30年前、世界中を飛び回っていた台湾の貿易商は町工場とともに世界の資源を台湾に導入し、経済の奇蹟を起した。これによってTaiwanの名が世界に知られるようになったのである。
それから30年の間に時代は大きく変ったが、世界へ出て行こうとする台湾企業の精神は変ることはない。しかし最近、経済資源の流出に、国内では批判の声も出ている。
台湾のGNPの4割以上を支える情報産業は、近年先を争うようにして上海へと進出している。台湾企業のこの動きは、中国大陸にどのような繁栄をもたらし、台湾にどのようなダメージを与えるのだろうか。台湾企業は異郷でどのように市場を開拓し、またどのような困難に直面しているのだろう。中国大陸は夢の大地なのだろうか、それとも危険な落し穴なのだろうか。
台湾海峡両岸が政治的に対抗している中、企業は次々と対岸へ進出している。これに賛成するにしろ反対するにしろ、まず現状を理解する必要がありそうだ。
上海市南京東路の突き当たり、金融ビルが立ち並ぶ外灘(ワイタン)は、百年にわたって「万国建築博覧会」と呼ばれてきた。今日も外灘は人であふれているが、その視線は別の方向へ向けられている。長い歴史を持つ美しい建築物は背景となり、人々は河岸の手すりにもたれて対岸の陸家嘴金融貿易区を眺めているのである。
「陸家嘴」という地名も泥臭いが、ここは確かにこれまで貧しい土地だった。それが10年もたたないうちに、農地に摩天楼が建ち並ぶようになった。外灘の広い堤防を散歩すると、香港のスターフェリーの乗り場を思い起こす人も多い。その通り。陸家嘴は10年後には香港を抜き、最終的にはニューヨークの地位に挑戦することを目標としているのである。
外灘の向いに広がる浦東の新天地では、陸家嘴は入口に過ぎず、そこから外に向って外高橋保税区、金橋輸出加工区、康橋工業区などが扇のように広がっている。その中心に位置する張江ハイテクパークはまだ空き地のような状態だが、ここが「中国のシリコンバレー」になるであろうことを疑う人はいない。そこからさらに外へと向うと、広大な農地の中で昼夜を違わず工事が進められ、その先には東シナ海が青々と広がっている。
上海の浦東地区は、中国の改革開放政策の新しい象徴であるだけでなく、外国企業が競争を繰り広げる新たな戦場でもある。東南沿海の珠江三角州からしだいに北上してきた台湾企業も、同じようにこの土地で激しい競争に挑んでいる。
すばしこい動作で台湾企業から資金を引き出したと言われる張江ハイテクパーク開発公司の戴海波総経理によると、1999年に上海で「張江」を国家レベルのハイテク中心地へと発展させる計画が立てられて以来、台湾企業の投資を招くことに成功し、勢いがついたと言う。台湾の張汝京氏が率いる中芯電子(セミコンダクター・マニュファクチャリング)と王文洋氏の宏力半導体(グレース・セミコンダクター)の二社を合せて30億米ドルの投資額となり、これが張江の注目度を高めるきっかけとなったのである。現在、宏力の土地は整地中で、中芯電子はまだ土地を購入していないが、これにより内外のIC関連産業からの問合わせが絶えなくなった。
中芯と宏力は新開発地域に投資したが、上海の旧市街地にも早くから多数の台湾企業が根を下ろしている。上海市台湾事務弁公室の統計によると、現在台湾企業は上海で3900項目にわたる投資を行なっており、その数は香港からの投資に次いで多い。契約金額は63億米ドルで、表面的には香港、日本、アメリカに次いで第4位だが、台湾からの投資は第三地を経由して他者の名義を使うことが多いため、実質的にはこれより多いと見られる。
浦東を後にして外環線を西へ向い、滬寧高速道路を行くと、あっというまに江蘇省との境界に入る。1市6県からなる蘇州は、最近アメリカのニューズウィーク誌によって世界9大ハイテク工業都市の一つに選ばれた。蘇州の「新区」に入ると、金色に輝く繁体字の企業の看板が並んでいる。ここは言うまでもなく、ハイテクを主とした台湾企業の第二の家となっているのである(24ページの記事を参照)。
