「もし友達を陥れたいなら、雑誌を出版するよう勧めればいい」とは、文化界に伝わるジョークだ。雑誌出版は多額の資金を費やす事業で、読者や広告収入が豊富でなければ経営持続は極めて難しい。
だが今年4月以来、台湾では「小」雑誌が多く登場している。小規模な組織で狭い読者層を対象に、暮らしの些細なテーマを扱う。こうした私的な雑誌は思わぬブームとなり、まるで「小雑誌の逆襲」の観がある。
4月以来、コンビニや書店の雑誌売場に、おやと思わせる新顔が並んでいる。表紙はタイトルと小さな写真だけのレイアウト。ほかの華々しい雑誌と並べると、まるで厚化粧の美女の中に、すっぴんの田舎娘がいるようで、思わず目が注がれる。
『小日子』というこの雑誌は、創刊から4期を重ね、毎号約1万5000部を売っている。創刊号「朝ごはんが大好き」は、すでに絶版の逸品だ。

黄威融が編集長を務める『小日子』は、シンプルな体裁で暮らしの空気感を表現している。
「同じ朝食をテーマにしても、ビジネス誌の場合はその経済効果を語り、健康雑誌なら栄養やヘルシーさを説明しなくてはいけません。でも我々の場合、ただ朝食に何を食べるのが好きかだけを扱えばいいのです」と言うのは『小日子』の発行者兼編集長の黄威融だ。
朝食の回では「忙しくても家で朝食をとりたい」「シンプルにご飯と味噌汁で仕事を始める元気が出る」「内湖サイエンスパークの会社員たちはワゴン車で朝食を買うのがお気に入り」などのテーマを扱った。第2号の「ぶらつきたくなるエリア」でも、「うちの店ではおしゃべりはだめ、本を読んだり音楽を聴いたりてほしい」「喫茶店が夕方6時までなのは家族と夕食をとるため」「台北の民生地域に来て、ぶらつくことが好きになった」など、徹底して個人的な思いが語られる。
ひたすら個人の生活スタイルを追った雑誌だ。黄威融はこう言う。ビジネス誌は企業競争や投資利益など成功の秘訣が主なテーマで、情報提供に重きを置く生活・レジャー誌はやたらと派手で広告が多い。読者の心と対話するような雑誌が欠けていた。
「雑誌は一種のムード商品なのです」と黄は言う。『小日子』は、見栄えのする光沢紙も使わず、全カラー刷りにもこだわらない。余白を多く残し、素朴でソフトタッチのスナップ写真を用いて親しみやすさを出している。
「我々のターゲットは、個人的ライフスタイルを渇望する新時代の読者です。彼らにとっては、とりとめのない、しかもこだわりある『偏見』がむしろ共感を呼びます」と黄は説明する。

雑誌出版に情熱を注ぐ詹偉雄は、蟻の兵隊の戦略で多数の小雑誌を出している。スポーツ誌『Soul』は好評を博している。
やはり4月創刊の『練習』も同様のスタイルだ。準備に3年かけたというこの雑誌は、人気ブログ「彎彎」を立ち上げ、自転星球文化創意公司の社長でもある黄俊隆による。「人生は反復練習の旅である」という考えに基づく雑誌で、読者それぞれの人生に寄り添う「参考図書」を目指す。
ただし、テーマ誌がコンセプトの『練習』は、市場のニーズを綿密に考慮している。
創刊号「一人」では、作家の駱以軍と人気シンガーソングライターの陳綺貞による対談「一人のホテル創作タイム」が組まれたほか、蘆広仲、方文山、夏夏、蘭萱といった異なる分野の独身有名人たちを集め、彼らの住まいを初公開した。またグラフィックデザイナーの聶永真や文化評論家の紀大偉が「一人で病院へ」「一人で映画館へ」といったテーマを語っている。
黄俊隆によれば、『練習』は自転星球文化創意公司のメンバーで作っており、資源的にやや不足気味だ。それで「大リーグのプレーオフみたいなもので絶対負けられません。書き手にしろインタビューにしろ、勝ちが見込める顔ぶれをそろえます」
『練習』は定価199元もするうえ、発売日も一定しないが、人気は高く、創刊号は2万部を売った。8月発売の第2号のテーマは「いっしょに」だ。
「夫婦や恋人、同僚、仲間など多くの関係があって、『一人』より難しいテーマです。でもテーマを次々と高めていけば、読者も『次は何だろう』と思ってくれるはずです」と黄俊隆は言う。

最近創刊されたばかりの数々の「小雑誌」。レイアウトはシンプルで、内容は生活の些細なテーマに焦点を当てている。個人主義のニーズにマッチし、多くの読者に愛されている。
出版業に長く携わり、学学文創志業公司の副董事長である詹;偉雄は、更に大きな野心を抱く。学学文創や投資会社、そして達一広告公司董事長の徐一鳴などに呼びかけ、資金2400万元を準備、15点に及ぶ異なるテーマの小雑誌を出版したのだ。まず試みとして出したのが『Soul運動生活誌』『Gigsロック生活誌』、純文学を扱う『短編小説』の3冊だ。
「小雑誌はブームになるという自信があります」詹;はこう分析する。小雑誌は、編成が小規模、部数も少なく、自分だけの小世界への関心という三つの特色がある。そのうち編成と部数は雑誌のコストに関わる。大きな雑誌社は編集と発行で数十人から何百人というスタッフを抱えるが、発行部数もそれなりの規模があり(商業周刊で約13万部、壹周刊で約10万部)、巨額の支出に耐えられる。
一方、小雑誌はスタッフが3人ほど(スポーツと音楽は3人ずつ、『短編小説は』2人)なので、人件費が低く、市場に合わせて機敏に動くことができる。
「ここ数年の『ppaper』『蘑;菇;手帖』などの売れ行きからも、小雑誌の将来性がわかります。今後、ビジネスモデルとターゲット層を見極められれば小雑誌はますます盛んになるでしょう」
詹;はこうも強調する。小規模編成だからといって、少数の人間が好きなことを言っているというわけではない。オンラインで原稿依頼からレイアウトまですませられる時代になった。「今、能力のある人材は自分で起業したり、契約で仕事を受けたりする方を好みます。小雑誌がこうした人々を取り込んで大きな『人材庫』になれば、雑誌の内容も大きく進歩するでしょう」

