90年代のアメリカのテレビ・ドキュメンタリー番組「アフルエンザ(消費伝染病)」は、2001年に内容を拡充して本として出版された。物質的豊かさを意味するアフルーエンスとインフルエンザを組合せた言葉で、世界に蔓延し治療法のない世紀の伝染病を指す。この病の原因はオーバーワークのストレスで欲望が止まらず、物欲に制限がなくなることだ。だが、過度の消費で豪邸や車やブランド品に囲まれても、内心は空虚で不安に苛まれる。台湾ではこれを「富流感」と訳した。
永遠に満たされないこの心の病は、お金持ちだけではなく貧者も罹る。しかし、アフルエンザには治療薬はないのだろうか。
実は治療薬はある。その薬とは、大自然の中にあるもので、範囲を狭めてみれば、大自然の一木一草がまさにそれである。
『消費伝染病「アフルエンザ」』(Affluenza: How Overconsumption is Killing Us and How to Fight Back)の一書には、アフルエンザ罹患のチェックリストが載せられていて、その一つに「家の近くの土地の野草を3種以上識別できるか」という質問がある。
家の近くの野草、あるいは人里離れた山や、はるか遠くの海辺に、どんな花が咲き誇っているのだろうか。
野草は人と自然のつながりを象徴し、自然を知るための最初の入り口となる。2013年の「商業周刊」誌第1351号の編集者の言葉は、普段とはかなり異なっていた。郭奕伶編集長の筆になる一文は企業の栄枯盛衰や経済指標を論ずるのではなく、リンドウ科に属するシンテンセンブリという台湾固有種の植物だった。
それによると、初秋の十月に郭編集長は叔母夫婦と新店の獅仔頭山登山口で、シンテンセンブリを見つけたという。叔母の夫は電子関連企業を上級管理職で定年退職してから、野草を探して野山を歩き回り、草原の草木を観察して、カメラに収めるようになった。
自然のエネルギーに心身共に癒され、世界はこれほど美しかったのかと、定年退職した彼は驚嘆したという。パーマをかけたように花弁が巻いているタカネハンショウヅル、トルコ石のような青い実をつけるタイワンルリミノキ、杖のような形のナンバンギセルなど、野の草花は不思議なほどに美しい。それでも、大多数の人はこういった身近な野の花のために頭を垂れて、細かに観察しようとしないと彼女は慨嘆する。さらには野の草花を育む野原や田畑は消え失せつつあり、建物が出現したり、除草剤を撒かれたりする。除草剤を撒いた土地の表層の植被は完全に枯死し、植被が失われると、地表は水分を保てなくなり、土壌は固く締まってしまう。土地は完全に死に絶えるのである。

台湾固有種のタイワンホトトギス。9~11月、平地から標高1000メートルの山地にかけて美しい花を開く。
しかし、悪い知らせばかりではない。頭を垂れて腰を屈めて野草に親しむ人が、人数は正確に見積もれないものの、静かに増え続けている。「花追い人の羽根」というブログを運営するCandy Candyもその一人である。花を追う情熱に溢れるCandy Candyは、この一年余りで山から海まで植物観察記録を百回以上更新してきた。タイワンホトドキスを見ようと3週間続けて4カ所の山を歩き、蛇の群れに出くわして諦めかけた時、ついに目の前に出現したという。ギンリョウソウを探すために休暇を取って、気温5度の冬の北部横断道路を辿り、険しい山道を3時間も歩いて、湿った広葉樹林の中でようやく出会うことができた。天然記念物クラスの寄生植物であるヤッコソウを探して、Candy Candyは1か月半の間に4回も東眼山を歩いた。毎回10キロも歩き、ヤッコソウが頭を出してから開花するまで観察を記録した。「ある植物が気になりだすと、寝る間も惜しみ、山も川も越えて探すのも苦になりません」と、その花を追う精神は恋愛にも似ている。
実のところ、Candy Candyを代表とする花追い人はまったく挙動不審で、道端に蹲り草むらを這いまわる姿は、そこに高価な宝石が埋もれているかのようである。
彼らは、春夏秋冬にわたって開花や結実の日を数え、その時期に合わせて行動スケジュールを組んでいる。山を歩き回って、ようやく追い求めた花を見つけた時は、感動の余り涙を流すほどで、アイドルの追っかけにも似ている。
台湾の南北に広がり、ネットワークを作り上げているのが、台湾の野草をすべて見てやろうと意欲満々の人々で、ここではとりあえず「花追い人」と名付けよう。
国立公園や荒野保護協会、それに各地の森林公園などが、これまで花追い人を育成し、自然観察のボランティアを養成して自然保護の種を植え付けてきた。
そんなボランティアの例を紹介しよう。高雄県前鎮高校の国語教師だった陳慧珠は、定年退職後に杉林渓の自然解説ボランティアとなった。ペンネームを范持槧という林金松はコンピュータ会社に勤務していたが、植物に興味を持って荒野保護協会に参加し、今ではコミュニティカレッジで野外観察コースを指導している。陽明山国立公園の解説ボランティアだった庫老は、植物の品種を見分ける能力が高く、同好の士の植物に関する質問に答えてきた。Facebookのグループ「台湾行道樹」「鳥語花香」「これは何の花?」などには、万を数えるフォロワーがいて、定期的に自然観察イベントを行っているという。

