杖をついたお年寄りがバスを下りる時、片手で杖を握りつつ、もう片手で慌てて小銭を取り出そうとする。この時、もしうっかり杖を握る手を放してしまったら、揺れるバスの中で腰をかがめて杖を拾わなければならない。非常に危険だ。
台湾科技大学工商業デザイン研究所に学ぶ范承宗と鄭宇庭は、こうした問題を解決するために、手を放しても倒れない「平衡杖」をデザインした。それが今年のドイツiFデザイン賞コンセプト部門で、52ヶ国から出品された8007点中の第4位に選ばれた。
受賞するとメーカーから商品化のオファーが来たが、後に製造上の困難が多いことがわかった。しかしデザイン賞受賞後は商品化への道が待っている。
ドイツのiFデザイン賞は、若いデザイナーを育てるために、2008年から学生と卒業2年以内の者を対象にコンセプト部門を設けた。この部門は申込みも展示もすべて無料で、世界中の学生の目標となっている。
今年は受賞100点のうち台湾の作品が31点を占め、韓国の24点と中国大陸の15点を超えて世界トップとなった。
iF賞は、ここ3年の各種デザイン賞の受賞学校をランク付けしている。それによると台湾科技大学と韓国のサムスン・アートデザイン学校が並んでトップ、続いて成功大学、樹徳科技大学、台北科技大学など台湾の14校がランクインしている。

成功大学工業デザイン研究所博士課程の李易叡が設計したデジタル計測機能を持つ「Pen Ruler」。今年のiF賞で台湾の学生として過去最高のコンセプト部門第2位に輝いた。
しかし、デザイン賞受賞後に本格的に商品化されたものは1割に満たないという。学生のアイディアは「机上の空論」に過ぎないということだろうか。
台湾のSampo社や米国のフロッグデザインに勤務した経験があり、今は台湾科技大学工商業デザイン学科准教授を務める鄭金典は、学生の作品の商品化が難しい要因を二つ挙げる。一つは、商品化に対する学生の知識が足りないこと、もう一つは、デザインの価値に対するメーカー側の投資意欲が不十分なことだという。
コンクールに出品する学生が考慮するのはコンセプトと新たな発想であって、商品化のための生産性やコストは重要な要件とはされない。
だが一方のメーカーは、製造コストや利益、市場規模を評価しなければならない。新しいデザインに魅力を感じても、それに投資できるかどうかは会社によって異なり、経営思想まではなかなか変えられない。
上記の「平衡杖」の場合、市場にはすでに三脚杖があるが、三脚杖は一定の床面積を必要とし、階段などでは使いにくい。一方の平衡杖は脚は1本なので床の状況を考慮する必要はなく、高齢化社会において高い需要が見込まれ、台湾やカナダやデンマークなど各国のメーカーから引き合いが来た。

「Jump From Paper」はユーモラスで楽しい漫画のようなバッグだ。
学生が発想した「平衡杖」は「起き上がりこぼし」の原理を利用したもので、杖の底部に鉛を入れてバランスを保つというものだ。
だが、これを設計した2人の学生は、メーカーと商品化を進める過程で、一般の杖の長さが110から130センチであることを知り、そこから計算すると2キロ以上の鉛を入れなければならないことを知った。一般の杖の重さが400グラムであるのに比べると、これは使用者には大きな負担となる。
商品化の成功例もある。同じ台湾科技大学の学生・邱啓審が作ったFlexibleLoveという伸縮椅子は、量産が容易で、市場でも好評を博している。
苗栗出身で6年前に台湾科技大学工業デザイン学科に学んでいた邱啓審は、自宅付近の工場で、ハニカム段ボールが木材の代りになるほど頑丈なことを知り、それを利用してアコーディオン状に伸縮できる椅子を作った。幅23センチの一人掛けの椅子を伸ばしていくと長さ7.2メートル、16人のスポーツ選手が座れる長椅子になる。
環境に優しく、前衛的なデザインのこの椅子を、アメリカのWIRED誌は「世界で最もクールな椅子」と評した。価格はサイズによって12650〜23150元、発売から5年になり、世界の20ヶ国で5000個売れている。今はニューヨーク近代美術館にも展示されている。

