300年前、ポルトガルの船員が海に浮かぶ台湾を見て「Formosa(麗しの島)」と賛嘆して以来、台湾はこの名で親しまれてきた。しかしいつの頃からか、外国人にとって台湾は「製造業」に長けた経済の島となってしまったようだ。台湾の美しさは、残念なことに世界の人々にはあまり知られていないのである。
東南アジアや日本など近隣の国々と比較しても、台湾の観光産業は確かに遅れをとってきた。半世紀にわたり、生活レベルを向上させるために懸命に働いてきた我々は、足元の美しい山河の存在に気づかず、煙突のない産業と呼ばれる観光産業を十分に重視してこなかったのである。それが21世紀に入り、経済と科学技術の成長が下り坂になってから、はじめて観光産業が注目されるようになった。行政院は国家建設6ヶ年計画「チャレンジ2008」において、観光産業を経済発展の重要な一環としているのである。
しかし観光産業は、文化や環境、国土計画、経済など、社会のさまざまな面に関っていくる。また観光産業にはもともと強い基盤がないため、一時的に不振に陥る可能性もある。今回のSARSの流行でも台湾の観光産業は大打撃を受けた。そのため、政府による観光産業発展計画を多くの人が傍観しているのが現状だ。台湾は体質の弱い観光産業を発展させるにふさわしいのだろうか。観光産業の発展は、国民にどのような長期的利益をもたらすのだろう。観光産業において台湾にはどのような強みがあるのか。また、今後どのような問題を解決していく必要があるのだろうか。
強い日差しが照りつける7月、多くの人は長袖を着て日傘をさし、女性は日焼け止めを塗って出かける。都会では誰もが日焼けを恐れるが、海辺を訪れれば、美しい小麦色に焼きたくなるものだ。SARSに襲われた台湾では、人々は2〜3ヶ月にわたって外出を避けてきたため、SARS流行が収まるとバカンスの需要が急激に高まってきた。昼休みともなると、どのオフィスでも夏休みに子供をどこへ連れて行こうかという話題で持ちきりだ。
台北で働く李さんは、あまり長い休暇が取れないので、台湾中部のホテルとテーマパークが共同で打ち出しているパックツアーに参加することにした。料金は普段の半額で、東京ディズニーランドに行くのと比べれば、お金も時間もずいぶん節約できる。張さんは、日本の九州へのツアーに参加する。妹さんと3人の子供を連れて行くが、費用は「10年来で最も安い」と言う。

人の温かさと豊かな文化も観光産業発展の基礎となる。右の媽祖の祭りと右ページ下の原住民の豊年祭りは、いずれも地方色豊かな文化の祭典である。
Fly Taiwan Fly
5〜6月にかけて、旅行会社にかかってくるのはキャンセルの電話ばかりだったが、最近では東南アジアへの便も次々と大型機に変更されている。国内の剣湖山世界、九族文化村、月眉世界などのテーマパークも一日の入場者数が1万人を突破、といった朗報に沸いている。
長年にわたって観光産業発展に取り組んできた台湾観光協会の名誉会長で、リッツ・ランディス・ホテルの総裁である厳長寿氏も、今は「大不況」の後の再スタートの時期だと言う。最初に動き出したのは国内旅行、次が国民の海外旅行だ。外国からの観光客はと言うと、7月5日にWHOが台湾のSARS感染地域指定を解除してから、少なくとも2ヶ月の宣伝期間を経て、ようやく戻ってくると見られる。
いずれにせよ、国内の観光産業は谷底から急速に這い上がり、活況を呈している。SARSが収まると同時に夏休みが始まったのに加え、業界がこれまでになく団結していることも急速な回復の要因だ。
これまで台湾の観光業界では、料金引下げによる過当競争が激しかった。しかし6月中旬から始まった「Fly Taiwan Fly」という活動においては、航空、旅行、ホテル、遊園地、国家風景区、国立公園など、観光産業に属する各業種が上から下まで結束し、各種の販売促進と宣伝活動を行なってきた。国内便は2人で1人分の料金、ホテルは1部屋999台湾ドル、一般旅館は1部屋666台湾ドル、遊園地は入場券1枚買えば1枚プレゼント、日帰りツアーは499台湾ドルなど、さまざまな割引料金が設定され、業者も次々と新しいアイディアを打ち出した。
「Fly Taiwan Fly」の活動に、多くの企業はあまり大きな期待は寄せていなかったが、市場の反響は思いのほか良好だった。SARSは観光産業の経営方式を再検討させるとともに、国内旅行の潜在力を見せ付けることとなった。

