最近、心身精神の健康と命の活性化を目指す講座「スダルシャン・クリヤ(浄化呼吸)」が巷で流行りだ。インドのグルジ(大師。本名シュリ・シュリ・ラビ・シャンカール)が、緊張や心身不調に陥りがちな現代人のために考案した呼吸法だ。台湾上陸17年、数万人が学び、遙々インド・バンガロールへ赴きアシュラム(道場)でグルジに指導を請う人も少なくない。
一方、精神科医の郭育祥が2010年9月に出版した『病は自律神経から』は自律神経失調症を詳説し、無料で便利で効果的な処方を出しているが、これも呼吸、「腹式呼吸」だ。
呼吸のどこが難しいのか。もって生まれた本能だ。わざわざ再修得する必要があるのか。
慌てず騒がず、気を静め、深呼吸を。答えはその中にある。
「生まれて初めてすることが大きく息を吸うことで、それから泣くのです。そして死ぬとき最後にするのが大きく息を吐くことで、それから皆を泣かせるのです」―グルジ
人の一生は、吸気に始まり呼気に終わる。呼吸をやめることはできない。グルジの言葉を借りれば「呼吸なくして命なく、呼吸を知れば命を知る」のだ。

10月下旬の土曜夜、敦南誠品書店の一角に老若男女が所狭しと座り、精神科医・郭育祥の自律神経失調症の解説に耳を傾けていた。更に床に寝て腹式呼吸を示す。胸と腹に本を乗せ、胸の本を動かさず、腹の上の本が呼吸に合わせて上下すればよい。
11月中旬、新店烏来の雲仙楽園にスダルシャン・クリヤの生徒五十数名が集まり、目を閉じ背筋を伸ばして正座し、簡麗莞先生の号令に合せて吸って吐いてを繰り返す。強大なエネルギーが体内に湧き起こり、散漫だった心身が澄んでいく。
何事にも熱心だったのに、失意の連続で閉じこもったという陳士心(45)は、20代から死別の悲しみを味わい、家族を次々に失う。「苦しみから逃れ楽を得る」べく仏を学び修行した。「表面的な平静は得ましたが、楽しくはありませんでした」
ある時期、陳は体の崩壊を感じた。動悸がし、血圧が上ったり下ったりを繰り返し、数日おきに救急車で運ばれた。漢方医に「気虚」といわれ、西洋医にはパニック障害と診断される。身長161cmの彼女は40kgに痩せ「お風呂で自分に驚かされ」た。もう最後の「一息」しか残っていないような気分だった。
ヨガ講師の指導でスダルシャン・クリヤに触れ、閉ざされた扉が開く。一年で情緒も体調も大きく改善し、体重が5kg増え、低血圧と冷えも消えた。
自信を強めた陳士心は、毎日スダルシャン・クリアの練習を30〜40分続け、めったにさぼらない。「練習しながら笑うこともあります」心の内から出て抑えられない喜びだという。

インドのグルジが編み出した「浄化呼吸」は呼吸の頻度とエネルギーの共振を重んじる。妊婦や心臓血管疾病、緑内障のある人にはふさわしくなく、中途半端な知識で人に教えることは禁じられている。
陳素雲(仮名)は「もうだめだと感じていた」時、級友の紹介でスダルシャン・クリヤを習う。「呼吸が全ての問題の答えでした。スダルシャン・クリヤは海を漂流していた私には、一本の木切れでした」と感慨深い。
息子と娘がそれぞれ建国高校と台北第一女子高に通う。勉強ができる子供は羨望の的だが、陳は苦しんでいた。息子はゲーム漬けで夜眠らず、昼は起きられない。娘は海外交換留学と休学一年で、今は高校5年目だ。更に近頃は偏頭痛、嘔吐、不登校の悪夢が始まった。
息子を寝かせ、娘を学校に行かせるのが毎日の重責になったと力なく話す。枕元で中華鍋をたたいても息子は起きない。娘は頭痛で休む。子供を精神科・心療科に診せたが効果なく、彼女は悲しみの余り毎朝起きると手足に力が入らなくなった。
水泳にベリーダンス、ヨガ、太極拳でも憂鬱から解放されなかった。スダルシャン・クリヤで初めて癒しの希望が見えた。
今、気持ちが塞ぐ時は呼吸の練習に行く。20〜30分でリラックスし、伸び伸びし、現実を受け入れるようになった。子供の問題も自分だけの責任ではないと見つめ直せた。子供が自分なりに成長を模索する中、親がキリキリしては事態は悪化するだけだ。「どうにもできないなら、成行きに任せることだと分かりました」と、落ち着き所のなかった心が足を下ろしていった。