蘇州地区に属する昆山には、現在40余りの台湾の大企業が集まっている。その半数はまだ工場を建設中だが、まさに「台湾タウン」と呼ぶにふさわしい。新興の呉江地区には国家レベルのハイテクパークはないものの、台湾のノートパソコンメーカーである華宇(アリマ・コンピュータ)と電源で知られる台達電(デルタ・エレクトロニクス)が進出し、今後の成長が期待されている。
台湾企業の進出の理由は明白だ。利益が減少しつつあるハイテク産業の製造コストを抑えるためである。さらにここ2年ほどは、大陸市場の発展も目覚しく、大陸内部の市場を狙うことも進出の理由となっている。
早くも1992年に昆山に工場を設置した楠梓電(大陸では「滬士電子」という)は、今や昆山のハイテク企業のシンボルだ。工場を取り囲む川には金魚が泳ぎ、川岸には柳の葉が揺れている。プリント基板をメインとする滬士電子は、昨年から少しずつ本社から独立した作業を開始した。今年末に工場の拡張工事が終了すれば、その生産力は本社の楠梓と同等になる予定だ。
「生産力は同じですが、台湾での粗利益が6パーセントなのに比べ、こちらではそれが13パーセントに達します」と語るのは滬士電子の創設当初から経営に携わってきた副総経理の李明貴さんだ。
その理由はと言うと、人件費の安さの他に、水を大量に使い、汚染を出すプリント基板産業にとって、水道代とメッキ汚染処理費の差が大きい。
「台湾では水道代がどんどん上がっています。特に高雄では美濃ダムの建設中止が決って以来、民生用水さえ問題になっているほどなのですから」と言う。それに比べると、昆山では5万坪の工場の敷地のわずかな部分に小型浄水場を設け、10数メートルの管で直接川から水を引いている。そのため水道料金は1元もかからず、水質は高雄のものより良いのである。
心配される汚染の方は、台湾では汚泥1トンの処理に9000台湾ドル近くかかるが、ここでは1000元もかからない。同社は毎月400トンの汚泥を処理するので、これだけで年間4000万台湾ドルのコストが削減できる。
「プリント基板は台湾ではICに次いで二番目に大きいエレクトロニクス産業ですが、政府は出ていってほしいという態度でした」92年から昆山に暮らしている李明貴さんは、台湾とは実質的な距離だけでなく、心も離れていると言う。
光熱費や汚泥処理費が安いだけではなく、広大な土地が安く手に入るのも大きな魅力だ。ここへ投資した台湾企業は、小さな王国を手に入れたような満足感を覚えるという。蘇州の明碁電通(エイサー・コミュニケーションズ&マルチメディア、中国大陸では「明基」)の土地は84万平米あり、50年間の租借権を1平米当り20万米ドル余りで手に入れた。2年前に明基より広い土地を手に入れたのは、同じく昆山に投資した南亜プラスチック社で、110万平米である。
「明基は蘇州で3000名余りの社員を抱えていますが、月給は平均1200人民元、台湾ドルにすると約5000元、台湾の5分の1に過ぎず、人手不足に悩むこともありません」と中国明基電通の呉清模総経理は話す。
そこから車で20分、蘇州より1ランク下がる呉江工業地域では、社員の平均給与もほぼ半分に下がる。台湾企業のある社員によると、120元の食費と30元の寮費を差引くと、彼らが実際に受取る給料は300人民元余り、台湾ドルにすると1200元ほどに過ぎないという。
一方、より付加価値の高いノートパソコンやマザーボードのメーカーが大陸に進出する場合、考慮するのは原価だけではない。華碩(アサステック)財務部の張さんによると、大陸で生産すれば製造コストは3〜5割削減でき、これによって販売価格も5パーセント下げることができる。しかし「これだけのコストを削減するために、もし品質管理が疎かになり、20パーセントの粗利が出なくなれば割に合いません」と言う。
だが、そうは言っても同社も長年の調査の末、昨年末から一部製品の大陸での生産を開始した。その最大の考慮はコストではなくマーケットである。