商品化される台湾科技大学学生の巣キッチン湾科技大学クリエイティブデザインセンター提供)
この椅子の商品化を推進したのは邱啓審と同じ学科の先輩、林飛比と彼のPinzaan社だ。
1982年生まれの林飛比は、多くの優れた作品がマーケティングや製造、法令、資金などの支援不足のために商品化されないのを見て、この道を選んだ。そして現代的な美を感じさせるFlexibleLoveを最初の商品化の対象に選んだのである。
彼はまずターゲットを、購買力があり生活の質の高い欧米に絞り、各地で特許と商標を申請した。起業当初、資金の3分の2(50万台湾ドル)は特許費用に投入された。
次に、この椅子の可動性や面白さを表現するために短編フィルムを制作してYouTubeに発表すると、大きな話題になり、各国から注文が相次いだ。ネットの有効性は予想していたが、予想以上の効果だったと言う。
林飛比はPinzaan社とデザイナーの関係を、レコード会社とアーティストのそれに喩える。会社は潜在能力のある作品やアーティストを発掘して市場を評価し、商品化する。その過程ではマーケティングや販売、知的財産権、製造、ブランド管理などが必要となる。
初期のデザインは、量産前に市場に合わせて修正し、デザイナーはロイヤリティを得るという形で長期的に協力する。

台湾科技大学の学生が設計した伸縮性のある椅子は商品化に成功し、2009年には従来の段ボールより耐水性の強いクラフトペーパーの作品も発売した。
林飛比は、商品化する前から、デザイン自体がターゲット層や価格帯など、その位置づけを明確に持つものが良いデザインだと考える。
また、文化や生活方式の制限を受けず、全世界で売れるものが良い。例えば、台湾では筊;杯(廟で神様の御意思を伺う時に使う木片)の形をした消しゴムが受験生に売れているが、これは台湾人にしか分からないユーモアだ。また、日本の深澤直人がデザインしたドーナツ型の加湿器は非常に魅力的だが、加湿の不要な台湾では売れない。
昨年9月、Pinzaanは新作、Jump From Paperというバッグを打ち出した。台湾科技大学出身のデザイナー、林雨柔と蘇筱茜の作品だ。高価なバッグが買えないなら自分で好きなバッグの絵を描けばいいではないかという発想で生まれた。アメリカの漫画の中から飛び出してきたようなポップな作品を林飛比は一目で気に入った。ターゲットは18〜35歳の学生やOL、新鮮で面白いものが好きな女性は、このバッグを普段使うのではなく、注目や話題の的となるために持つと考えた。
デザイナーの同意を得たら、ターゲット層の反応を調査し、工場で生産性を評価し、関連法規を調べる。これらを経て製品を再調整し、発売となる。
ターゲット層が明確であるため、林飛比は若い層に人気のあるテレビのバラエティ番組「康熙来了」や「大学生了没」などでこれを露出させたところ、ネット上での問い合わせが相次いだ。また台湾のTV番組は台湾以外の華人エリアでも影響力があるため、香港やシンガポール、中国大陸などの市場の可能性も開けてきた。

目の利く林飛比は、高級中国家具市場に的を絞り、置き方によって腰掛けにもなれば寝椅子にもなる6本足の「咚咚鏘」を売り出した。
学生の作品の商品化を促進するため、大学のデザイン学科も次々と行動に出ている。
研究分野で長い歴史と実績を誇る成功大学工業デザイン学科は、工業デザイン分野の学術論文発表件数では世界2位にランクされている。
近年は国際化を発展の重点とし、海外実習やワークショップなどを通して英語によるプレゼンテーションなども練習し、学生の国際感覚を育てている。
例えば2008年に同学科主任の陳建旭は学生を率いて日本で海外学習を行なった。日本の千葉大学の学生たちとチームを作り、化粧品メーカー、カネボウから出されたテーマに取り組んだ。同社が新しく発売する化粧品シリーズの容器やパッケージを設計するというものだ。
企画案には商品のサイズやターゲット層などが明確に示されており、学生たちは製造コストや量産の生産性といった条件も考慮することとなる。
成功大学の教員・曾剣峰の工業デザインの授業では、スポーツ機器メーカー聯新公司から出されたテーマに従い、キャスターボードやスケートボードなどのデザイン改良を行なった。
4年生の李京樺は従来のキャスターボードの2枚の板の間の弾力性のある物質を機構設計と結合させ、一体のプラスチック板でキャスターボードの動きができるようにした。これは量産時の工程を大幅に簡素化できる設計だったため、メーカーはこの構想を買い取り、実際に量産されることとなった。

