朝7時前、長庚病院形成外科の会議室は、マイクロサージャリー(顕微手術)の検討に加わる医師で溢れかえっていた。様々な国から来た研究員が、マイクロサージャリーの経験や成果を紹介する。いったい何が、世界各地から医師を台湾へ、距離をいとわず呼び寄せているのか。またどのようにして台湾への注意を呼び起こし、世界中へ広がったのか。すべての始まりは我が国マイクロサージャリーの泰斗、国立アカデミー(中央研究院)アカデミー会員である魏福全から話さねばならない。
「最初は大した考えもなく、羅慧夫先生に新しい技術を学んで来いと言われて出ていき、患者を診るために戻ってきただけです」1979年、魏福全は長庚病院の創設院長であった羅慧夫によってカナダ・トロント大学付属病院に研修に派遣され、顕微鏡下再建術を学び、後の国内マイクロサージャリーの先駆けとなった。

中央研究院アカデミー会員・羅福全の著書は積み上げると身長の高さに達する。シード教師の養成を通してマイクロサージャリーを世界に広めたいと考えている。
時代の波の上に立つ
1981年に成果を台湾に持ち帰ると、魏福全は恩師の「無私・人助け」の理念を貫き、学んだものを日々患者の治療に注いでいった。3年後のある日、羅先生から、海外で開催されるマイクロサージャリー・シンポジウムに行くよう命じられた。「初めての国際会議で、尊敬していたシンガポール・香港・タイの先輩方と並んで論文を発表することができて、とても嬉しかったのを覚えています」発表を経て、国内のマイクロサージャリーの技術が他国に劣らないことを初めて実感した。以降、マイクロサージャリーの国際会議があれば、必ず参加し、最新の研究発見を発表した。そうして台湾のマイクロサージャリーの技術が、他に劣らないばかりか、他国を超えたことを示したのである。
徐々に、魏福全は海外の大学や医学研究機関から客員教授の招聘を受けるようになる。「我々も最初は他国から学んだのだから、今度は我々が国際社会への還元を考えるべきだと思っていました」羅先生の無欲な利他精神が、心の中で膨らんでいった。後に顕微再建外科界のノーベル賞といえる「ハリー・J・バンク賞」を受賞する医師は、台湾独自のマイクロサージャリー指導体制を一歩一歩築いていった。
魏福全は、マイクロサージャリーにできるのは、命を救うことだけでなく、身体の機能や外観を回復することでもあり、これは人の尊厳に重要な役割を果たしていると考える。加えて台湾の全民健保制度が折りよく発展の余地を提供したことで、患者に高額の医療費を負担させずに手術ができるようになったのである。また、マイクロサージャリーの2つの応用分野は、一つが外傷、もう一つが癌の治療である。たとえば舌癌の場合、舌の病巣を切除するには、マイクロサージャリーの技術がなければ修復ができない。化学療法と放射線治療では舌癌への効果はあまり期待できず、費用もかさむ。
そこで、魏福全は医療チームを率いて長年にわたり努力を重ね、マイクロサージャリーに血管・神経・リンパ・管状構造といった再建のサブカテゴリを生み出していった。世界的にもこれほど全面的なマイクロサージャリー技術はなく、同時に様々な世界一の栄誉も達成している。開発した術式最多、国際的権威ある医師最多、単一の医療機関の症例数最多、論文発表最多など、世界をリードする業績に、世界中の専門家が争って来訪し、学んでいく。
「世界ではマイクロサージャリーを手掛ける人も機関も、まだまだ少ないと感じています。ですから、この優れた技術を最も効果的な方法で、できるだけ広めることが、私の願いです」効果的な方法とは、シード教師の育成であり、こうした教師が世界中の必要とするところへ伝えることだという。つまり「Train the trainers」、指導員を指導するという考えである。この理念を訴えるべく、長庚大学と教育部を幾度となく奔走し、ついに2015年、従来の「臨床顕微再建術研究員」制度を転換し、臨床研究員制度と修士課程を一つにした「長庚顕微手術国際修士プログラム」の設置にこぎつけた。このように理論と実験と臨床経験を兼ね備えた修士課程は、世界においても初の快挙であった。
マイクロサージャリー再建センターから国際修士プログラムの設立に至るまで、これまでの37年間で世界83か国から、一年以上の「研究員」150人、研修期間が長短異なる「客員研究員」2000人近くを育成してきた。こうしたトレーニングの蓄積から、ユニークな指導体制と構想が生まれたのである。