穏やかな波が打ち寄せる麗しの島。この島の美しさを世界の人々に知ってもらうことは国の繁栄につながるだけでなく、世界を一体化させることでもある。
観光が環境建設をリードする
もしSARSがなかったら、今年は台湾の観光産業飛躍の一年となったはずだ。民間業者が今までの偏見を捨てて手を取り合って市場開拓に乗り出しただけでなく、昨年からは行政院の「観光客倍増計画」がスタートし、6年間に800億台湾ドルの予算を投じることになっている。今年は外国人観光客を平年の延べ260万人から300万人に増やす目標が立てられていたのである。また立法院は上半期に「温泉法」を採択し、温泉地域の経営も自由化された。
中華民国温泉観光協会の統計によると、今後2年以内に温泉産業に500億台湾ドル以上の資金が投下される見込みだ。その多くは大規模開発計画で、例えば台東県の知本温泉のBOT案には40億台湾ドルが投じられ、開発面積は38ヘクタールに達する。
こうして政府と民間が観光産業発展に取り組んでいる最中にSARSの感染が拡大したことで、夢の背後にある現実が露呈した。果たして、台湾は観光という体質の脆い産業の発展に向いているのだろうか。
数十年来、台湾では環境保全や文化より経済発展が重視され、過度の開発が目立つ。山地の開発で土石流が生じ、河川には土砂が流れ込み、原生林はビンロウや高山野菜の畑へと変った。また国内の観光産業を管轄する交通部(交通省)観光局は政府構造において高く位置づけられていないため、人手や予算も不足している。そのため業界では、観光産業は「先天的不足、後天的失調」と言われてきたのである。このような体質の産業に巨額の予算を投じながら、天災や国際情勢、乱開発といった衝撃に耐えられないとしたら、投資の価値はあるのだろうか。
こうした疑問に対し、交通部観光局の蘇成田・局長は違う角度からの考え方を示し、「我々が考えるべきなのは『必要かどうか』です」と言う。国家経済発展の立場から見ると、近年は従来型産業が海外へ出ていき、WTOの影響で農業は打撃を受けている。澎湖、台東、屏東などの農漁業県では、雇用機会拡大のためにも観光産業の発展が強く求められているのである。さらに「ふさわしいかどうか」という点では、台湾は局部的には乱開発が見られるが、全体的には四方を海に囲まれ、標高4000メートル近い高山があり、豊かな天然資源に恵まれており、先天的に香港やシンガポールや韓国などより優れている。これらの国々が観光産業を成功させているとすれば、台湾が譲る理由はないのである。
蘇成田局長によると、新しい時代の観光産業のコンセプトは、経済、環境、文化が相互補完し、そろって前進するというものだ。したがって観光産業の発展は、環境保全に力を入れる機会と動機にもなる。また観光産業発展のために、文化、生態、レジャー、スポーツ、安全などの面でコミュニティ計画や町づくりが必要になってくる。さらに進んで、国際的な可視度を高め、国際化の歩みを加速することにもつながる。つまり観光産業発展に伴うメリットは多岐にわたるのである。

SARSの流行が収まると、国内の観光業界は空前の団結を見せ「Fly Taiwan Fly」というキャンペーンを開始した。観光局の蘇成田局長(右から2人目)と台湾観光協会名誉会長の厳長寿氏(右)はSARSの文字の形に彫った氷を手に、国民の情熱で苦難を早く溶かそうと呼びかけた。
「伊豆の踊り子」がガイドに
観光局の統計によると、2000〜2010年までの間に世界の旅行消費額は4.2兆米ドルから8.6兆米ドルへと成長し、観光産業がGDPに占める割合は3.6%から3.8%に高まり、観光産業に従事する人数も1億9800万人から2億5000万人に増加すると見られている。なるほど、世界各国が条件の良し悪しに関らず、積極的に観光産業を発展させようとしているわけだ。我が国に近いシンガポールや韓国、インドネシアなどでは、台湾より10年も早く政府観光主管部門のレベルを高め、観光産業の発展に力を注ぐとともに、世界に向けて宣伝活動を行なっている。
「この時期にSARSが流行したことで、台湾の観光産業は急速に前進する前の健康診断ができたと言えるでしょう。経営が不健全だった企業は市場のメカニズムによって淘汰され、生き残った企業は比較的リスク管理ができていたということです」と語るのは旅行業界での経験が40年以上になる錫安旅行者の呉西謙社長だ。その話によると、SARSの流行が緩和した後、まず国内旅行が回復して観光産業は恵みの雨を受け、観光市場における国内旅行の重要性が際立ったという。行政院による観光客倍増計画でも、日本に倣って国内旅行を観光産業の基礎としているが、今回の経験がこの方向の正しさを示したと言える。
観光局の統計によると、2001年に海外旅行に出かけた国民はのべ710万人、海外旅行による外貨支出は80億米ドル(約2800億台湾ドル)に達する。一方、国内旅行をした人数はのべ9700万人に達するが、その支出は2480億台湾ドルに過ぎない。ここからも、国内旅行の市場潜在力がうかがえる。
呉西謙氏によると、日本も台湾と同様、観光においては入超の状況にあり、国内旅行の消費者は外国人観光客より国民の方が多い。日本では旅行会社上位10社のうち8社が国内旅行を扱っており、質の高いサービスを提供している。特にシルバー族を対象とした温泉旅行などは自然と文化を融合させ、「文明の成就」と形容するに値する。例えば伊豆・箱根温泉では、川端康成の『伊豆の踊り子』に登場する踊り子の足跡をたどるコースを作り、また川端康成が好んで泊まった宿や温泉の展示館もある。さらに沿線の風景を堪能できるように、列車も特に窓を大きくとり、この列車だけで一つの観光資源となっている。

