2016年1月1日、ASEAN経済共同体(AEC)が誕生した。
ASEAN加盟国の中でも上位の実力を持つマレーシアの経済成長率は近年5%以上を維持し、中間層が増加して国内の消費も伸びている。人口6.3億人というASEANのマーケットにおいて、マレーシアは勢いを蓄え、今まさに世界へ羽ばたこうとしている。
クアラルンプールの中心、ゴールデントライアングルに立つと、超高層ビルが空に向かって伸び、周囲ではさらに建設工事が進んでいる。
パビリオンモールでは地下鉄工事中だが、世界各国からの観光客があふれている。信号を待つ人々は、グレイター・クアラルンプールというビジョン(2020年までにクアラルンプールを世界で最も住みやすく高度経済成長する都市トップ20にランクインするという目標)に大きな期待を寄せているように見える。
在マレーシア台北経済文化弁事処の章計平代表は、台湾とマレーシアの人材交流は「新南向政策」の中でも高い実績を上げていると語る。
台湾との深い関係
マレーシアの人口の約65%はマレー系、25%は中華系、7%はインド系である。多数を占めるマレー系の人々はイスラム教徒で、飲酒せず、豚肉は不浄として食さず、コーランの戒律にしたがって生活している。
そこで、イスラムの戒律から生まれたハラール産業が新たなビジネスとして注目されている。マレーシア政府のイスラム開発局(JAKIM)が発行するハラール認証が世界的に権威ある制度となっている。
マレーシアで二番目に多い中華系住民は、長年にわたって台湾と深い結びつきを持ってきた。
2016年の中華民国国慶節祝賀式典では、マレーシアの台湾留学同窓会の総会長である方俊能氏が世界の華僑代表として祝辞を述べた。
「華人は東南アジア全域に多数暮らしていますが、中華文化の維持と保存に最も力を入れているのはマレーシアです」と話すのは、在マレーシア台北経済文化弁事処の章計平代表である。
かつて華文教育が弾圧されていたマレーシアでは、中華系の人々が中華文化を守ろうと、民間で資金を出して華文小学校や独立中学を設立した。だが、その学歴が同国内では認められず、多くの学生が台湾へ留学して大学教育を受けてきたのである。これらの人々はマレーシアでは「留台人」と呼ばれている。
こうした経緯から、マレーシア国内の留台人は7万人余りにのぼり、その同窓会は52年の歴史を持つ。章計平はその同窓会のメンバーにも招かれている。50年余りにわたり、留台人はマレーシアのさまざまな業界で優れた実績を上げてきた。例えば、マレーシア中小企業協会全国総会長の江華強氏、マレーシア商工業協会理事長の劉康捷氏、マレーシア台湾経済貿易協会秘書長の徐忍川氏らは、いずれも台湾で若い日々を過ごし、台湾に特別な思いを抱いている。
留台人はマレーシアにおける台湾の重要な盟友であり、両国の教育交流は着実に「新南向政策」に取り入れられ、人材交流が進んでいる。
マレーシアの人口の半数以上を占めるマレー人はムスリムで、楽観的で非常に親しみやすい。
電子商取引市場の成長
AirAsia航空券のオンライン購入がマレーシアで普及し、ネット通販やオンライン取引が盛んになってきた。市民はWeChatで連絡を取り合い、Carousellでショッピングし、Grabでタクシーを呼ぶなど、生活のあらゆる場にネットが普及している。マレーシアのネットインフラはまだ十分とは言えないが、今後3~5年で先進国に追いつくとみられる。
世界中のマネーが東南アジアへと向かう中、地理的、人的に優位性のある台湾では、ネットの分野で重要な位置にあり、機先を制することができるだろう。
台湾のベンチャーキャピタル「之初創投」(AppWorks)投資部の江旻峻によると、台湾では電子商取引が20余年前から始まり「長年蓄積されてきたノウハウに、現地文化を理解している人の協力が加われば、マレーシアの電子商取引の専門性とマーケティングを急速に向上させられ、台湾企業の進出も促進できます」という。
TiEA事務長の程九如はさらにこう分析する。電子商取引は商品の売買から専門サービス(遠隔医療や製造業ノウハウの提供など)へと発展し、さらに能動的に消費者に働きかけるようになっている。こうした流れとイノベーション産業の東南アジア進出のタイミングについて「台湾は物品や人材や企業の輸出だけでなく、ビジネスモデルを構築し、付加価値の高い専門サービスを輸出すべきで、台湾のノウハウをデジタルサービスへと変換していくべきです」と言う。
マレーシア料理の多様性は、市場で売られている食材や香辛料からもうかがえる。
サービスのローカライズ
電子商取引が始まる前から、台湾企業はマレーシアで30年近くにわたって根を張り、それらの事業は今は若い世代に引き継がれている。長年にわたって南向政策を研究してきた財団法人商業発展研究院の黄兆仁所長によると、台湾企業の二代目経営者はマレーシアで生まれ育ったので現地の言語や習慣を熟知しており、現地に合わせて経営方針を転換し、マーケットにふさわしいサービスへと変えていくことができると言う。
例えば、金属加工の会社を経営する呉盈儒は、考え方を転換して製造業をサービス業として運営している。家具の受託生産を行なう汪広元は、無垢材のデザイン家具の生産を始めた。
