台湾東部海岸、花蓮県の鯉魚山のふもとに、12ヘクタールの「伍佰戸有機農場」はある。以前は台湾糖業公司が所有するサトウキビ畑の一部だったが、2001年に生産停止となり、土地が貸し出された。林珮汝夫婦と友人は、その肥沃な土地を一目見て気に入った。

林珮汝は、サトウキビの最後の収穫が終わった区域から次々と賃貸契約を結んでいき、最後には合計30ヘクタール近くに及んだ。将来を見据え、1000万元余りの資金を投じて設備を整えたが、農業は想像したほど簡単ではなかった。林珮汝は「農作は時、地、気候によって調整が必要で、学ぶべきことがまだまだありました」と言う。1年目は900万元余りの損失、共同経営者だった友人は手を引いてしまった。

収穫の終わり切らぬうちに台湾糖業との契約更新時期になった。林珮汝は注いだ心血を無駄にしたくないと、リスクを覚悟で契約を続けた。

母と娘が手を取り合って有機農業に取り組む。

有機栽培で土地を修復

農場を始める前、林珮汝は専業主婦で、子供の世話をしながら、夫の高山野菜事業の事務を手伝うぐらいで、農作業には詳しくなかった。

彼女はこう笑う。農場をやる前は優雅な日々を送っていた。子供を学校に送り出すと、絵や編み物を習ったり、たまに友達の畑を手伝ったりしていた。ある日、友達に誘われて有機栽培のコースを受講した。それが有機栽培との出会いだった。

農場開始当初は、パートナーである友人が主に栽培を受け持ち、まだ有機栽培ではなかった。だが、農作業をする人々が農薬中毒に苦しむのを見て、林珮汝は「お金の損失は取り戻せても、健康は取り戻せない」と感じた。コースで学んだ「持続可能な農業」という考えも頭に浮かび、「どちらの方法でも赤字になるのだったら、土地にやさしい方を選ぶべきだ。有機栽培の価値は作物販売の利益より何倍も大きい」と考えた。そこで夫を説得し、有機栽培を始めたのだ。

まず土を育てることから始めた。一期はトウモロコシ、一期は草の生えるままに、という順で繰り返し、土地を徐々に回復させた。「有機農業に近道はなく、土の健康回復をじっくり待たなければなりません」その間にも各地の農業改良場や実験所で有機栽培を学び続け、4年後の2006年、農場はついに有機農業の認証を得た。

林珮汝は企業経営の方法で有機農場を運営しており、その努力によって「伍佰戸農場」は黒字転換し、成長を続けている。（林珮汝提供）

女「神農」に

有機農業を始めた頃は60種以上の作物を植え、種まき、施肥、除草、収穫、整地と目の回るような忙しさだった。が、やがて「全員が努力して収穫はまずまずでも、給料を支払うのがやっと」であることに気づいた。

そこで栽培記録などを検討してみると、有機農業は収穫まで時間がかかるのに、それに応じた利潤が得られないこと、とりわけ栽培期間の短い野菜は収穫後すぐに種まきを始めなければならず、労働コストがかかり、農場での大規模栽培に適さないことに気づいた。そこで、栽培期間の長く、商品価値の高い作物に絞ることにした。現在はカボチャ、レモン、ハヤトウリ、カリフラワーなど20種を栽培する。「昨年11月に収穫を始めたキャベツが今年4月になっても収穫できます」こうした野菜は季節さえ適せば、収穫しても再び実がなるので、整地や種まきをやり直す必要がない。

有機農業は時間がかかり、小規模なので価格が変動しやすい。そこで林珮汝は、バイオテクノロジー業界など多くの企業と契約を結び、品目や価格決定における主導権の確保に努めた。また、作物の成長に必要な時間や生産量のデータに基づいて農作業のスケジュールを組むなど、企業経営式管理をしている。

ほかにも夫と協力し、耕作機器や灌漑システムの改良に努めたり、各地の有機栽培コースに参加して、他者の経験から学んだり、交流を深めたりしている。こうした10数年の努力が実り、当初は1000万元を超える赤字だったのが、今や売上は成長を続けている。また2015年には、農業で優れた業績を収めた人に贈られる神農賞を、林珮汝は唯一の女性として受賞した。

