金庸、古龍、梁羽生から王度廬まで、本の中の武侠の世界は多くの華人にとって少年時代の共通の夢だったと言える。若く血気盛んな年頃に、誰もが軽功の技を身につけて、気を集中させて山も波も軽々と飛び越えてみたいと思ったはずである。荒れた古刹を訪ね、一代の奇人に出会って絶世の妙技を教わり、これを頼りに自在な人生をおくり、仙女のような伴侶を得て二人仙境に遊ぶ夢も見た。かつてはこんな夢は、放課後の昼寝時に大口を開けて見るしかなかったのだが、今ではハイテクの魔法の中で目の前に実現するではないか。しかも20代から30代の若い人であろうと、武侠ゲームの世界ではすでに10数年の経験を持つベテランなのである。
ゲームの世界を開いた軒轅剣
わが国の武侠ゲームの始祖と言えば、大宇資訊が挙げられる。すでに11年前に、大宇資訊ではアメリカや日本のゲームとは異なるものを目指し、台湾で最初の中国風RPG「軒轅剣」を発売した。その後9年間で軒轅剣シリーズは5作を数え、武侠ゲームマニアを夢中にさせた。その後、1995年には「仙剣奇侠伝」が発売されさらに人気を呼んだ。このシリーズの2作目は遅れに遅れて6年後にやっと出たのだが、それでも他のゲームを押えてゲーマーたちの心を捉えたのである。
これに続いて智冠科技がトップを奪う勢いで新作を発表、金庸と版権契約を締結して「金庸群侠伝」や「新蜀山剣侠伝」などの大作を投入したが、中でも金庸の原作を使った金庸群侠伝は独創的なゲームだった。このゲームは金庸の小説14作に出てくるあらゆるキャラクターとシーンを使い、武侠小説ファンとゲームマニアの双方を喜ばせたのである。
もう一つ、金庸を看板に推したてたのが昱泉国際社で、1999年に相次いで「神鵰侠侶」と「笑傲江湖」を発売したが、ここでは3Dのリアルタイム・エンジンを導入してリアルに表情を表現し、これまでのゲームとは異なるビジュアルを見せてくれた。
各社の武侠ゲームを見渡すと、それぞれに特徴はあるものの、中でも広くマニアに好評を博し、大陸でもブームとなったのが、仙剣奇侠伝であった。このゲームはゲームマニアを引きつけて離さず、すでにゲームの古典に位置付けられ、台湾のみならず、中国大陸、香港、マレーシア、アメリカ、シンガポールなどの華人圏でゲームの代表作となっている。中国大陸の湖南テレビ局は大陸に仙剣文化を確立しようと「仙剣のスターフェイス」といった特別番組を制作したし、連続テレビドラマにもなった。多くのマニアは、待っても待っても第二作が出ないのに痺れを切らして、続編の脚本を書いて送ってきたりしたそうである。仙剣奇侠伝が発売されてから6年経つが、このブームは未だに続いていて、中国大陸で60万セット、台湾で20万セットを売った後、今も毎月数千セットという販売成績を維持している。
武侠ゲームの魅力
中国の武侠ゲームの主流は常にロール・プレイング・ゲームで、ゲーマーは主役を演じメインのストーリーに沿って、武侠世界を体験していく。「武侠小説ファンも、別の角度から金庸や古龍の世界を知ることができます」と昱泉国際のマーケティング担当者は話す。
初期のゲームはパソコン・ゲームが主で、家のパソコンで戦い、技の習得、宝捜しなどのチャレンジをクリアしていった。そこに次第に切ない恋や板挟みの苦しみなどのストーリー性が加わり、物語の結末を知りたいばかりにゲーマーは夜昼を忘れてその中に浸り込んで、主人公と共に起伏に富んだ武侠のストーリーを体験できた。