台湾は豊かな天然資源に恵まれている。太魯閣国立公園の大理石峡谷の絶景には海外から訪れた観光客もため息をつく。
墾丁でコンサート
台湾の観光産業の「革命」までにはまだ努力が必要だが、3年前に週休二日制が実施されてからは、すでに国内旅行に良好な基礎が築かれており、多くの観光地は国際規模を備えつつある。旅行雑誌を出している墨刻MOOK出版社の戴鎂珍副編集長によると、週休二日で国内旅行の市場は拡大し、それによって墾丁、九份、清境農場などには特色あるホテルや民宿、レストランなどができてきたという。わずか2〜3年のうちに、これらの観光地の経営は大きく様変わりした。
例えば墾丁では、数年前から世界各地のロックグループを招いて「春の叫び」というコンサートを催すようになり、南台湾は若者の音楽やダンスのメッカになった。毎年春と夏には数々のコンサートやダンスパーティが開かれるようになり、海灘公路沿線には生演奏が聞けるバーや個性豊かなショップが立ち始めた。陽光、ビーチ、サーフィン、ロック、ビールと、若者は自分たちの消費力によって台湾にもう一つのハワイを生み出したのである。
一方、台湾北部の九份の町は、侯孝賢監督の映画「悲情城市」のロケ地として有名になり、レトロな町並みが人気を集めている。寂れた小さな町に観光客が押し寄せ、地元の雇用機会は増え、流出した人口が戻ってきただけでなく、古い町並みが保存されてコミュニティの活動も活発になった。台湾中部にある清境農場は、農業と牧畜を特色として、羊の群れに親しむ各種の催しを行なっている。周辺には水蜜桃やリンゴの観光果樹園もあり、ホテルが林立するだけでなく、コンビニやスターバックスなども進出している。企業はこれらの店舗を企業イメージ商店と位置づけており、高山牧場の風情と消費を融合させている。

人の温かさと豊かな文化も観光産業発展の基礎となる。右の媽祖の祭りと右ページ下の原住民の豊年祭りは、いずれも地方色豊かな文化の祭典である。
休日と平日のギャップ
活力に満ちた台湾人は、ゼロから何かを生み出す力に満ちている。観光地や景勝地は国内旅行の活性化によって短期間のうちに活況を呈するようになったが、これによって観光産業の問題も際立ち始めた。台湾の観光産業は、料金と質が比例せず、全体的な統合が十分ではないという問題を抱えている。
観光局の統計によると、我が国の国内旅行の72%は週末と休日に集中しており、平日は閑古鳥が鳴いている。平日と休日の人出の差は極めて大きく、ホテルや旅館は土日の収益で一週間分をまかなわなければならず、そのために料金が高いのである。台北宏祥旅行社の郭裕家社長によると、タイのプーケット島への旅費と墾丁のそれがほとんど同額の場合、多くの人は海外旅行を選ぶので国内は「短期休暇」の市場しかなく、消費習慣と価格との間で悪循環が生じているという。
観光局の蘇成田局長は、観光客倍増計画でもこの問題の解決を重点項目にしているという。例えば、国民旅行カードを発行して公務員に平日の国内旅行を奨励する、長期滞在型の大規模リゾート開発への投資を奨励する、シルバー族に国内旅行を奨励する、外国人観光客を誘致するなど、いずれも重点として挙げられている。特に現在、海外からの観光客は年間のべ260万人に過ぎず、その成長も緩慢なため、観光局では対外宣伝に力を注ぎ、2008年にはのべ500万人突破を目指している。これが達成できれば、休日に客が来ないという状況は改善されるだろう。
「欧米の観光客にとって、台湾はアジア旅行における第一の選択ではないかも知れませんが、台湾近隣の日本や韓国、香港、中国大陸の人々にとっては吸引力があるはずです」と蘇成田局長は言う。欧米の人々が台湾を訪れる場合、大洋を渡ってくるのだから少なからぬ費用がかかる。しかし台湾の側から見れば、外国人観光客1人が生み出す経済利益は大きく、航空、ホテル、飲食、交通、レジャーなど、あらゆる面でビジネスチャンスが生じるのである。
海外市場の潜在性は無限だが、海外からの観光客を増やしていくには戦略的な開拓が必要となる。そこで観光協会名誉会長である厳長寿氏は「MICE」計画を積極的に推し進めている。これはMeeting, Incentive, Convention, Exhibition businessの四つの頭文字をとったもので、ミーティングに伴う旅行、企業の招待旅行、国際会議に伴う旅行、国際見本市に伴う旅行の四つを推進するというものだ。