外来患者への実際の説明を通して、マイクロサージャリーを学ぶ修士プログラムの研究員に患者のニーズを理解させる。写真は足の指を手に移植した症例。
教室から生まれる喜び
マイクロサージャリーの授業は、他の修士課程とは異なり、週に3〜4日、朝7時から「朝会」での検討がある。学ぶ側の医師の研究報告もあれば、教授の講義もある。終わるとベテランの専門医がそれぞれ自分の担当のメンバーを引き連れて、手術室や外来や実験室などでの研修に移る。学びは、このような討論や臨床での実践の中で起きる。受講生との対話について、魏福全は「先進国からきた研究員は、原理を説明すると類推して質問してきます。教えているようで、実は教えてもらっているのです」対話を通じた実践カリキュラムでは、指導する側とされる側の間で、「新発見」の喜びと感動に出会う。
台湾に来た研究員のほうでも、ここで学んだ知識はほかでは得られないものだと驚嘆する。数多くの研究方向とテーマも、師弟が互いに考えをぶつけ合って生まれる。イスラエルから来たJhonatan Eliaは、この分野で最も優れた医師になることを志す。台湾に来る前から、ここで生まれた医学書を読み、イスラエルのマイクロサージャリーの先輩がここで学んだ数々について話をするのを聞いていた。「ついに来ることができました。夢のようです」という。
医療に従事して17年、長庚のマイクロサージャリー・プログラムは世界で唯一、臨床研究と国際修士学位を一つにした場所だと考える。「ここに来て、技術と臨床を学んだだけでなく、批判的な思考力も身につきました。魏先生がずっと力説してきたことです」Jhonatanはここで、医師の患者に対する親しみやすい態度と専門性の高さ、そして指導の熱意を目にした。学んだことを治療に反映するだけでなく、学びたい医師にも伝えていきたいという。
また、Jhonatanは妻と3人の幼い子供を連れて台湾に来ている。「台湾では知らない人でも手助けしてくれますが、私たちの国ではないことです」夫婦は台湾の食べ物、特に餃子と野菜たっぷりの鍋が好きだという。今、子供は二言語の学校に通う。冗談交じりに「子供たちが何を言っているのかわからないことがあります」と笑う。台湾を嫌いになろうとしても難しいという。「振り返ったときに、きっと素晴らしい思い出になっているでしょう」
イギリスから来たCharles Anton Friesは、台湾で学んでから帰国すると、すぐにオックスフォード大医学部での仕事に招かれた。初めての朝会を振り返り「最初の朝会で私の研究症例について話した時は、緊張と興奮でいっぱいでしたが、今思い返してみれば、すべて大切なことでした」と話す。魏先生は素晴らしい外科医であり教授であり、この分野で卓越するにはどうすればいいのかを先生から学んだという。これからは魏先生の精神を受け継ぎ、マイクロサージャリーの技術を伝え、研究も続けていくという。台湾にいた時に、学び、実践していたように。

イギリスのAntonは、台湾で学んで帰国した後、すぐにオックスフォード医学部に招かれて働くこととなった。写真はテレビ電話での取材の様子。
指導の現場:朝会
Hubert B. Shihは朝会の後でインタビューに応じてくれた。米サンフランシスコで育った彼は、両親は台湾出身、スタンフォード大学数学科に続いてUCLA医学部に学び、卒業後はスタンフォードで6年間レジデント(研修医)をしていた。Hubertがマイクロサージャリーの技術を磨きたいと考えたこと、スタンフォードでの指導教授Dung NguyenとDerrick Wanも魏先生に学んだことから、長庚で勉強するよう勧められたのだった。
Hubertは、朝会で討論する症例はどれも実際の事例だという。症例の多様さと数の多さは、スタンフォードに不足している点である。口腔癌や上下肢の復元、更に足の指を手に移植する手術など、世界でもこうした手術を成功させている専門医は数少ない。
米国では皮弁移植手術を学んだが、魏先生自ら手本を示し解説するのを見て、自分の理解が不十分だったことに気づいたという。また、魏先生を尊敬し、長庚のマイクロサージャリーをこれほどまで厳密に、世界レベルに発展させたことは驚異的なことだという。

イスラエル出身のJhonatanは、長庚大学では技術や臨床面での知識を学べただけでなく、批判的思考力も身についたと話す。
指導の現場:手術室
手術室の方では、シリアから来たNidal Al Deekと米国から来たNicholas Doが、魏先生の術前検討に加わっていた。Nidalはインタビューに対し「私にとって、マイクロサージャリーはたいへん重要な技術です。私の国は今戦争をしていますから」と答えた。戦争のために、Nidalの故郷では多くのインフラや病院が破壊され、医師も戦争で去っていった。だからマイクロサージャリーが進んだ台湾で学んだあとは、母国へ帰って必要とする人を助けたいと願う。
Nidalも魏先生を非常に尊敬していると話す。世界中で無数の賞を受賞し、栄誉を受け認められていながら、好奇心を持ち続け、技能を高めている。こうした精神は若い世代にとって学ぶべき鑑だという。また、魏先生と学習者は父と子のような関係で、公平な分業に取り組み、文化の違いも解決に努め、生徒が勉学に専念できるよう計らってくれているという。これもリーダーになりたい人には鑑である。
Nicholasは「ここではマイクロサージャリーを4つのサブカテゴリのグループに分けていますが、アメリカではあまり見かけないことです」と指摘する。魏先生は臨床と基礎科学研究を重視し、毎月の会議でも必ず研究員に発表を勧める。ここでの学びは期待通りどころか、期待を超えていたという。