インドのグルジが編み出した「浄化呼吸」は呼吸の頻度とエネルギーの共振を重んじる。妊婦や心臓血管疾病、緑内障のある人にはふさわしくなく、中途半端な知識で人に教えることは禁じられている。
実は呼吸は、内外共通の健康・修行の道だ。戦国時代(一説には前漢)既に『黄帝内経』に「吐納」の記載がある。
漢方で「気」は生命のエネルギーと原動力であり、身体組織の維持エネルギーでもある。「経脈理論」を基に、気機(気の作用機序)導引と循行を追究し、天の時と地の気に合わせ、古きを吐いて新しきを納める。
スダルシャン・クリヤを考案したグルジは「呼吸とは奥深い学びの過程。頭の中の考え・リズムには、呼吸の中に対応するリズムがあり、呼吸のリズムにもそれぞれ情感が対応しています。だから、頭で対処できないとき、呼吸を通じてそれを処理できるのです」という。
スダルシャン・クリヤを推進するアート・オブ・リビング基金会台湾本部の講師・簡麗莞が言う。「人は過去を悔やみ、将来を憂います。取り返せない過去と見えない未来の間で揺れ、今この時を忘れて、今を生きることができないでいます」心の悩みや乱れは抑え難いが、呼吸は心に繋がる。「心が凧なら、呼吸は凧を操る糸です」
インド精神世界の名師OSHOも著書『EmotionsーFreedom from Anger, Jealousy & Fear』で呼吸について語る。「誰でも胃にゴミをためこんでいる。体の中で情緒を抑圧できる唯一の空間だから。…これらの抑圧のために、呼吸できず、浅くしか息ができない。深呼吸をすれば、抑圧された傷がエネルギーを放出する。あなたはそれを恐れ、誰もが恐れ、自分の気を胃に吸い込まないようにしている」
「胃に抑圧を詰め込み過ぎれば、身体は上下半分に分かれてしまう。すると、もう自身は一つでなく、一体感が失われる」

郭育祥医師が開発した「呼吸調節器」を使うことで、心拍の強度や頻度の変化を見て、一人一人に最も合った呼吸頻度が見出せる。
グルジもOSHOも郭育祥も、仏家と道家の調息・座禅も「腹式呼吸」が不変の法則だ。短く浅い胸式呼吸と異なり、「ゆっくり」「深く」が二大原則だ。
催眠や癒しの効果はさておき、腹式呼吸は東西医学ともに学理的な根拠がある。
腹式呼吸は一分約6回、大きく吸い込み、横隔膜を腹腔に引き、腹腔を膨らませる。息を吐く時は膨らんだ下腹部をへこませ、空気を押し出す。「横隔膜の運動が肝臓・膵臓、胃腸など内臓を動かし、血流をよくし、内臓機能が強化されます」と郭育祥は話す。
ゆっくりするのは、遅い呼吸で長生きするからだ。
郭は『病は自律神経から』で鶏・犬・牛・象・亀・ヒトを挙げ、呼吸が遅いほど長寿であると証明している。呼吸が毎分28回の鶏の平均寿命は10年、2回の亀の平均寿命は200年だ。郭は自分の呼吸を普通の倍遅い毎分6〜10回に設定する。
中華武芸気功協会理事長、琉璃光百草養生堂代表の陳致光が説明する。漢方に「意守丹田」というが、気を孕む丹田はへそ下6〜7cmにあり、丹田を意識し、胸が動かないように毎分4〜6回ゆっくり深い呼吸をする。腹腔内の胃経、脾経(膵)、肝経、腸経、任脈等9つの経脈を腹部の筋肉で駆動し、経脈が活性化して高血圧、糖尿、不眠といった症状に効果が顕著だ。

