21世紀、昔からSFの小説や映画、漫画などに描かれてきたロボットへの夢が、次々と現実のものになりつつある。
ロボットに対する人間の空想は、古くは3000年前までさかのぼることができる。ギリシア神話には、自動人形のタロスが登場する。タロスはクレタ島を守り、侵入者を見つけると石を投げて追い払う。今日のセキュリティロボットに相当する存在だ。
数百年後、中国の『列子』の湯問篇には内臓を持つロボットが登場する。偃;師という職人が、穆王に自分の作品を献上した。それは生きた人間にそっくりで、歌を歌い、舞いを踊るが、踊りながら穆王の寵愛する女性に色目を使ったというので穆王は怒り、首を斬るよう命じた。偃;師は、これは人形だと説明するが、王は信じない。そこで分解して見せると、内臓まで一つひとつ作られた複雑な機械だったのである。

17世紀の日本、江戸時代の職人が作った弓曳き童子(前頁)と綾渡童子(右)はいずれも精巧なからくり仕掛けによって、弓を曳き、またブランコから跳び下りる。2年前に国立歴史博物館で展示された時には多くの見学者を感嘆させた。
SFが先行
時代は進み、1818年、イギリスの作家メアリー・シェリーが『フランケンシュタイン』を生み出す。世界初のSF小説と言われる作品である。フランケンシュタインという若者が、さまざまな死体の断片をつなぎ合わせて人間の形を作り、電撃を与えると、それは生命を持つこととなった。だがこの醜悪な怪物は人間から嫌悪され、その怒りを創造主や無実の人々に向ける。この怪物はロボットと言うよりクローンに近い概念と言えるだろう。
「ロボット」という言葉は1920年、チェコのチャペックによる戯曲『ロッサム万能ロボット会社』の中に初めて登場する。人間は大量のロボットを作って労働力としてそれらを酷使するが、その中のあるロボットが、なぜ優秀な自分たちが怠惰で愚かな人間のために働かなければならないのかと疑問を抱き、軍団を組織して人類を消滅させようとする物語だ。この物語は、ロボットに対する人間の潜在的な恐怖や不満を表現しており、チェコ語のrobota(労働)という言葉が、広く使われるようになった。
それから20年後の小説『われはロボット』の中で、アメリカの作家アイザック・アシモフは、ロボットは無味乾燥な労働に従事するだけでなく、子供の世話などもする、人間と友好的な関係を持つ存在として描いている。
19歳で最初のSF小説を発表したアシモフは、1948年にコロンビア大学化学博士の学位を取ってボストン大学で教鞭をとっていたが、大学を辞めて執筆に専念し始める。科学の知識が豊富なため、その小説には科学的な裏づけがあり、多くの科学者や技術者に影響をおよぼしてきた。

17世紀の日本、江戸時代の職人が作った弓曳き童子(前頁)と綾渡童子(右)はいずれも精巧なからくり仕掛けによって、弓を曳き、またブランコから跳び下りる。2年前に国立歴史博物館で展示された時には多くの見学者を感嘆させた。
SFと現実がつながる
空想は現実に先行し、人々は空想や夢の実現を追求する。ロボット専門家の多くは、もともとSFの影響を受けてこの分野の研究に携わるようになったのである。
その代表的存在として「ロボットの父」と呼ばれるエンゲルバーガーが挙げられる。アシモフより遅れてコロンビア大学に入学した彼は、アシモフのSF小説を全て読み、ロボット研究に興味を持つようになった。
1956年、彼は友人とともに世界初のロボットメーカー、ユニメーションを設立、1961年にGMのための最初の産業用ロボットを完成させた。エンゲルバーガーは日本の自動車産業自動化にも協力し、日本の自動車を品質と効率の代名詞へと発展させた。
アシモフのロボット小説は、アメリカの技術者にロボット研究の道を示したが、同じくロボット研究の盛んな日本にも、アシモフと同じような役割を果たす巨匠がいた。
1951年、手塚治虫が雑誌に「鉄腕アトム」の連載を開始、1963年にはテレビアニメになった。人の善悪を判別できる10万馬力のアトムは日本人のヒーローとなったのである。