長庚病院形成外科の朝会。世界各国からやってきた研究員や客員学者が集まって討論する。(長庚病院形成外科提供)
指導の現場:実験室
実験室の片隅では、コロンビアから来たEsteban Cardonaが、マウスの他家移植の実験の最中である。Estebanは取材に対し、患者のニーズへの寄り添い方と、マイクロサージャリーによる問題解決をここで先生方に学びたいと答えた。魏先生は優秀な教授・外科医であるだけでなく、皆が目標とする人だと感じている。手術室に限らず、研究やリーダーシップについても、魏先生から学ぶのだという。
Estebanの指導教員・王燕玲博士が実験室の基礎研究について説明する。「ラット、マウス、豚を扱っています。Estebanの場合、マウスの足の移植をして、拒絶反応の低減と免疫抑制薬の減量を研究しています」こうしたマウスの手術は世界に先駆けている。移植には高い技術を必要とし、0.4mm前後の血管を縫い合わせ、神経も繋ぐ。従ってより高度なマイクロサージャリーの技術トレーニングを要する。「ここで学ぶ研究員は、初年度は実験室での動物実験が中心で、臨床は2年目です。」王燕玲は補足した。また、魏先生は、少なくとも一本は第一著者論文を発表することを卒業の条件にしている。

アメリカ出身のHubertは、長庚病院のマイクロサージャリーの事例は世界の他の地域よりはるかに多様で豊富だと語る。
「影の」外交立役者
多くの国の医学部で、学生は学資ローンで高い学費を払い、卒業したら6年間はレジデントとしてトレーニングを重ねる。レジデントの間は収入も少なく、それまでの学資ローンを返済できない。専門医になって初めて、収入が倍増するのである。長庚にマイクロサージャリーを学びに来る研究員は、多くがレジデントを終えたばかりで、職業人生で最も貧しく、サポートが必要な時期にいる。もし一家で台湾に来るなら、経済的な負担は更に重くなる。
そこで、奨学金で海外の研究員が、不安なく研究に専念できるようにすることが大切になる。こうした研究員は、いずれ本国でマイクロサージャリーの教授や部門の責任者やリーダーになり、援助してくれた機関に感謝するものである。2017年9月22日には、魏先生に学んだ医師たちが英国スコットランドのグラスゴーで、謝恩会を開催している。元外交部長で元台湾駐英代表の林永楽が招待された。会では魏先生の指導への感謝のほか、台湾外交部の奨学金に特別に感謝が述べられた。支援を受けた医師のひとり、Chris Walleceは「奨学金がなかったら、台湾での期間、勉強に専念できませんでした。今でもとても感謝しています」と話した。
このほか、外交部は2011年から、欧州・北米・南米・中東といった地域の医師に長庚でのトレーニングを支援している。こうした医師は母国に帰ると、他の国から医師を受け入れトレーニングしている。我が国の知名度と影響力拡大につながるだけでなく、世界各国の医療レベルの向上にも大いに貢献している。これらのアクションは、2016年の第69回WHO総会(WHA)において我が国が宣言した「WHAとランセット・コミッションズが提唱するグローバル・サージャリーに応え、我が国は今後5年で世界各国の外科医50名に、シード医師としてのトレーニングの機会を提供する」という約束に呼応している。
様々な国と地域。台湾が養成したマイクロサージャリーの種が、世界各地に広がりつつある。2015年のネパール地震では、長庚はネパールからの研究員を受け入れており、マイクロサージャリーの技術で現地の負傷者を助けている。現在は、外国人医師を新南向政策の対象国へ毎年派遣し、医学教育シンポジウムや手術デモンストレーションなどボランティア活動を実施している。「Train the trainers」、指導員の養成を通じて、魏福全の願いが今、一歩一歩実現している。将来は、こうしたプログラムが欧州の医師訓練機関の認証を得て、オックスフォード大やロンドン大など著名大学と二重学位の協力ができるようになり、修士課程から博士課程へと拡大できるよう願う。台湾と世界のマイクロサージャリーの一大ネットワーク構築を目指しているのである。
長庚大学副学長の陳君侃は「長庚大学自身が10年の努力を経て、全学26の大学院課程で元々は一桁台だった外国人学生を、今では全学生の2.75%を占める200名近くにまで増やしました。そのうちマイクロサージャリー専門課程は、8〜10人の枠に毎年70〜80名が世界中から申請し、激しい競争になっています」と話す。ここでは最も全面的なマイクロサージャリーの技術を学べるだけでなく、研究も、論文発表も、リーダーシップの学習もする。国へ帰ってからは、患者を支え、台湾の医療のエネルギーを世界中に伝えていくのである。

実験室で教授の指導を受けるコロンビア出身のEsteban(右)。

理論と実践と臨床経験を兼ね備えた顕微手術の修士プログラムというのは世界でも初めての試みである。

長庚病院形成外科の「朝会」の検討会では、学ぶ側の医師による研究報告もあれば、教授の講義もある。

2017年のマイクロサージャリー再建医学会議の後、長庚病院「羅福全クラブ」のメンバーが一堂に会した。(長庚病院形成外科提供)