「3年前まで、台湾企業にとって大陸はセカンド・マーケットに過ぎず、皆の視線は欧米市場に注がれていました」と語るのは中華経済研究院大陸経済研究所の高長研究員だ。その話によると、99年4月に中共の朱鎔基総理がアメリカでWTO加盟に関する交渉を行なった際、市場開放について譲歩したことがきっかけになったと言う。それまで閉鎖されていた巨大な大陸市場が少しでも開放されるとなれば、世界中の企業が何としてでも大陸に工場を設置して独自に生産を開始しようとする。台湾企業もこの機に進出しなければ、新市場を手に入れられないだけでなく、OEMの注文も受けられなくなる可能性があった。
制限付きの開放政策によって、大陸市場は急激に成長し、今後3年以内に日本を抜いて世界第二のIT市場になると見られている。今年は世界的に景気が悪化しているが、中国大陸は既定の政策通りに歩んでおり、年間のPC販売数は1000万台に迫るものと予測されている(17ページの記事を参照)。
2005年に、中共の第10の5ヶ年計画、いわゆる「十五計画」が終了するまでに、大陸では携帯電話1億7000台、ブロードバンドモデム1000万台が必要だと見られており、ネット人口も新たに1億2000万戸増えると予想されている。昨年は大陸の携帯電話市場の規模も台湾の5倍に達した。消費者の多くがさまざまな形で公の補助を得られるため、大陸では機能の優れた最新モデルの携帯電話が流通しており、世界のモトローラ・グループの中でも天津工場は金の卵を産む鶏と言われている。
この他に、市場開放政策に但し書きが付いていることも台湾企業が次々と進出している原因の一つだ。
「中共政府は、国内(大陸)での販売を希望する外資系企業に対して、優先的に中国国内で生産されている部品を購入することを求めています。その比率は仕入総額の6割というものです」と語るのは昆山の滬士電子の李明貴副総経理だ。このような「国産化」「輸入代替」という原則の下では台湾企業が海を越えて注文を受けることは非常に難しい。天津のモトローラ社からの部品注文も、台湾本社の楠梓電子は受けられないが、昆山の滬士電子なら受けられるのである。
李明貴さんによると、滬士電子はかつては百パーセント海外からの注文に頼っていたが、今年は国内受注が3割以上に達する見込みだという。国内向け製品には17パーセントの加値営業税が課せられるが、それでも台湾より利益が出る。
自社ブランドで売り出したい台湾企業にとっても、大陸市場は絶好の機会を提供している。
研究開発力が強く、自社ブランドを持つ全友社は大陸では中晶科技(マイクロテック)の名称でスキャナー市場の4割以上を占め、他社を大きく引き離している。
「台湾ではスキャナーを2000台売るというのは大変なことですが、大陸では400余りの販売拠点に陳列商品を発送するだけで、すぐに2000台を越えてしまいます」と語るのは上海中晶科技の周栄正総経理だ。
大陸へ来て7年、上海の人と結婚した周栄正さんは「台湾は市場が小さすぎ、アメリカは遠いし、ヨーロッパには馴染みがありません」と言う。周さんは、自社ブランドの確立を夢見ている台湾企業は、世界中を飛び回った後、中国大陸こそその夢を実現できる場だと気付くと言う。その市場は「大きく、近く、馴染みがあり」、ホームマーケットにできるのである。
「ホーム・マーケットを手にすれば、企業は攻めることも退くこともでき、そこでエネルギーを蓄えてさらに国際市場を開拓することもできるのですから、慌てる必要はありません」と周総経理は言う。例えば、大陸の国産ブランドである海爾家電は、国内での売上だけで40億米ドルに達しているし、海爾と肩を並べる聯想(レジェンド・コンピュータ)は国際市場に進出する必要もない。国内での売上だけで世界のトップ10に入れるからだ。