観光産業が生み出す雇用機会に年齢制限はない。多くの地方自治体が観光客誘致に力を注いでおり、台北でキャンペーンを行なうこともある。写真は桃園県が台北で開いた蓮花フェスティバルの記者会見の模様だ。
MICE
厳長寿氏によると、MICEによって少なくとも数十万人の来訪が見込め、当然ながら無限のビジネスチャンスを伴う。国際的なイメージが鮮明ではない台湾が短期間のうちに欧米の旅客の「目的地」となるには、この方法が非常に有効だと厳氏は考えている。特に、世界出版発行人年次総会や国際歯科医総会といった大規模な国際会議の場合、出席者の多くは世界中のエリートであり、巨額の利益が得られるだけでなく、台湾の知名度を高めることもできる。台湾にとっては経済的にも政治的にも大きなメリットだ。
「20年前に台湾とシンガポールと香港は、同時にMICE市場に目をつけましたが、台湾は今日まで何もしてきませんでした。シンガポールでは毎年1000件以上の国際会議が開かれているのです」と厳長寿氏は言う。台湾はハード面の設備を増やしただけで、航空路線の開放が伴わず、国際的な宣伝も十分に展開できなかったのである。
MICE市場の他に、留学生誘致も重点の一つだ。数十年来、台湾は世界的な中国語学習の重鎮である。「留学生は数週間から1年以上にわたって台湾に滞在し、ここで食事をし、宿泊し、消費するのですから大きな市場です」と話すのは錫安旅行社の呉西謙社長だ。現在政府はこの市場を開拓するために政府各部門や産業を横断する会議を設置している。ただ実際に成果が上るかどうかは、国際的な宣伝が十分に行なえるかどうかにかかっている。

有名な侯孝賢監督の映画「悲情城市」で九
は一躍観光名所になった。寂れた山間の街に新たなチャンスがもたらされたのである。
計画が市場の変化に追いつかない
海外から観光客を誘致するには、台湾の知名度を高めることが最も重要な仕事となる。20年近く観光ガイドをしてきた麦良材さんは次のように経験を語る。
「台湾に来る外国人観光客の多くが同じような反応を示します。台湾がこんなに美しいことを、どうして今まで知らなかったのだろう、と言うのです」麦良材さんによると、特に花蓮の太魯閣国立公園を訪れる時、説明するまでもなく観光客は十分に喜んでくれると言う。一般の市内観光の満足度も高い。ここからも台湾が基本的に観光の条件に恵まれていることが分る。ただ働きかけが不十分なだけなのである。
麦良材さんによると、旅行商品の開発はしばしば客が集まらずに失敗するが、国際的な大型会議には100人以上が集まるため、さまざまなツアーが組めるという。例えば、茶芸ツアーなら、台北近郊の猫空や茶芸館を訪れて台湾の茶の文化に触れることができるし、博物館ツアーなら故宮博物院と台北市立美術館だけで日帰りコースになる。グルメツアーなら何日ものコースが組める。台北には中国大陸各地の美食が集まっているからだ。
「このようなテーマ別の観光は台湾のイメージを際立たせるものです。問題はこれをどう売り出していくかです」と麦良材さんは言う。観光コースは旅行業者が開発できるが、海外への宣伝には政府の力が必要なのである。
対外的な宣伝の他に課題となるのは、全体計画が市場の変化に追いつかないという点だ。墨刻出版社の戴鎂珍副編集長は清境農場を例に挙げ、急激に来訪者が増えたために、混雑と渋滞が大きな問題になっているという。また旅館が林立して自然景観も破壊された。「秩序を失ってからの再建は、ゼロから始めるより難しいものです」と戴さんは言う。
世界に知られる阿里山では、事故時の救援システムが不十分だ。年初に列車事故が発生した時も、負傷者を山から下ろすのに数時間かかった。観光地の安全に不安があれば、旅行の質は大幅に低下する。