『練習』はテーマ誌をコンセプトとし、出版界の奇才、黄俊隆が3年の構想を経て創刊した。
小雑誌ブームは、それまで数十年間「大雑誌」が集団生活や社会問題を扱ってきたことへの反動とも言える。例えば「ほかの国にできることが、なぜ我々にはできないのか」といった記事を読むことは台湾社会に参画することと同義であった。
だが小雑誌は、社会の一員としての問題などはまったく問わず、むしろ一人一人の個人的な経験や思い、好み、或いは自己実現への渇望などを集める。
「台湾社会は今、集団化から個体化への大きな変化の真っ最中なのです」詹;の分析によれば、集団化社会では、個人が生きる価値は社会集団の影響を大きく受けるが、個体化社会では自分の生き方は自分で決め、個人が生活の中で模索し続け、実現するものとなる。
小雑誌が発信するのは「焦点を絞った関心」「真摯な言論」だと詹;は考える。つまり「小」ゆえに、世界は少数の真理に支配されるものではなく、個人やそれぞれが持って生まれた差異が尊重されるもので、雑誌購読にも自分を貫く自由がある。
「雑誌は、読者と相互作用する関係にあり、個人のアイデンティティや理想と関わります。我々が反響を呼んでいるのは、『読者がもともとそこにいた』からではないでしょうか」

雑誌出版に情熱を注ぐ詹偉雄は、蟻の兵隊の戦略で多数の小雑誌を出している。スポーツ誌『Soul』は好評を博している。
スポーツ雑誌や音楽雑誌も「個人」に深く結びついている。詹;はこう説明する。スポーツと音楽は、肉体や「ふるえ」と関係がある。運動選手は肉体を厳しく制御し、秀でた成果を上げることで、人の心をふるわせる。ロック音楽も肉体の記憶に呼びかけ、聴衆の内面と語り合う。
個人の意識をこれほど強く押し出した雑誌は、人々にとって新鮮なはずである。アメリカの有名な『Sports Illustrated』誌を手本とした月刊誌『Soul運動生活誌』は、従来の雑誌のように試合のプロセスを細かく説明したりしないし、勝負の結果にもこだわらない。むしろ運動選手の心の動きをドキュメンタリータッチで描写するなど、より内的なものが重視されている。
6月号の「ヒーローの交代?」ではアメリカ在住の投手、陳偉殷が取り上げられた。編集長の李赫は陳偉殷をこう形容する。「ダルビッシュの、救い難いまでの華麗な投球への執着(あらゆる変化球を極地まで磨き上げる)と比べると、陳は近寄りがたい天才という風でもなく、重々しさも華やかさもない。ただ感じさせるのは、彼はひとつのことを徹底してやりとげる人間だということだ」
こうした際立った描写は、野球評論家の曽文誠も「一般のスポーツ誌のレベルを超えている」と賛美する。細やかな雑誌作りで、同誌はまたたくうちに広告数トップのスポーツ雑誌となった。

『練習』はテーマ誌をコンセプトとし、出版界の奇才、黄俊隆が3年の構想を経て創刊した。
台北市雑誌同業組合の洪善群・理事長は、書籍デジタル化が進む中、雑誌の変革は必至だと考える。
「経済や時事を扱う大雑誌は常に売上げトップを占めていますが、その実、部数は減り続けています」ネットでいつでも情報が得られる今、総合雑誌は縮小していくだろうと、洪は言う。
洪によれば、台湾では2011年に56点の雑誌が創刊されたが、15点がすでに廃刊、生き残ったのは小規模の、健康やグルメ、ファッション、生活、写真など読者に身近な内容の小雑誌ばかりだ。「対象を絞って高品質に作ることは、雑誌経営の大切な戦略となるでしょう」と言う。
詹;偉雄は、電子書籍と紙の本の違いを、太陽と月にたとえる。ネットメディア界では早くからわかっていたことだが、ユーザーの忍耐には限りがあり、短時間で次々とページを移るので、一つのニュースは800字を超えないほうがいい。だから短いメッセージを伝えるフェイスブックやツイッターに人気が集まる。それに対し、紙の図書は柔らかな光の月に似て、人はゆっくりとその豊かさを楽しめ、いわば読書という行為を真に感じられる。「デジタル音楽がこれほど普及しても、ライブ演奏の人気はますます高まっているのと同じです。我々は目や耳だけでなく、実際に触れることで満足を覚えるのです」と詹;偉雄は言う。
紙の雑誌は主観的で、自分だけの世界でも許されるし、熱く思いを語り、青春や汗の息吹を放つことも可能だ。或いは文芸路線を走ってもいい。小雑誌の逆襲は、主流メディアに向けられたものと言うよりは、むしろデジタル書籍の攻勢に対抗するものなのかもしれない。