現在、大陸のモニター市場で5番目に数えられる明基電通は、昨年市場を拡大するために、それまで社名に冠していた「蘇州」の地名を取り去った。舶来品ではない「中国ブランド」のイメージを確立するためだ。さらに明基は最近、液晶モニターの値下げに力を入れ、韓国企業と市場獲得競争を繰り広げている。
しかし、悪名高い中国大陸のコピー商品の問題となると、明基にも苦い経験がある。
「当社のCDドライブやキーボードなど、どれもコピー商品の被害に遭ったことがあります。偽物と区別するために、販売店では正規の製品にはワニの人形をプレゼントしたのですが、その人形の偽物が出ることも考えられたので、人形の特許まで申請したほどです」と明基の呉清模さんは言う。「中共は再三にわたって『偽物を撲滅する』と言っていますが、知的所有権という観念の弱い市場は、ブランドの確立には不向きです」と言う。
大陸市場は極めて大きく、製造コストも抑えられるため、国内販売にも輸出にも有利だと考えられ、台湾企業が次々と投資している。しかし、どこも巨大な工場を建てて互いに「世界一」を競い合った結果、少しずつ後遺症が出始めている。
今年は世界的に情報産業の景気が悪化し、それまで「供給が追付かない」という好況の中で、絶えず生産を拡大してきた台湾企業は、突然生産過剰に直面することとなった。そこで今度は値下げ競争が始まり、再び過当競争に陥ることになったのである。
台湾企業が考慮しているのは、コストや市場だけではない。小さな木が大きく成長するには、台湾の資源だけではなく、他の土地からより多くの人材や技術などを得なければならないのである。
周栄正さんによると全友は長年にわたってスキャナーを生産してきたが、常に技術的に突破できない点があった。ところが大陸では天体望遠鏡とミサイル技術が非常に成熟していることがわかった。それは光学技術の面ではスキャナーより数万倍も精密なものだ。また、大陸は数十年前からズームレンズを作る技術を持っているが、台湾では今でもこの技術を日本から買っている。そこで、上海中晶科技は開発面で大陸と協力する方向で進めることにした。
中国大陸の資源を活用することによるメリットは他にもある。
上海張江ハイテクパークに台湾から初めて進出した錦中分子篩公司(エレガント・モレキュラー・シーブ)は今年7月に古い工場を閉鎖し、新工場に移る。もともと鉄鋼溶解のプラント設計・施工を行なう会社だったが、92年に昆山に進出した時、鉄鋼場の空気分離装置に必要な技術が、上海では独自の発展を見せていることがわかり、その主原料であるウォラストナイトなども簡単に手に入ることがわかった。そこで、張江にこの方面の会社を設置することにしたのである。
同社の王勃晳総経理によると、これは分子化学技術の一つで、石化産業や工業気体処理などにも必要なものだ。現在、売上は5000万人民元、荒利は20〜200パーセントに達しており、まさに小規模ながら優れた業績を上げていると言える。
「中国大陸には、台湾にはない技術がたくさんあるので、台湾企業は宝を見出すことができます」と王勃晳さんは言う。錦中社は同族会社で、3人の兄弟のうち兄と弟がそれぞれ昆山と台湾の鉄鋼産業を担当しており、台湾の本業を縮小することなく、大陸で新たな事業を始めることができた。台湾で人員削減することなく、大陸にも進出したいと考えている企業にとっては、参考になる事例だろう。
中国大陸には各国の企業が次々と進出している。その動機や目標はさまざまだが、他社に遅れを取ってはならないという雰囲気が生まれている。
岳豊科技(YCFボンイーグル)の林森福総経理によると、大陸では中央政府から各地方政府やハイテクパークに至るまで、産業のニーズに非常に敏感に対応しており、海外からの投資を奨励する産業項目も急速に変化するという。需要に合わないものや、すでに飽和状態に達した産業は、なかなか相手にしてもらえないのである。
