真と散文をまとめた『朝聖台湾-焼王船、迎媽祖,一位撮影記者的三十年祭典行脚(あるカメラマンの30年にわたる祭典行脚)』を上梓した。媽祖と王爺の祭典を記録した300枚を超える写真が収められている。媽祖と王爺は彼にとって欠かすことのできない重要な信仰だ。王爺は彼の故郷の信仰であり、媽祖との縁は1990年から始まった。大学で写真部に入った彼は、李坤山先生に連れられて、初めて大甲媽祖の巡行活動に参加したのである。
その時、彼は当時気に入っていたモノクロフィルムで祭りを記録した。神輿が廟から出てくる時の廟前の盛況ぶりや、巡行の沿道の人々がありがたく媽祖様を拝む表情、そして隊列の先頭で道を開く農業用車両、神楽を演じる人々が疲れ切って神様の足元で仮眠をとる姿などをとらえた。
彼にとって最も印象深かったのは、隊列に参加する人々に、沿道で熱心に食べ物や飲み物を提供する住民の姿だ。沿道に食べ物を並べた老婦人が、お腹を空かせないようにと、彼のリュックにも食べ物を押し込んでくれたという。また、徒歩での随行に疲れてトラックの荷台や、民家の軒下に敷いた蓆に横になる人もいる。「カメラを背負って道端で眠っても、盗まれる心配もありませんでした」と言う。このような情景は、社会学科に学ぶ陳逸宏にとってまさにユートピアだった。
その後も何回か大甲媽祖の巡行に参加した陳逸宏は、2006年に演劇の王栄裕監督に密着して写真を撮っていた関係で、白沙屯媽祖とも縁を結ぶこととなる。
写真は、東港の迎王平安祭典。男児が五毒大神に扮して練り歩き、人々がひざまずいて迎える様子。