野原の草花はアフルエンザ(消費伝染病)を癒してくれる。シンテンセンブリ(左)、カノコユリ(中央)、タイワントリカブト(右)はいずれも人気のある野の花だ。
花追い人の中には、花探しの秘訣を求める人もいて、秘訣を求めて達人に昇格し、植物の本を出版した人もいる。黄麗錦や葉子老師など、学界と花追い人との間をつなぐ人もいる。黄麗錦は4年ほどの間に『野花999』、『野果遊楽園』『台湾果実図鑑』を出版し、葉子老師は季節ごとの植物観賞と撮影テクニックを解説した本を出し、さらに『台湾花歳時記』の出版を予定している。
「この中の受粉器官はシーソーに似ています」と黄麗錦は花冠筒部に指先を伸ばす。
「花は生殖器官で、花粉を散し子孫を残すために、花の受粉器官を進化させてきました。キバナアキギリを見ると、昆虫が花冠筒部に入り込み蜜を吸おうとすると、下の花弁の仮雄蕊を踏むので、上の花弁の雄蕊が下がってきて、花粉が昆虫に付きます。こうして昆虫が子孫を残すための媒介の役割を果すのです」と説明する。
人は恋のために自己を作り替えるが、花は生存競争の戦場において、ある種の昆虫の好みに合わせて自分を変えて特化していく。
キバナアキギリに蹲りながら、黄麗錦は30分も解説できる。黄麗錦は荒野保護協会の植物解説員で、友人と共に「瓦拉米環境探索工作室」を設立し、企業や学校向けに自然探究、生態観察と体験学習コースを開設していて、これには園芸や森林学科の学生も活動に参加することがある。陽明山の二子坪歩道は歩きやすい散策道で、野草観察の聖地でもあり、秋になると珍しいヤマジジャコウソウが開花する。黄麗錦は植物観察グループのメンバーを連れて、登山口から大屯山自然公園までを歩いたことがある。実は片道1.8キロ、往復80分の行程なのに、この花追い人の一群は、わずか100メートル歩くのに半日かかってしまった。花を探し、観察し、真面目にメモしていった結果である。

野原の草花はアフルエンザ(消費伝染病)を癒してくれる。シンテンセンブリ(左)、カノコユリ(中央)、タイワントリカブト(右)はいずれも人気のある野の花だ。
自然はもう一つの世界への入り口、村上春樹の小説に言う「こちら側」に対する「あちら側」で、その自然に対する人々の意識が覚醒しつつあると黄麗錦は考える。
黄麗錦は中文専攻だったが、野草について書くためには系統的に整理し、大学の論文を読み込む必要がある。インタビューを受けることは好まず、自分の一部を投入して自然に入り込み、本来の自己を取り戻すという葉子老師も、大学は植物とは関係ない学科の出身で、植物の基礎分類を学んではいない。ただ台湾の豊かな自然を愛し、熟練した撮影技術で植物の繊細な構造と不思議な生長過程を記録してきた。そのブログ「一人と花草の生活」はアクセス百万回を数える人気である。植物の写真に加えて、知的で感性豊かな文章から、表現への努力がうかがえ、専門書にはない魅力を伝えている。
しかし、野草図鑑の先駆けと言えば、張碧員と張蕙芬の共著で1997年に出版された『台湾野花365日』であろう。『台湾野花図鑑』上下二冊は、花追い人必携の入門書で、蝶などの昆虫から野草まで扱っていて、著者の張永仁は最もプロフェッショナルな民間博物学者である。
野の花の魅力はどこにあるのだろうか。葉子老師によると、野に咲く花には野生の美があるという。家の近くや道路の傍、小川から山や野にある花には家の花にある華やかさや高貴さはないが、人の心を打つ力があるという。元気でやんちゃな子供が、何の拘束も受けずに風にも日差しや雨にもめげず、悠然と自由自在なのに似ている。野花に親しみ、観察すると、そこにはそれぞれの物語を孕んでいて、人によって様々な美しい記憶を留めてくれる。
しかし、葉子老師の見方に誰もが同意しているわけではない。Candy Candyは、野の花の方が家の花より百倍も千倍も美しいという。温室育ちの花と比べると、野の花の持つ強靭な生命力と生存の知恵には、黄麗錦は心から敬服せざるを得ないという。野草を求めても無駄足を踏むことが多いが、時には愕然とする結末もある。フェイスブックのグループで植物の写真を発表している紀易逸は、あるとき崖一面に咲くアマナランを撮影し、翌週もう一度行ってみると、雑草としてすべて刈られていたというのである。