10年前に華新麗華社が長江三角州に光ファイバーの投資を行なった時、大陸の市場はまさに真空状態だったため、同社は工場数を一気に10まで増やし、政策上の優遇を受けた。しかし現在大陸の光通信産業の生産高は世界第3位に達し、技術面でも規模の面でもすでに台湾を遥かにしのいでいる。台湾では「明日のスター」と目されている光通信の投資を行なおうとしても、すでに歓迎されないのである。
林森福さんは、大陸はあらゆる面で台湾より劣っているなどと考えてはならないと言う。大陸は産業を一気に最先端にまで持っていこうとしているからだ。例えばアメリカのAT&Tの通信産業は、銅線の時代から始まり、半世紀にわたって市場をリードしてきたが、大陸はこの段階を一足飛びに越えた。現在、上海の大部分の家庭では光ファイバーを用いているだけでなく、最新型の携帯電話も普及している。かつて台湾企業は「大陸へはグレードの低い製品を売り、ハイグレードのものは台湾に残す」と考えていたが、今はそれが通用するとは限らない。
昨年、中国大陸の情報ハード産業の生産高が38パーセントという成長率を見せて、初めて台湾を抜き、世界3位に達した時、国内では台湾の優位性が失われるのではないかと心配する声が上がった。しかし中華経済研究院大陸経済研究所の高長研究員は、両岸の情報産業は共に繁栄すればいいのであって、勝ち負けばかり気にするべきではないと言う。
高長さんによると、昨年の大陸の情報産業生産高255米ドルのうち、7割は外資系が握っており、そのうちの7割は台湾企業のものだ。言い換えれば、大陸の情報産業の半分は台湾企業が支えていることになる。大陸の情報産業は、台湾企業によって世界第3位の地位に登りつめたのであり、これは台湾企業の実力と、台湾の国力の広がりを示しているのである。
さらに分析していくと、昨年、香港経由での台湾から大陸への輸出総額は300億米ドル余りに上り、290億米ドルの貿易黒字を生んでいる。大陸は我が国にとってアメリカに次ぐ第二の輸出先となっており、最大の貿易黒字の源でもあるのだ。また輸出品目を見ると、大部分は大陸にある台湾企業が必要としているICやPCの部品だ。
しかしそうではあっても、台湾企業にとって台湾海峡両岸の競合と国家アイデンティティは最も大きな問題だ。ある台湾のビジネスマンは「私たちが大陸に投資した資金は、とっくに貿易黒字となって台湾に還元されているのに、なぜ台湾から『裏切者』と言われなければならないのでしょう」と言う。台湾企業が大陸へ進出するのは、大陸に忠誠を誓ったからでもないし、依存しているわけでもない。また結果としては、むしろ大陸の発展をうながし、両岸関係を安定させる作用をもらたしているのだ言う。
両岸関係が低迷しているため、その間で板挟みになった台湾企業は難しい立場に置かれ、何事にも控え目な態度を採っている。例えば、宏仁グループは、政府経済部が半導体産業の対大陸投資を自由化するまでは、グループとしても王文洋氏個人も、大陸の宏力半導体には投資しないと表明している。また、ここ一年の間に、台湾のノートパソコンメーカーの多くが、長江三角州に拠点を置き始めているが、その多くも大陸では一部の簡単な部品を作るだけだとし、決して規制に反しているわけではないと強調している。
「戒急用忍」という対大陸投資抑制策は、経済の大きな流れには逆らえない。ビジネスはビジネスだと割り切るにせよ、心と根は台湾に残すにせよ、企業にはそれぞれの考えがある。
大陸で水を得た魚のように活躍している周栄正さんは、台湾海峡両岸について「台湾は私たちの根ですから、管理センターとハイレベルな製品の研究開発は台湾に残します」と語る。
周さんは、こうした決定は感情から来るものであると同時に合理的なものでもあると言う。台湾はビジネスの面では大陸より世界とのつながりがあり、情報は自由に流通し、知的所有権も保護を受け、また金融制度は安定しているからだ。
宏仁グループ傘下の宏和電子材料公司生産部の陳漢華マネージャーは、グレードアップこそ台湾が歩むべき唯一の道だと言う。「8インチのウエハーが大陸に移れば、台湾は全力で12インチを発展させればいいのです」と語る陳さんは、自らが全力で前進すればいいのであって、他者が追付いてくるかどうかを心配しても始まらないと言う。
