山村に漂うコーヒーの香り
コーヒーの前途が見えない山村で、彼は情熱だけを頼りに自分で販売することを決意した。そして1984年に地母廟の隣りに喫茶店「巴登」を開いたのである。
「十数年前、山の中に喫茶店を開くというのは、モンゴルの草原に開くのと同じでした。周囲に民家は数軒しかなく、1日に2杯も売れれば上々でした」と苦笑する。
客の来ない日が続いた。だが、張さんは宣伝もせず、内装に凝ることもないまま、飲んだ人が味の良さを知ってくれればいいと思って続けてきた。古坑コーヒーは、砂糖を入れずに飲むと口の中に自然の甘さとコクと香りが広がる。
1985年、張莱恩さんの苦労が少し実った。焙煎した豆が台湾全台食品評鑑会で金賞を受賞し、翌年には政府から十大優秀農家の一人に選ばれたのである。
彼はコーヒーの苗を育て、有機肥料で育て、実を採集して皮を取り、乾燥させて焙煎してきた。こうして入れたコーヒーが高い香りを放てば、それだけで苦労は報われた。彼は台湾で初めてコーヒー産業の川上(コーヒー栽培)から加工(焙煎)、そして川下(販売)までのすべてを一人で行なった「達人」と言えるだろう。
小さな店で売り始めた1杯200元の巴登コーヒーだが、国際ブランドとの競争は恐れていない。少しずつ忠実な顧客が増え、マスコミも「雲林コーヒー」や「台湾コーヒー」を競って紹介してきた。そして95年、巴登コーヒーは小さな山村を飛び出し、台北や新竹、台中、高雄などに10支店を設け、年間生産量2万キロ、従業員数100人の企業へと成長したのである。
「8年の抗日戦争と言いますが、私の苦労は18年も夫を待ち続けた王宝釧に相当します」彼の人生は、苦味の後に甘みが来るコーヒーに似ている。