天然記念物ともいえる稀少なヤッコソウは一種の寄生植物で、透き通るような花が可愛らしい。
花を追い続けると、自然に人気のある種や珍しい稀少種に出会いたくなるものである。
シンテンセンブリは野草の中でも人気で、獅仔頭山登山口の看板の辺りがよく見られる場所である。台湾にはセンブリの仲間が4種見られるが、低い海抜の山地に生長するのは、日本時代の植物学者・早田文蔵博士が新店で発見したシンテンセンブリだけである。その花は深い紫の花弁に奇妙な形の斑点で密標を形成し、アリが群がっている。秋の開花期となると、花追い人が集まってくる。しかし、シンテンセンブリは新店に限らず、ベテランの花追い人は、群落がまばらな獅仔頭山を避けて、烏来山前峰の険しい崖や、桃園県復興郷東眼山に足を向ける。
シンテンセンブリと同じく人気の品種としては、平渓山地の艶やかなカノコユリ、二子坪のヤマジジャコウソウ、東北角海岸のショウキズイセン、合歓山の紅毛ツツジ、小奇莱歩道のギンリョウソウ、思源埡口のタイワントリカブトなどだが、これは一般クラスに過ぎない。さらにハイレベルな花追い人は山の奥地に分け入り、キバナシュスランやタイワンキバナアツモリソウなど、希少な絶滅危惧種を尋ねる。こういった植物は通常の登山ルート沿いには生育せず、場所は秘密とされて、少数の人しか知らない。かつてホザキイチヨウランがその生息地で大量に採取されて全滅したことがあり、これを繰り返さないために、機密とする必要があるという。中でも珍しいタイワンキバナアツモリソウは、台湾全土で3か所でしか発見されていないため、太魯閣国立公園管理処が最高機密に指定している。

荒野保護協会で植物解説を務める黄麗錦は、学術界と「花追い人」の架け橋の役割を果たしている。
黄麗錦は稀少種を追いかけることもなく、特に一つの種にこだわることもない。外来種も含めて、野草であればどれも好きと言う彼女は、植物を知り身近に感じるには、まず学校や公園、植物園の植物を観察することから始めてはと言う。身近なので、一年四季を通じて植物のライフサイクルを観察でき、開花した美しさのみならず、秋の果実や冬の枯れ葉まで、それぞれの姿と美を目にすることになる。それでも自然の間にある宇宙の秘密を理解するには、静かに屈み込むことを知らなければならない。
美しい事物は物質とは関係なく、静かに屈み込むには教育が必要である。荒野保護協会が台北富陽自然生態公園の整備を開始した当初、公園の土地は人工芝のバドミントン・コートにされていた。人工芝を取り除くと、下の土壌に埋もれていた種子が次々に発芽してきたのである。台北植物園でも、4月初めの清明節前後には、ネジバナの生育地の除草を行っていない。
わずかな土地にも自然に生態系が出来上がっていて、意外な美が身近に存在する。静かに屈み込むことができれば、身も心も癒してくれる薬がそこにある。

一つの花に一つの世界。大自然にはじっくりと味わうべき無限の奥深さがある。写真は新山夢湖。

これは何だろう?——食虫植物のモウセンゴケ。