台湾の古き良き時代を懐かしむ台湾人ビジネスマンの言葉は重い。
「台湾へ帰るたびに気持ちが暗くなります。互いに責任を押し付け合い、社会が怒りに満ちています」と語る周栄正さんは、IT産業は「明日の夢」を売る産業なのだから、ビジョンや夢、志を失った人々がこの産業でやっていけるわけがないと言う。そのため彼はしばしば台湾の友人たちに「文句ばかり言っていないで、上海で仕事をしよう」と呼びかけているそうだ。
何年か前、台湾を「アジア太平洋オペレーションセンター」にしようという計画が失敗に終ったことを悔やんでいる中華経済研究院の高長研究員は、両岸の「三通」はもう先送りできないところまで来ていると言う。現在、大陸に進出する外国企業は多いが、それが失敗に終るケースも少なくなく、そうした企業の多くが、付き合いの長い台湾企業の協力を求めている。少なからぬ日本企業が、大陸での苦い経験を経た後、再び台湾企業と手を組んで大陸へ進出しようとしているのも、こうした例の一つだ。
さらに、力を付けてきた大陸の企業の中には、国際ビジネスの経験が豊かな台湾の人材を求めるところも出てきている。台湾企業は大陸、欧米、日本、東南アジアなどに広い人脈を持っているのだから、これらの強みを発揮できなければ、大きな機会を逃すことになる。
台湾企業のビジネスチャンスは世界にある。政府は両岸経済に関して「積極的な開放と有効な管理」という新構想を打ち出している。また陳水扁総統は、最近ニューヨークでの公の場で米国企業に対し、台湾企業と協力して中国大陸を含む世界各国へ進出することを呼びかけた。そして、台湾の将来的な方向としては、知識産業を中心としたナレッジ・アイランドへと転換することである。
中華経済研究院の高長研究員は、このような考え方を支持している。台湾企業には自由に大陸に投資させ、そこで上げた利益を台湾に還元する。そして台湾では研究開発、教育、生活の質の改善に力を注ぎ、よりグレードの高い投資を海外から招き入れるのである。
「台湾企業が大きく成長することによって、大陸の経済発展を導くことができると同時に、台湾経済の構造転換をも促すことができます」と高長さんは言う。かつて台湾が「奇蹟」と呼ばれる経済発展を遂げられたのは、企業が世界中を飛び回って築いた基礎があったからだ。今日、大陸に進出した台湾企業も当時と同じ理想を抱いており、目の前に新たな舞台が広がっているのである。台湾企業がこの波に乗ることができれば、より良い明日が見えてくるのではないだろうか。

台湾の統一グループが導入したスターバックスは、上海では流行の最先端だが、その横で地面に座って休む人々とおもしろい対称を成している。

徐匯区衡山路は有名なバー街だ。道の両側に並ぶ街路樹に、かつてのフランス租界の風情が残っている。

多くの中華レストランではお茶を注ぐ巧妙な技を売りものにしている。写真は、上海に進出した錦中分子篩公司の王勃
総経理だ。

昔から栄えてきた南京路一帯には香港スタイルの新しいショッピングセンターもあれば、築百年以上の建物もある。上海で最もにぎやかな通りの一つだ。

写真右側の和平飯店は昔からの上海っ子のお気に入りの場所、その対岸の東方明珠塔は新しいランドマークである。新旧が対称的な姿を見せるのが上海の特徴でもある。

上海の
園にある湖心亭茶楼は200余年の歴史を持つ建物だ。ここでは池にかかった九曲橋を歩き、蓮を眺めながら中国茶を飲むことができる。

上海市内の南京路の歩行者天国を走る小型観光バス。車体に描かれた鮮やかな広告が人目を引く。

上海市徐匯区の淮海中路にある
陽市場には、ブランド品の本物と偽物が集まっており、ショッピング街として大いににぎわっている。

建物を新しくするのは容易だが、信号を無視したり、通りに面して洗濯物の下着を干したりする習慣を変えるのは難しい。