ここ2年、武侠ゲームはパソコン・ゲームからオンライン・ゲームへと進化し、オンラインで同じゲームに参加し、仲間と共に強敵に立ち向い喜びや悲しみを共にするようになった。智冠科技の金庸群侠伝を例にとると、ゲーマーは容貌や衣裳、武功の流派などの設定条件から自分が演じるキャラクターを決められるようになった。男性でなければ少林派に入れないし、古墓派は未婚の女性、星宿派であればお世辞をうまく使えなければならない。それぞれの流派は一族のようなもので、それぞれにチャット・ルームが設置されている。新世代の武侠ゲームはネット機能を十分に活用し、ゲーマーはバーチャルの世界でカンフーの技を身につけ、オンラインで同じ好みの友人を見つけられる。夢中になるのも当然ではないか。
成功大学工学科2年に在学、19歳になる張哲銘さんはゲーム経験6年で、大宇の仙剣奇侠伝マニアである。「予測できないストーリーが続いて、頭を使います。とくに迷宮はチャレンジの連続で、自分で平面図を書かないとクリアできません」と話す。金庸群侠伝では金庸の小説の全てのキャラクターが出てくるので、元々武侠小説好きだった張さんには楽しいゲームで「自分の好きなキャラクターを仲間にして、クリアーしていけます」と嬉しそうである。
高雄医学大学歯科医学研究所の龔俊明さんは、ゲーマーとして10年以上の経歴がある。歴史と武侠小説が好きだと言う彼は、軒轅剣外伝の「天の痕」がお気に入りだと言う。「歴史的事実とフィクションを結びつける金庸の小説が好きで、軒轅剣も隋朝の歴史をバックにしてストーリーが楽しめます。迷宮やカンフーの技の習得などでストーリーを水増しないし、クライマックスに来るとセーブしておいて何回も楽しみます」と話す。
武侠ゲーム製作秘話
こう見ると、ゲーマーの要求はカンフーや画面のクリアー、怪物との戦いなど普通のゲームのレベルに留まらず、歴史的事実の考証、ストーリー性、魅力的なキャラクター、心に残る台詞など多岐に渡るようである。ゲーム製作の場でも、原画、企画、美術、ソフト、アニメ、音楽などの部門に細分され、その中でも背景製作、アクション製作、キャラクター製作などに分化れた分業のアミューズメント産業に進化してきた。
「武侠RPGの開発にまず必要なのがよい脚本で、それがあればロングセラーとなるシリーズ作品を開発できます」と大宇資訊のマーケティング担当者は言う。企画構想と脚本に一番時間がかかり、時に数ヵ月から1年に及ぶこともあると言う。そしてFMVを用いた美しい画面、シーン、台詞、アクションなどに至るまで、編集担当が3人つききりになって開発に智恵を絞る。華彩ソフトが代理している「剣霊」というゲームでは、作家の蔡康永氏が台詞を担当したというのがセールスポイントになった。
智冠科技の仙狐奇縁を例にとると、発売までこぎつけることのできたゲームには70曲以上の音楽、60シーンに上るシーン転換のアニメ、500余りの背景、100以上のキャラクター、200種類以上の小道具が必要で、オープニングは数分間にわたる3Dアニメが展開する。その開発期間は18ヶ月以上もかかり、開発経費は数千万台湾ドルにも上る。発売期限が近づくと、開発グループは半月以上も会社に寝泊りしなければならないのも当り前だそうである。
智冠科技の台北研究開発センターの張益民さんによると、ゲーム開発は1年から2年に渡り、開発しようと決めたときから将来のIT市場を把握する必要があると話す。2年のうちにハードがどれほどグレードアップされるだろうという点がまず考慮され、2年後にゲーマーが相変らずRPGの武侠ゲームを好むかどうかも問題となる。「RPGに慣れたゲーマーはカンフーの練習に飽きてしまいます。ゲーム開発ではさらにストーリーを重視し、画質や音質に特殊効果を加え、さらにペンティアム4が出たし、ハードの値段が下がってきて、ゲーマーは映画のような画面を求めているのです。そこで開発する方でも、映画産業のような分業が必須になってきました」と張さんは説明する。