呼吸はヨガや太極拳、禅など、あらゆる心身修練の基礎とされている。
西洋医学の観点も同じだ。
自律神経失調症が専門の郭医師によると、自律神経は人体の90%以上の器官を制御する。胃腸の蠕動、血圧、体温、筋肉を緩めるなどは意識による制御ができず、呼吸でなければ効果的な調節ができない。
「呼吸は心拍にさえ影響を与えるのです」吸気は交感神経を刺激して活発にし、興奮や感情の高まりを感じさせる。呼気は逆にリラックスさせ、喜びや平和な感覚を生む。だから意識的に呼吸のリズムと深さを変えれば、自律神経を調節し神経系統の平衡が達成できるのだ。
「正しい呼吸は無料で便利且つ効果的な処方」と郭はいう。ヨガを練習してきれいなポーズが作れても、呼吸を変えなければ自律神経は調節できない。
正しい呼吸を身につけ自分に合う速度を見つければ、自律神経を強化できると郭は強調する。この理論を臨床に運用し、患者に効果が得られている。
最も印象に残るのが、50代の企業経営者だ。始終急診にかかっていた。いつでも心臓発作に襲われる恐怖から、飛行機や新幹線に乗れなくなり、病院から車で20分以上離れた所へ行けなくなり、しまいには家でしか仕事ができなくなった。抗不安薬の服用に加えて腹式呼吸の練習を行ったところ、2ヶ月で顕著な改善が見られた。2ヶ月でよくなるなんて、5年間無駄に苦しい思いをしたと、経営者は喜びながら悔しがる。
もう一人は60代の女性で身長150cm体重80kgの肥満だった。腹式呼吸で6ヶ月で20kgを減量し、心臓と膝の負担も減り歩行器も不要になった。
深い呼吸で痩せるというのは本当だろうか。郭の説明によると、多くの自律神経失調症の患者は食べることで不安を解消する。食べると胃腸を蠕動させ働かせようと副交感神経が刺激され、それによりリラックスもするが、体重増加にも繋がる。体重が増えれば自信をなくし行動力にも影響し、患者はさらに落ち込んで食べる。心理面に関係する悪循環は減量薬では改善できないが、「呼吸」という心身精神のあらゆる面をカバーする方法なら、根本を改善する効果がある。

インドのグルジが編み出した「浄化呼吸」は呼吸の頻度とエネルギーの共振を重んじる。妊婦や心臓血管疾病、緑内障のある人にはふさわしくなく、中途半端な知識で人に教えることは禁じられている。
また、腹式呼吸のトレーニングは「過呼吸症候群」の予防にもなる。患者は往々にして自律神経失調で窒息感があり、空気が吸えない自覚のため不安になって、よりたくさんの酸素を必死に吸い込む。呼吸が浅く速くなり、二酸化炭素が過度に排出されて濃度が低下し、血管が一時的に収縮する。患者は焦燥状態に陥り、更に呼吸が速くなるという悪循環が起こる。
郭によると、病院はこれまで袋で口と鼻を覆い二酸化炭素を袋にためて再度吸わせる方法で過呼吸症候群に対処していた。だが実は腹式呼吸で間もなく緩和する。昔の人は分っていたと郭は冗談を言う。お化けが出たら「息を止めろ」とは、過度の吸気で緊張が高まり、息切れしたり全身が震えたり、コントロールが効かなくなるからだ。
同じ道理で、喫煙者が煙を飲んでは吐き出す過程でリラックスできるのも、深く吸い、ゆっくり吐くからだ。喫煙と腹式呼吸はスピードが似ている。リラックスさせるのはニコチンでなく速度であると郭は論破する。
なぜスピードが重要なのか。
呼吸は心拍を変え心拍は血圧に影響し、関連し合う。人体のエネルギー転換には大きな力が費やされるから、呼吸を脳波、心拍、血圧の周期と一致させれば「共振」効果が得られ、エネルギーを最大限に利用できる。
ブランコは足をやたらと蹴り上げなくても、リズムに合わせて軽く力を使えば高く上がる。呼吸と心拍・血圧の共振も同じだ。ただ人により共振の周波が異なるうえ安定しないから、練習が必要なのだという。
ヨガ、座禅、気功はこの境地の鍛錬で、5年、10年かかるのは、自分のスピードをつかみ、気・心・精神が一つになる境地を感じ取るためだ。忙しい現代人に短時間でスピードをつかんでもらえるよう、郭が特許申請中の「呼吸調節器」は、心拍変化率を測定して一人ひとりの共振周波数を探す。