17世紀の日本、江戸時代の職人が作った弓曳き童子(前頁)と綾渡童子(右)はいずれも精巧なからくり仕掛けによって、弓を曳き、またブランコから跳び下りる。2年前に国立歴史博物館で展示された時には多くの見学者を感嘆させた。
日本のロボット研究者の多くは、アトムのように「優しい心」を持ったロボットを作りたいと夢見ている。自動車メーカーのホンダでロボットを開発する竹中透や広瀬正人もアトムのファンだ。ホンダは1986年に秘密裏に10年計画をスタート、1996年に初めて人型ロボットP3のプロトタイプを発表し、世界を驚かせた。
身長160センチ、体重130キロのP3は宇宙飛行士のような姿をしていて、人間と同じように少し身体を揺らしながらバランスを取って二足歩行する。ドアに向って真っ直ぐ歩き、ドアノブを回して押し開き、階段を上ることもできる。ただ、周囲の変化に臨機応変に対応することはできず、進行方向に人が立っていれば、そのままぶつかって人を倒してしまう。
その後、改良が重ねられ、2000年11月にASIMOが誕生した。身長120センチ、体重43キロの軽い合金とプラスチックのロボットが、ゆっくりと歩きながら記者会見場に登場し、カメラに向って手を振った。
ASIMOという名前には、アシモフへの敬意も込められているようである。
ロボットは、人型とそうでないものに分けられ、人型でないものの方が早くから応用されてきた。例えばロボットアームは、スペースシャトルや宇宙ステーションなどに欠かせない存在となっている。
人型ロボットの開発が難しい理由はもちろんたくさんあるが、最も簡単な説明は、人間があまりにも精密にできているので、それに似たものを作るのが難しいというものである。
こんな言い方をする人がいる。夢からスタートした日本では、ロボットを「人間の延長」と考え、ロボットは人間の忠実な仲間であるべきだと考える。一方、アメリカではロボットを「人間の対照」ととらえ、潜在的なライバルと考える。まったく異なる文化的思考が背景にある。人型ロボットの研究でアメリカが日本に遅れをとっているのは、キリスト教文明と関係しているのかも知れない。「人の創造」は神の仕事であり、人間が神の仕事をしてはならないという考えが根底にあるからだ。
限界まで小さく
ロボットは人間以外の生物を真似たものでもよく、そうするとさらに応用の範囲は広がる。
バイオニクスとは、生体の構造や機能を模倣して、それをさまざまなエンジニアリング設計に応用するものだ。例えばアメリカの国防高等研究計画局が支援する蜘蛛の形の15センチの飛行機は、衛星が撮影できない細部を偵察するロボットだ。またカリフォルニア大学バークレー校が研究する「スマートダスト」は、センサーを持つ、塵のように微小なロボットで、それを指先につければキーボードがなくてもコンピュータを操作でき、冷蔵庫に入れておけば食品の鮮度をモニターすることもできる。
1966年に映画として公開され、後にアシモフが小説化した『ミクロの決死圏』は、マイクロロボットの医学応用を予言した作品である。映画の内容には科学的矛盾があるものの、医療チームと潜水艇を縮小して患者の体内に注入し、血液の中をめぐりながら免疫力を増強し、ウイルスや腫瘍を探すというのは、現在まさに各国が研究しているテーマでもある。
人間とロボットの融合ロボットが人体の一部になるのも遠い先の話ではない。人工関節や補聴器、心臓ペースメーカーなどを身体の一部としている人は大勢いるし、人工心臓や人工角膜、神経信号とつながった義肢なども開発が進んでいる。
人間が怪我や病気で身体器官を損なうと、それを修復したり、矯正したりするが、将来は人間もアシモフの小説に出てくるロボットのアンドリューのように、ロボットメーカーに行って機能をバージョンアップするようになるのかも知れない。
マサチューセッツ工科大学で先進プロテーゼ法を研究するHerr助教授は自らも両足を失った障害者だ。「彼は太腿から下は完全にロボットだ。しかも手の込んだロボットではなく、プロトタイプに過ぎない。金属が骨の代わりに入り、筋肉があるべき場所には基板が付けられ、電池は黒いテープで止めてあり、至るところでワイアーが揺れている」と同大学人工知能研究所のブルックス教授は著書『Flesh and Machines』に書いている。Herr助教授は、人工筋肉によって動く義肢を研究しているのである。
未来のものだと思われていたロボットが次々と現実の世界に登場し、ロボットに対する人々のニーズや渇望、恐怖や排斥といった複雑な心理が、心理学や倫理学の新たなテーマとなった。日本と韓国では、ロボットの安全性と倫理に関する原則を定める計画が進んでいるという。その内容には多くの人が興味を持つことだろう。
ロボットはすでに探索者や労働者、外科医や俳優、ペットなどとして実際に社会に入っている。人間の想像は無限に広がっていくのだから、ロボットの進出分野も、今後ますます増え続けていくことだろう。