わが国の会社としては最大の研究開発部門を擁する智冠科技では、本社に180人、中国大陸の支店に100人を抱える。大宇は今年新店市に設立した映画、アニメ、ゲームなどの人材訓練校に期待している。
13年前はゲーマーで、今は開発に携る張益民さんは、ゲームもネット産業と同じように隆盛を極めた後にバブルがはじけるという見方に賛成しない。「13年前、白黒のDOSゲームの時代に今のカラーで3Dの画面が想像できたでしょうか。それに現代人はお手軽な娯楽を求め、ビジュアルへの要求は留まるところを知りません。毎年子供が生れて、新しいゲーマーが育っているわけですから、その要求は増すばかりで、それがまた開発の原動力なのです」と張さんは話す。智冠科技の売上は去年10億台湾ドルを突破しており、台湾のゲーム業界は今春を迎えたばかりなのだそうである。
異業種連合
自社開発であろうと、代理であろうと、毎月数十種のゲームが発売されていて、新しいゲームも数日から10日でクリアされる。独創的で質の高いゲームだろうと、適切なマーケティングが伴わなければ、ゲームの海に飲み込まれてしまう。
台湾の武侠ゲームのマーケティングとして注目を浴びたのが、昱泉国際の「神鵰侠侶」と「笑傲江湖」であった。同社のマーケティングを担当した湯昱仁さんによると「ゲームの宣伝がゲーム雑誌やゲームの番組に限るという観念を打破ることです。異業種との連合がゲームを売る一番の早道なのです。ゲームが映画のようにアミューズメント産業を引張っていくでしょう。例えば、笑傲江湖ではモンゴルの軍営のシーンにおいてプレジデントグループの缶コーヒーを用意しました。ゲーマーはこれを飲んで体力をつけようというので、マーケティングのアイディアだったのです」と言う。それだけではない。神鵰侠侶と笑傲江湖のキャラクターを使ったマウスパッド、コーヒーカップ、クレジットカードからゲーム音楽のCD、ゲームの画面集などまで製作された。さらにはキャラクター人形などまで揃っていて、それがマーケティングに結びつく。ゲームのパッケージに描かれた登場人物のキャラクターは、わが国で人気の漫画家の手になるもので、これもつい手を出したくなる理由となる。
華人の武侠世界
最近では全国のインターネットカフェで、天堂、千年、英雄などの韓国のオンラインゲームが人気で、万を越える人が同時にアクセスしているといわれる。韓国のゲーム産業が次第に日本を凌駕していく現状を目の当りにし、智冠科技の王俊博CEOは溜息をつきながら、わが国ではゲームに対する認識がまだまだだと嘆くのである。「韓国ではゲームソフト開発に当る人材がゲーム会社に5年以上勤務すれば、兵役を免除されると聞きました。政府も全力を挙げて資金や人材をゲームソフト産業に集中しています。これに対してわが国では相変らず子供の遊び扱いで、大学の情報学科を卒業した学生でも、ゲームソフトのプログラムが書けません」と話しながらも、王俊博さんは韓国のゲーム開発の現状には遅れをとっているかもしれないが、台湾には中国五千年の歴史が背景にあり、豊かな文化的要素がゲーム開発の元手になると考える。これに欧米にも引けを取らない情報技術を結びつけることができれば、華人世界という同文同種の強みが助けになり、台湾のゲーム産業の将来は大きく開けていると言えるのである。
宿、古刹、庭園などの背景も武侠ゲームの重要な要素だ。
デスクの上にはたくさんのキャラクターが並んでいる。ゲームソフト制作に携わる人々は遊び心を忘れない。
音楽と音響効果もゲームを魅力的にする大切な要素だ。ゲームソフト開発には専属の録音スタジオも欠かせない。
武侠ゲーム大会には大勢のファンが参加し、鍛練してきた技で王者の座を狙う。
「仕事だから漫画を読む」ゲームの企画開発に携わる人々は常に漫画や小説、アニメなどに触れ、アイディアを考える。