台湾からマレーシアへ渡って起業した若者も同様である。蕭博志は大学卒業後にマレーシア勤務となり、その後独立して会社を設立、エレベーターの販売サービスと人材仲介サービスを営んでいる。黄翊軒は服飾デザインを学び、紆余曲折を経てマレーシアで起業、ホテルや銀行などの制服をデザインしている。張皓翔は家業である漢方薬の仕事でマレーシアに支店を出し、華人市場だけでなく、生薬を好むマレー人の市場も見込んでシェアを拡大しようとしている。
彼らに共通するのは、現地のニーズに合うサービスを提供しているという点である。
マレーシアの通りを歩けば漢字の看板を見かけることが少なくない。現地の華人は、東南アジアの中でも特に熱心に中華文化を守っている。
「マレーシアのASEAN」
1980年代、台湾政府が南向政策を打ち出した時、政情が安定していて天然資源が豊富、人件費が安く華人に親台派が多いという点から、マレーシアが東南アジア進出の足掛かりとなった。
2016年、政府は「新南向政策」を打ち出し、経済協力、人材交流、資源シェア、地域連結という四つの面から東南アジア各国と互恵と信頼のパートナーシップを確立しようとしている。
これについて、1987年にマレーシアに進出した李芳信は、当初からまさにこの方向で道を開いてきたと語る。台中の老舗である永信製薬の末っ子である彼は、単身マレーシアにわたって事業を起こした。地元市場を開拓するため、まずは貿易からスタートし、それから工場を設立した。「東南アジアを台湾の内需市場の延長とするには、深く根付いた拠点を持ち、現地企業との路地裏での競争に勝たなければなりません」と、真剣な面持ちで語る。今ではシンガポール、ミャンマー、カンボジア、ベトナムなどにも拠点を持つ李芳信は、同じ東南アジアでも、一カ国での成功経験は他の国で通用するものではないと注意を促す。台湾企業は団体戦の態勢で、オールスターで進出しなければ勝利はできないと言う。
駿吉ホールディングスの董事長・江文洲は、「ASEANのマレーシア」ではなく、「マレーシアのASEAN」を見なければならないと注意する。東南アジアの6億の人口ボーナスに加えて中間層の増加があり、この勢いある市場に世界中が目をつけている。そのうち、マレーシアの人口は3100万人で内需市場は決して大きくないが、ASEANの中枢に位置し、天の時と地の利に恵まれている。ASEAN圏内の特恵関税があり、東南アジア各国を後背地とできるため、台湾企業がASEAN地域におけるオペレーションセンターを置くのにふさわしいと言う。
マレーシア台商総会(台湾商工会)の許正得会長はマレーシアに進出して30年余り、各種産業の変化を見守ってきた。その話によると、多くの台湾企業は生産条件の変化にしたがって浮草のように移動しているが、長年東南アジアで事業を展開してきた欧米の大企業はそうではないと言う。彼らは、第二次世界大戦前から政治面、経済面で東南アジア市場を運営しており、現地で製造販売し、内需市場を重視してきた。こうしたグローバルな経営モデルには学ばなければならない。
街のいたるところにあるママックは24時間営業の庶民的な食堂で、ここで待ち合わせをしておしゃべりをする人も多い。
東南アジアで持続可能な発展を
李芳信も、「台湾は東南アジアを永続的に運営する後背地とみなし、サスティナブルでビジョンのある南向政策を打ち出すべきです」と言う。台湾政府はマッチングの力を発揮し、各産業組合ごとに完備した産業インデックスを整え、企業がスピーディかつ精確にパートナーを見出せるよう協力すべきだと李芳信は呼びかける。さらに政府として、適時に低金利またはゼロ金利のローンや助成金を提供し、台湾企業の海外進出を支えるべきだと考える。
在台マレーシア商工会の理事長で台湾人の妻を持つ劉康捷氏は、台湾の交通大学を卒業して多国籍企業に就職し、18年になる。「多国籍企業は現地企業を買収合併して現地の人材を獲得し、そこから現地市場に入っていきます。台湾もこうした方法に学べば、東南アジア各地の事情に精通した人材を獲得することができます」と劉氏はアドバイスする。さらに、優位性を持つ産業のグループを作ってマレーシアの大型プロジェクトに参画し、国際企業のやり方に学びつつ市場を開拓する。こうして東南アジアで実戦経験を積んだ若い世代が、将来的に南向政策の大きな力になる。これこそ「人を中心とし、現地のニーズに合わせた」新南向政策なのだと言う。
財団法人商業発展研究院の黄兆仁所長は、台湾は日本や韓国に倣い、国の力を挙げて台湾のナショナルブランドを打ち立て、それを通して東南アジアの人々に台湾を知ってもらう必要があると考えている。さらに、マレーシアの企業と協同で新たなブランドを生み出すことも可能だと言う。台湾側が技術面で支援し、マレーシア側は資金を出して現地ルートを開拓すればウィンウィンの関係を築くことができる。
地域経済統合のタイミングで、国の戦略的位置付けが新たにされ、台湾は今こそ近隣のASEAN諸国について深く理解し、東南アジアと深いパートナーシップを築いていかなければならない。
マレーシアではマレー系や中華系、インド系の住民の他に、バングラデシュやネパールから来た移住労働者の姿もよく見かける。
クアラルンプール・タワーの展望台からはマレーシアの未来まで見渡せる。