林珮汝（左から7人目）は2015年に神農賞を受賞し、唯一の女性神農となった。（林珮汝提供）

東華有機エリア

伍佰戸農場の耕作地は近隣の農場の間に点在する。管理が難しいのではと問うと、彼女は「ご近所もみな有機栽培ですから農薬汚染の心配もなく、むしろ情報交換できて便利です」と答えた。林珮汝ほか10数軒の農家が有機栽培を行う約80ヘクタールの地域は、「東華有機エリア」を形成する。その成立の陰には林珮汝の努力があった。

台湾糖業は2009年、農地を回収して造林を進める計画を立てた。背後に鯉魚山がそびえ、木瓜渓という清らかな水源があり、花東鉄道とヤシ林で遮られたこの農地は、無農薬栽培に最適だった。そこで林珮汝は近隣の農家に呼びかけ、幾度も自費で中央山脈を越え、南投中興新村にある農糧署事務所に出かけて事情を説明した。「200名を超える公務員の前での説明は非常に緊張しましたよ」また、花蓮農業改良場とも協力して土壌測定を進めるなど、4年間の努力が実り、ついに土地回収はなくなったばかりか、同地は農糧署によって「有機優先エリア」に指定され、これが東華有機エリアの成立につながったのである。

東華有機エリアは現在、年約800トンの有機野菜を生産、花蓮県最大の有機野菜生産地だ。林珮汝は「有機栽培をする人が1人増えれば、その分、地球に健康な土地が増えます」と語る。

腰をかがめて大地に寄り添う。伍佰戸農場では女性の優しさをもって傷ついた土地をいやしている。

母親の心で

農業はきつい労働で、人手不足が深刻だ。林珮汝は、大学で学んでいた二人の娘にも手伝わせた。最初は抵抗感のあった二人だったが、母親の苦労を見て見ぬふりはできず、二人とも故郷に戻ってきた。5年が過ぎ、今や一人は作業人員の配置、一人は注文･出荷を管理する。しかもトラクターやショベルカーも操作でき、農場で働く人々を感心させている。こうした娘の話をする林珮汝には、誇らしげな母親の喜びが浮かぶ。

農場で働く人々にも、家族同様に細かく世話をする。シングルマザーに働いてもらい、子供を畑に伴って働けるようにしている。「畑の作物が安全なら、子供がもぎとって食べても大丈夫です」そんな母親の心で、シングルマザーが一人で子供を育てる苦労を思いやる。

農場には、林珮汝が「学生さん」と呼ぶ若者たちがいる。林珮汝が「花蓮自強外役監獄」と協力して、農場で実習してもらっている受刑者たちのことだ。「『学生さん』と呼ぶのは、農業を学びながら、自己修練を学んでほしいからです」と言う。生態を保護し、健康な食材を提供する有機栽培では、「耕作は単純労働ではなく、公益にかない、幸せを生むものです」

畑仕事は重労働なので、経費で決められた弁当一つでは足りない。そこで、「学生さん」のお腹の足しにと、林珮汝はご飯とスープを別に用意する。そんな「母」の心が通じてか、最初は作業に身が入らないようだった若者も次第に真面目に働くようになる。刑期を終えて再び農場を訪れ、将来は農業をやりたいと語る若者もいるという。

有機農業の人材をさらに育てようと、林珮汝は学校などで講師も引き受け、自分の農場に実習生も受け入れる。

困難な道だったが、彼女は後悔していない。有機栽培は、土地、自分、消費者の保護になるからだと言う。また、創価学会池田大作会長の「一人の奮闘が波を起こし、新たなる歴史を開く」という言葉も引用する。林珮汝の起こす波で、さらに多くの人が彼女と道をともにするだろう。

林珮汝は夫とともに絶えず農耕設備を改良して農場の生産効率を高めている。（林珮汝提供）

農業の人材を育成するため、伍佰戸農場では多くの子供たちの姿も見られる。

林珮汝は、これからも女性特有の優しい心で有機農業を続けていく。