(左右)呼吸は人体で唯一自律神経のコントロールが可能な手段である。写真は郭育祥医師が敦南誠品書店で、呼吸のリズムや深さを変えることによって神経のバランスを整える方法を説明する様子。
これに限らずスダルシャン・クリヤもリズムを重視する。
簡麗莞は、スダルシャン・クリヤとヨガ・太極拳の調息との最大の違いがリズムだという。春夏秋冬があり、生老病死があるように、何事にもリズムがある。呼吸も例外ではない。
スダルシャン・クリヤには3つの段階があり、それぞれリズムで生み出される。
第一式はウジャイ(UJJYAI)、「勝利の呼吸」ともいい、呼吸で思考を制御する。意識を喉に集中し、深く息を吸いゆっくり吐き、喉から低く耳に心地よい遠い波に似た『海潮音』を出す。簡はこれを「集中してリラックスした」音だという。喉の震動の周波が交感神経を沈静し、副交感神経を活性化させて平衡へと導く。
「最も柔和で最も微細な呼吸法は、忘れているだけなんです」赤ん坊が寝ているときの呼吸で、人が眠りに落ちる前もこの呼吸になっているという。
次はバストリカ(Bhastrika)「ふいご呼吸」。名前の通り速く力強い呼吸法で、短時間に大きなエネルギーが得られる。肺は上中下の三葉に分れ、子供の心肺機能の活用は90%に及ぶが、筋肉が固まりストレスを抱えた大人は20〜30%だ。エネルギーを肺の隅々まで導き、肺をいっぱいに開かせる。
但し妊婦、緑内障・心血管疾患の場合にはできない。強いエネルギーは血管への刺激が大きく危険だと簡は注意を促す。
最後が独自の浄化呼吸だ。以上3つの速度の異なる呼吸でストレスを解き放ち、活力に満ちたエネルギーを生み出す。

(左右)呼吸は人体で唯一自律神経のコントロールが可能な手段である。写真は郭育祥医師が敦南誠品書店で、呼吸のリズムや深さを変えることによって神経のバランスを整える方法を説明する様子。
アート・オブ・リビングは世界に4万のボランティア講師がいる。簡麗莞は2009年2月に講師の資格をとり、5月に開講、既に生徒が五、六百人いる。生徒の変化が彼女の原動力だ。
スダルシャン・クリヤの修得過程での「感受性」は人それぞれだ。身体の浄化、思想の変化、記憶の浄化ということもある。レッスンでは泣く人も大笑いが止まらない人もいる。明確な反応がない人も、誰もが同様に感動と解放感を覚える。
泣くのも笑うのも、漢方医・陳致光の目には奇異に映らない。涙腺と交感・副交感神経は密接な関係があり、あらゆる感情と五臓六腑とが関連し合う。呼吸の修得過程は自律神経を刺激し、五臓六腑を動かす。
更に不思議なことに、神経系統に蓄積した重金属、有毒成分、色素が、スダルシャン・クリヤで「排出」される。
陳致光の「鉄砂伝説」だ。
北京武術研究会、武術連合競技太極拳と剣術で個人優勝した陳致光は、鉄砂掌を鍛えて4、5年になる。2009年11月苗栗のスダルシャン・クリヤ受講時、肘の内側に黒い粉が出てきた。洗っていなかったかと恥かしかったが、妙だと気づく。拭いても出てくる。鉄砂掌の鍛錬で鉄砂が皮膚・ツボから体内に入ったのが、浄化呼吸によって排出されたと最後に分った。以来陳致光はボランティアとなり、簡麗莞の講座に必ず漢方医として生徒に同伴し、医療相談とサービスに応じる。
巷の呼吸法講座は安くないが (スダルシャン・クリヤ初級コースは新規で受講料7000元)、原理は簡単、吸って吐いて、思考を凝集し、自分を静め、酸素と二酸化炭素の交換の過程で、自分と向き合い、「手放す」ことを学び、喜びと静けさを湧き上がらせる。
これが、外に求めても得られない、呼吸の奥義と生命の真髄なのだ。ぜひ試されたい。

グルジは生命は永遠の祭典だと言う。簡麗莞講師(前方の白衣の人)の指導の下、生徒たちは「自分と出会い、呼吸を取り戻す」練習をする。