花蓮は台湾の観光産業において重要な地位を占めており、近年は多くの企業がここに投資している。写真のリゾート地の名はPromised Land、台湾が真に観光の「約束の地」となることを期待して名付けられた。
部門を越えた協力
各界から声に対し、観光局の蘇成田局長は自信に満ちている。これまでは政府における観光局の位置づけは低く、予算も不十分だった。だが観光客倍増計画が実施されてからは、行政院に部門を越えた観光戦略会議が設置され、游錫堃行政院長が自ら座長となり、6年間で800億という前代未聞の予算が組まれた。これによって多くの根本的な問題が改善されると見られている。
だが蘇成田局長は、観光局の人手不足を認める。近隣諸国の観光主管機関の多くは千人規模なのに対し、我が国では行政改革が求められており、人手の限られた観光局では全体を統合する仕事しかできない。
各国の対外宣伝機関の規模を見ると日本は100人近く、香港とマレーシアは300人、タイは1000人なのに対して、台湾の観光局の対外部門は30人、観光局全体でも200人ほどの組織に過ぎない。
「それでも少ないなりの方法があります。個別に外注し、地方との連絡を密にするなどです」と話す蘇局長は、台湾の観光発展のためには、しなければならないことが多く、全体的な計画から観光地の休憩所設置まで、あらゆる面で改善が必要だと言う。

台湾各地に中規模のテーマパークや遊園地があるが、それをどうやって国際的な観光地へと変えていくかが課題となっている。
着実に夢を実現する
しかし、民間業者の見方は違う。旅行会社の呉西謙社長によると、観光局は大金を投じて地方自治体が行なう観光フェスティバルをサポートしているが、実施から2年、成功しているものは数えるほどしかなく、大部分は単なる地方のお祭りに過ぎないと言う。「旅行会社がツアーを組めるかどうかで、イベントの成否が判断できます」と言う。
旅行会社が結成した環島鉄道旅行聯営センターの田治成・執行長も感じるところがあり、台湾の観光産業が直面している多くの問題は非常に本質的なものだという。例えば、企業経営者は先を争うようにして各地にテーマパークを設けているが、ハード設備には資金を投じても、国際的な視野がないために特色を打ち出せず、外国人観光客にとって魅力的なものとはならない。また、大規模な開発プロジェクトでは主管機関が多すぎ、一つのリゾートの建設のために文書が数百もの担当者の間を行き来することになり、投資意欲も削がれてしまうと言う。
このように意見は多いものの、観光客倍増計画に対する大方の見方は楽観的だ。「少なくとも、すでにスタートしたのですから」と戴鎂珍さんは言う。
SARSの流行が収まり、2ヶ月間暇をもてあましていた麦良材さんも再び忙しくなった。ここ10年、台湾の観光産業はミサイル危機、台湾大地震、ニューヨークの同時多発テロ、そしてSARSとさまざまな衝撃に直面してきた。
「以前はツアー客を連れて観光地を巡るたびに、ごちゃごちゃした景観が嫌で堪りませんでした。それが今では、大地震で倒壊した日月潭の古い建築物も美しく蘇ったのです」麦良材さんが去年、ツアーを率いて日月潭へ行くと、湖畔の慈恩塔や玄奘寺が靄の中に浮かび、観光客が賛嘆の声を上げた。ガイドをしてきて20年、彼は「初めて自分の土地を誇りに思いました」と言う。
苦しかった時代に台湾で育った人なら、テレビに映し出される遥か遠い国の美しい景色を見て「あそこで暮らしたい」と思うかもしれない。しかし麦良材さんは、心の中に台湾の未来の光景を描いている。自然に触れる旅が活発になって環境保護の観念が根付き、植物や昆虫も大切に保護される。鉄道の旅で沿線の文化は復興し、衰退しつつあった鉄道輸送も生まれ変わる。各地の劇場では京劇や歌仔戯、原住民の舞踊などが披露され、外国人の友人たちが台湾の多様で質の高い文化を伝え広めてくれる。このような理想的な生活も手の届かないものではない。
観光産業が国全体の建設を促すというのは夢のような話だが、すでに多くの人がその夢の実現に向って歩き始めているのである。