台湾科技大学の学生が設計した伸縮性のある椅子は商品化に成功し、2009年には従来の段ボールより耐水性の強いクラフトペーパーの作品も発売した。
台湾科技大学は、韓国のサムスン・アートデザイン学校やアメリカのアート・センター・カレッジ・オブ・デザインの方法を参考に、今年「クリエイティブデザインセンター」を設立した。デザイン実務教育を強化して国際デザイン研修などを行ない、また産業界の協力先を求めて、先端コンセプト(電子ペーパーなど)や文化クリエイティブ製品の開発を行ない、学外の人材を講師に招いている。
その講師の一人、台湾科技大学卒業生で26歳の陳彦廷は昨年ニューヨークのプラット・インスティテュートで修士の学位を取ったばかりで、現在は大学2年の「クリエイティブ企画」の授業を行なっている。また産学協力プラットホームの構築も担当しており、学生が創意と商品化の間に接点を見いだせるようアドバイスしている。
陳彦廷は台湾科技大学時代から今までに国際デザイン賞を80も取っており、今年は一人でiF賞コンセプト部門を3項目も受賞するという記録を打ち立てた。まさに「受賞の達人」である。
クリエイティブデザインセンター設立後、最初に打ち出された商品は、昨年アメリカのIDEA賞を取った易倒冠(In Out Bottle)だ。これは自由に凹凸させられるシリコンゴムの蓋がついた容器で、穴が開けられており、軽く押すだけで砂糖や塩を振りかける口になるというものだ。
この作品で受賞した陳彦廷は台湾で特許を取り、その費用4万元は学校が全額支援した。商品化に当ってはメーカーが製造と販売を担当し、デザイナーは売上げに応じてロイヤリティを受け取る。
「コンセプトデザインから商品になるまで、すべてがまったく新しい学習体験でした」と陳彦廷は言う。製造工程に触れてはじめて食用シリコンゴムの種類の多さを知り、プリントの色数によって効果と原価が違うことも知った。シリコンゴムの厚さなども幾度も調整し、最も使いやすいものを作った。
陳彦廷がiF賞とレッドドット賞の両方を受賞したLetter Cuttingという切り紙のポスターや影像作品は、ローマ字と中国伝統の切り紙細工を組み合わせたもので、独特の美感があり、メーカーからはこれを使って漆器の装飾品を作りたいという申し出があった。
前述の「平衡杖」を設計した范承宗と、大学時代の友人で今は台北科技大学修士課程に学ぶ王伯晋が共同でデザインした「巣」という作品は、磁石を組み込んだ卵型の置物で、クリップを吸いつけて収納することができる。
今年のiF賞コンセプト賞を取ったこの作品はシンプルで愛らしく、すでにメーカーによる発売が決まっている。
商品化と市場の試練は長い戦いであり、デザインの実力も商品に形を変えなければ利益は得られない。受賞後の次なる戦いに向けて、さらなる努力が必要となる。

商品化される台湾科技大学学生の巣キッチン湾科技大学クリエイティブデザインセンター提供)

学生たちが受賞する作品のコンセプトは創意に満ちているが、その後、商品化されて世に出ていくものがどれだけあるだろう。これは世界的なデザイン賞を取れるようになった台湾の次の課題である。

商品化される台湾科技大学学生の巣キッチン湾科技大学クリエイティブデザインセンター提供)

台湾科技大学の学生が設計した伸縮性のある椅子は商品化に成功し、2009年には従来の段ボールより耐水性の強いクラフトペーパーの作品も発売した。